明治大学農学部の小山内崇専任講師と飯嶋寛子共同研究員らの研究グループは、理化学研究所の平井優美チームリーダー、近藤昭彦チームリーダー、白井智量副チームリーダー、神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科の蓮沼誠久教授、ポルト大のタマニーニ教授らの研究グループと共同で、ラン藻の水素を合成する酵素の遺伝子改変によって、コハク酸と乳酸の増産に成功しました。これにより、二酸化炭素をバイオプラスチック原料に直接変換する新しい方法が見出されました。

本研究成果は、米国科学誌「Algal Research」に掲載されました。


コハク酸や乳酸などの有機酸※1は、バイオプラスチックの原料になります。コハク酸は主に石油から合成されていますが、近年、生物由来の「バイオコハク酸」の割合が増加しています。しかしながら、「バイオコハク酸」は、糖を用いた微生物の発酵で作られており、トウモロコシやサトウキビ等が主に利用されているため、食糧と競合します。そのため、糖を用いず、二酸化炭素からの直接生産が望まれています。

今回、小山内崇専任講師らの研究グループでは、光合成によって直接二酸化炭素を取り込むことができるラン藻 (シアノバクテリア) に着目しました。ラン藻の中でも、「シネコシスティス」については、一定条件下で培養すると、コハク酸や乳酸などの有機酸と水素を生産することが分かっており、これらの生産は「競合関係」にあると考えられます。そこで、本研究では、水素の生産に関連する遺伝子の改変を行うことで、コハク酸、乳酸の生産量が増加するかについて検証しました。

本研究では、水素の生産に必須であるタンパク質「HoxH」の遺伝子である hoxH の破壊によって、シネコシスティスの水素生産能力の低減を試みました。hoxH の転写産物量※2が40%減少した hoxH 変異株※3を取得することに成功し、水素生産能が20%近く低下することを確認しました。

次に hoxH 変異株を用いて、有機酸生産量を測定しました。3日間培養し、細胞外に放出された有機酸量を比較したところ、対照株 (野生株) に比べてコハク酸量が約5倍、乳酸生産量が約13倍に増加することが明らかになりました (図1)。一方、酢酸は3分の1以下になり、 hoxH 遺伝子の改変によって、生産される有機酸の割合が大きく変化することが分かりました。コハク酸、乳酸の生産量は、それぞれ100mg/L、300mg/Lに達し、藻類などの「光合成による有機酸生産」としては、世界最高レベルになっています。

図1

hoxH 変異株によるコハク酸、乳酸の増産対照株では酢酸が最も多く生産されるのに対し、hoxH 変異株では乳酸が60%、コハク酸と酢酸が20%ずつと、生産される有機酸の割合が大きく変化することが明らかになった。

本研究は、食糧と競合する糖を使わずにコハク酸や乳酸を生産できるため、食糧問題に影響を与えません。また、生産に石油を使用しないため、将来的な環境?エネルギー問題の解決に寄与することが期待されます。一方で、現在工業生産されているバイオコハク酸の生産量は50g/L以上であるため、今後は、二酸化炭素からのコハク酸、乳酸への変換効率を高めていくとともに、生産物の純度やラン藻培養の効率化、低エネルギー化、生産物の効率的な回収?精製方法の開発など、多角的な研究開発が必要となります。

用語解説

※1: 有機酸
酸性の炭素骨格を有する化合物で、主にカルボキシル基(-COOH)を持つ化合物を指す。
※2: 転写産物量
DNAから合成されるRNAのこと。特にたんぱく質の合成に必要なメッセンジャーRNA(mRNA)を指す。
※3: 変異株
人為的な操作によって、遺伝子が変化した株のこと。

掲載論文

タイトル
Metabolomics-based analysis revealing the alteration of primary carbonmetabolism by the genetic manipulation of a hydrogenase HoxH in Synechocystis sp. PCC 6803
著者
Hiroko Iijima*, Tomokazu Shirai*, Yuka Nakaya, Mami Okamoto, Filipe Pinto, Paula Tamagnini, Tomohisa Hasunuma, Akihiko Kondo, Masami Yokota Hirai, Takashi Osanai (*同等貢献)
掲載誌
Algal Research

研究者

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