2020年04月10日

 

神戸大学長の武田廣です。

 

新入生の諸君、神戸大学入学おめでとうございます。神戸大学の全構成員を代表して、お祝いを申し上げます。例年であれば、新入生全員、保護者や来賓の方々と一堂に会し、入学式を挙行していますが、今年は必威体育感染症の世界的流行?パンデミックに鑑み、中止せざるを得ませんでした。長かった受験勉強を終え、難関を突破した皆さんは、門出の式典を楽しみにしておられたと思いますが、皆さんの健康はもちろん、流行拡大を防ぎ、高齢者など重症化リスクのある人々の命を守るためであることをご理解ください。

 

入学式だけでなく、多人数が密集する行事の中止?延期や自由な移動の制限など、当面は不自由な学生生活になると思われます。海外留学もしばらくは困難でしょう。「不運な大学生活のスタートだ」と残念に感じておられるかもしれませんが、人生の先輩として、「あらゆる機会を前向きにとらえて挑戦してほしい」と訴えたいと思います。

私は52年前に大学に入学しました。当時は様々な社会課題に若者が異議を申し立てる、大学紛争の嵐が吹き荒れた時代でした。入学しても授業がほとんど行われず、地方出身の私には、周りで起きている事が良く理解できていませんでした。しかし、その機会に手当たり次第に読書したことが、その後の人生を豊かにしてくれたと感じています。

私はその後、素粒子物理の研究者になりましたが、学部学生の時に読んだ本の中で、カフカの『変身』という小説が印象に残っています。これは、主人公がある朝目覚めると巨大な虫に変身していて、家族にも疎んじられ、最後には死んでしまうという、理解が難しい不条理文学です。様々な解釈があるのでしょうが、それよりも、人類の知的遺産として多くの文学作品に触れることに意味があります。私は大学院を終え、ヨーロッパで素粒子物理の実験に取り組みましたが、世界各国から来ている研究仲間との何気ない会話で、考え方や文化の違いを痛感すると同時に、共通の知的背景を持っていることで、互いに共感し、尊敬しあえると実感しました。専門分野以外の蓄積が、人間的魅力を作りあげ、相互理解につながります。

ですから、理系の皆さんには文学、社会科学などの古典を、文系の皆さんには数学や物理、化学などの入門書などにも目を向けることを勧めます。神戸大学は文系?理系双方の分野に強みを持つ総合大学です。その伝統を生かして「文理融合」の研究推進を図っています。皆さんにも文理融合の強みを最大限活用してほしいと思います。扉をたたけば応えてくれる教員、先輩がたくさんいます。

 

本学の教育研究は文理の幅広い分野にまたがっており、人文?人間科学系、社会科学系、自然科学系および生命?医学系の4つの学術系列に分類されます。10の学部と15の大学院、法学と経営学の二つの専門職大学院、経済経営研究所、先端融合研究環、医学部附属病院、さらに多くの教育研究に携わるセンター群と複数の図書館を擁しています。学びの場が大きく開かれているのです。

文理融合の顕著な取り組みが、4年前に設置した「科学技術イノベーション研究科」です。この研究科は、自然科学分野で得られた研究成果を社会へ還元する事業創造に焦点を当てた、文理融合型の独立大学院です。既に、この研究科から複数の大学発ベンチャー企業が誕生しており、内外の投資ファンドから出資を受けるなど、社会的な評価も高まっています。

また、本年4月には全学横断組織の「バリュースクール」(V.School)もスタートしたところです。これは、人々がまだ意識していない潜在的なニーズ、これをウォンツと呼んでいますが、ウォンツから新たな価値(バリュー)の創造を目指す取り組みです。

GAFAと呼ばれる米国の企業群、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンは、独創的な起業家が潜在的ニーズととらえて創業したものです。神戸大学は日本社会の閉塞感を打ち破るようなイノベーションを、科学技術とバリューの二つのアプローチで実現する方法を模索し、学問の力で日本と世界の課題解決に貢献しようと努力しています。

学問?研究の最先端を切り開いている教員から刺激を受けて、皆さんは人生を切り開く学びの世界を歩むことになります。その際に、一つ心してほしいことがあります。それは、過去の研究成果、学説を疑え、ということです。高校までの勉強は正解が存在する問題を解くことに力点がありました。大学では答えのまだ無い問題、矛盾をはらんだ課題に、独自の視点で切り込むことが重要になります。これは極めて困難な作業です。

私の専門の物理学で言えば、日常生活で目に触れる運動の解明は、ニュートン力学でほぼ十分です。しかし、時間や空間の考え方を根本から変えたアインシュタインの相対性理論は、例えばカーナビゲーションなどで活用されるGPS(グローバル?ポジショニング?システム)の運用では欠かせません。地球の重力の影響を受け、上空を高速で運動する衛星の時間の進行が、地上での時間の進行とずれる、という相対性理論の知見を取り入れて補正しないと、カーナビは誤差が大きくなって使い物になりません。

しかし、そのアインシュタインも今「量子コンピューター」で注目されている量子力学には納得できなかったようです。量子力学では、電子などの素粒子の存在を確率でしかとらえません。これに対しアインシュタインは「神はサイコロを投げない」と述べ、納得しなかったのです。しかし素粒子などの微細な世界は量子力学の知見なしには解明できません。

確立されたかに見える学問体系、知識への懐疑から新たな知見が生み出されてきました。最先端の分野で格闘している教員の持つ臨場感が、知的刺激を与え、学問の世界にいざなってくれるでしょう。皆さんが学問の魅力に触れ、新たな知の世界を切り開いていくことを期待しています。

同時に大学生活では多くの友人、人生を変えるような経験と出会うはずです。それが社会で活躍する土台となっていきます。本学は、明治35年、神戸大学の前身、神戸高等商業学校の開学以来、「学理と実際の調和」という理念を掲げ、「知」の創造と社会で活躍する人材の養成に取り組み、各界で活躍する先輩を送り出してきました。多くの企業経営者が活躍している経済界はもちろん、教育、行政、法曹界など多くの分野に神戸大学のOBがいます。サークル活動を通じて、演劇、芸能、音楽などの分野に羽ばたいた先輩も少なくありません。また、阪神淡路大震災を経験した大学として、ボランティア活動に取り組む学生が多いのも本学の特色です。本学での学びと出会いは、人間としての成長を促し、皆さんを豊かな社会人生活に導いてくれるはずです。大学は全力を挙げてそのためのお手伝いをします。ともに学び、社会に貢献して行こうではありませんか。