2021年01月05日

神戸大学長  武田 廣

神戸大学構成員の皆さん、昨年は必威体育感染症(COVID-19)が世界的に猛威を振るうなかで、教育、研究、大学運営、そして附属病院での診療に全力を挙げていただいたことに心から感謝し、敬意を表します。例年であれば新年を寿ぐ言葉を述べるところですが、コロナ禍終息まで待ちたいと思います。そして、6年間の学長任期を振り返り、大学運営について考えるところを申し上げ、これからの神戸大学を担う皆さんへのエールといたします。

1年前の年始を振り返って、その後のパンデミックを明確に予測できた人は少なかったのではないでしょうか。必威体育に対するワクチンの有効性や治療薬の開発などは不確定で、終息の見通しはまだ立っていません。我々にとっては、間近に迫った入学試験をいかに遂行するかが大きな課題であり、4月以降の新年度の講義や国際交流の進め方など、引き続き皆さんの工夫と努力をお願いしなければなりません。学生の皆さんにとっても昨年は大変つらい一年間でした。各種の式典中止はもとより、授業も感染拡大防止の観点から殆どがオンライン授業となりました。課外活動も軒並み制限されてきましたが、この状況はまだしばらくは続くでしょう。ただ、100年前のスペイン風邪を引き合いに出すまでもなく、人類は繰り返し新たな感染症の流行に見舞われ、その都度乗り越えてきました。コロナ禍も近い将来に克服されると信じています。

来年度に目を向けますと、海事海洋分野で世界をリードする「海のグローバルリーダー」「海のエキスパート」を育成する、海洋政策科学部がいよいよスタートします。現「深江丸」の後継船、新「海神丸」建造に向けたプロジェクトも進んでおります。この間の関係各位のご尽力に敬意を表するとともに、引き続き新学部スタートに向けた作業を加速していただきたいと思います。今年度にスタートしたバリュースクールでも、令和4年度からの本格稼働に向けて、今後は新建屋建設等の検討を進める必要があります。必威体育の影響を受けてはおりますが、令和4(2022)年の神戸大学創立120周年に向けた募金活動も強化しなければなりません。

昨年末には、令和3年度予算及び令和2年度第3次補正予算の閣議決定がありました。運営費交付金では特殊要因分が59億円減少した一方、基幹運営費交付金は43億円増となり、トータルでは16億円減少の1兆790億円となりました。この中では大学院生に対する授業料免除の充実、地方創生、コロナ対策などへの配慮が行われております。気になるところでは、令和2年度は国立大学全体で850億円を対象としていた「成果を中心とする実績状況に基づく配分(共通指標)」について、来年度は1000億円を対象に、80%~120%の比率で配分されるとのことです。本学の組織整備にかかる人件費分では、産官学連携本部関係で1名分が新規措置される見込みです。また、補正予算では「遠隔診療?教育システム」が予定事業とされているほか、来年度の施設費貸付事業では、医学部附属病院の複数の医療システムが更新される予定です。附属病院の経営は必威体育の影響で大変厳しい状況となっておりますが、国、県からの支援がまだはっきりとしていない状況であり、そちらを注視しつつ、地域の中核病院として必要な設備更新も行っていきます。

また施設整備関係予算では、今年度補正予算で淡路や六甲台の実験施設の改修、六甲台ライフライン再生分の継続分が、また令和3年度予算では自然科学系図書館の増改築の予算が措置されるとのことですので、懸案となっている老朽化対策が少しでも進めばと思います。

学長としての6年間、私は神戸大学を「世界に挑戦する研究大学」と学内外に認知させ、学内の力を結集させることを目指してきました。山登りで言えばまだ五合目あたりでしょうが、学内に「研究大学として歩んで行く」というマインドセットは構築できたと確信しています。また、社系に強みを持つ総合大学の特色をいかした独立大学院「科学技術イノベーション研究科」は、関連会社「科学技術アントレプレナーシップ(STE社)」を通じて、バイオ分野を中心に大学発ベンチャー企業を輩出しています。この成功を他研究科にも横展開する狙いで、神戸大学イノベーション社(KUI社)も活動を開始しました。「文理融合」を掲げる大学は増えてきましたが、STE社のようなスキームを支える人材を持つ大学は多くありません。神戸大学は大きな武器を手にしたのです。また、数理?データサイエンスセンターの木村先生が創設したIGS社の活躍も大いに世間を賑わせました。これらの成功は学外からも評価されていると自負しています。本学の持つ強みを最大限に活用して、安定的な資金獲得に結び付けることが出来れば、特色ある研究大学として生き残ることが可能になると信じています。

ここで、繰り返し誤解の無いように申し上げたいことは、大学の使命は起業に結びつく研究だけではない、ということです。私自身、素粒子物理の研究者です。恩師のノーベル賞受賞者、故 小柴昌俊先生はメディアからの質問に、「(ニュートリノ研究は)社会の役には立たない」と答えましたが、そのような「ゆとり」が大学には絶対必要です。哲学、文学、数学、物理学など厚みのある基礎研究とその継承こそ、大学にしか担えない役割です。その一方で、皆さんも実感していると思いますが、国立大学の教育、研究の自由度は大きく制約されるようになっています。私は学長就任前に、研究担当理事を6年間、それ以前には附属図書館長や理学部長なども務めましたが、現場の先生方には様々な報告書、競争的資金獲得のための書類作成を強いることになり、教育?研究に充てられる時間が減少してきたことに忸怩たる思いです。その原因は、国が大学に対して管理を強めてきていること、運営費交付金を減らし、競争的資金に財源を振り替えていることがあります。国大協などが問題点を指摘し続け、ようやく国立大学法人全体の交付金削減は下げ止まったかに見えますが、競争的な再配分の仕組みが強化され、国立大学の本質的な苦境は変わっていません。若手ポストが減り、大学院博士後期課程に進む若者が減っており、国もようやく危機感を持ち始めたようですが、わが国の学問研究、科学技術の将来が危うくなっていることは明らかです。

平成16年度の国立大学法人化からまもなく17年が経過しようとしていますが、旧帝国大学を第一グループとする大学の序列は岩盤のように強固で、本学など第二グループはとりわけ苦しい立場に追い込まれています。令和4年度からの第4期中期目標?中期計画期間を迎えるにあたり、文部科学省、内閣府、財務省など様々な場で大学の在り方が検討され、国立大学法人の制度が大きく見直される可能性もあります。東京大学では既に独自の大学債を発行して市場から資金調達を行うなど、同じ制度上にありながら各国立大学の置かれている状況は著しく異なってきており、もはや同じ一つの「護送船団」ではありません。しかし本学は、単科大学や社系だけの大学に比べれば、総合大学の強みを生かして生き残り策を工夫する余地に恵まれています。私の学長在任中に前述のような新たな種をまき、若木が勢いを見せる段階になりました。また、兵庫県、神戸市など地元自治体との協力、シスメックス、川崎重工業などの地元有力企業との連携も深まってきました。昨年末に藤澤医学研究科長が新学長に選出されましたが、新体制の下でも、これまでの成果をさらに発展させるとともに、新たな取り組みにも挑戦して、本学が基礎研究、応用研究の双方で社会から一目置かれる存在となるよう、教職員の皆さんの一層のご尽力を心から期待しています。