神戸大学は国内初となる中小企業対象の合併、買収(M&A)の研究教育拠点「中小M&A研究教育センター」を経営学研究科内に創設し、若手研究者の育成に注力します。日本M&Aセンターホールディングス(以下日本M&AセンターHD)と産学連携協定を結び、研究成果を実務に生かすことで後継者不足に悩む中小企業の事業継続を支援します。中小M&A研究教育センター長に就任した忽那憲治経営学研究科教授は「これまで日本で中小企業のM&A研究はほとんどなかったが、社会的な課題として重要なテーマ。研究、教育をもとにした実践の成果を、都市部だけでなく地方の中小企業でも生かせるようにしたい」と抱負を語りました。
深刻な中小企業の高齢化と人手不足
企業数の99%強を占め日本経済を支える中小企業ですが、経営者の高齢化や人手不足が慢性化し、2025年までに約60万社が黒字廃業の可能性があるとされています。中には、高い技術力や伝統技術を誇る企業など地域産業にとって貴重な存在もあり、国も中小企業の事業継承を政策の重要課題に挙げています。M&Aは、こうした技術や事業を継承する有力な方法で、近年、増加傾向にあるものの、研究対象としてはあまり注目されてきませんでした。そこで、ファミリービジネスなど中小企業?小規模事業者の研究実績がある経営学研究科と、年間5~600件のM&Aを手掛ける日本M&Aセンターが協力し、中小企業の事業継承という社会課題に取り組んでいきます。
ファイナンスやアントレプレナーシップを専門とする忽那教授は約30年前、後継者難を抱える中小企業の存続の手法としてM&Aの有効性を訴え、大阪商工会議所内に研究会を立ち上げました。その主要メンバーのひとりが、日本M&AセンターHDの三宅卓社長でした。三宅社長は1991年に日本M&Aセンターの設立に参画して以来、数百件の成約にかかわるなど実務経験が豊富で、このときの2人の出会いが、今回の拠点開設につながりました。9月末に行われた協定締結後の会見で、三宅社長は「歴史のある経営学部を持ち総合大学でもある神戸大学を皮切りに、他大学とも連携を進め、中小企業のM&A研究を大きなムーブメントにしていきたい」などと述べました。
地域への影響を重視したM&Aの実証研究も
中小M&A研究教育センターの柱は、日本M&AセンターHDから研究費助成を受けて行う若手研究者の育成です。研究費は1件あたり100万円をめどに年間5~10件を予定しています。同社が保有する約7,000件に上る企業データの提供や企業の紹介を受け、研究と実務の相乗効果を図ります。大学院生や若手研究者を対象にしたインターンシッププログラムも導入します。また、4月から既に寄付講座が開講され、履修登録した学生が約350人に上るなど、注目度も高くなっています。
若手研究者を対象にした第1次の研究公募では、5件の研究が選ばれました。選出されたある研究では、買収金額を重視しがちなM&Aにあっても、地方の中小企業においては金額以上に地域への影響を重視した意思決定を行い得ることについて、実証研究を計画しています。また、買収された中小企業の従業員に対し中間管理職の思いやりや奉仕を伴うリーダーシップが与える影響を探る研究もあります。経営学分野だけでなく、経済学や法学分野の研究も期待されており、追加で研究を公募しています。
今後の目標について、忽那教授は「最低でも年間5人ぐらいの若手が研究に取り組み、将来的には25人程度の研究者を育てるようにしたい」と話しています。9月末には、研究教育拠点の開設記念シンポジウムを開きましたが、セミナーや研修など社会的な認知度を高めるための取り組みも進めていく方針です。