神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科の蓮沼教授、加藤学術研究員らの研究グループは、独自に開発したメタボローム解析※1技術を用いることにより、微細藻類が細胞内にオイルを合成するメカニズムの解明に成功しました。

オイルの生産性の高い藻類は数多く報告されていますが、その生産のメカニズムについてはこれまで明らかになっておらず、本研究成果は、世界で初めて、藻体の細胞内で油脂生産時に起こる代謝変化をメタボロームレベルで捉えることに成功したものです。

蓮沼教授らはこれまでに、汽水域※2に存在する新種の緑藻が、高い増殖性と高い油脂含有率を両立することも見出しており、今後、微細藻類を用いたオイル (バイオ燃料) 生産の向上に貢献することが期待されます。

この研究成果は、4月4日に、Scientific Reports誌にオンライン掲載されました。

研究の背景

20世紀以降の急速な石油化学産業の発展により、大量消費?廃棄型の社会システムが構築され、化石資源の枯渇や地球規模の気候変動を引き起こしてきました。この問題を解決して、持続可能で自然共生型の未来社会を実現するために、植物?藻類等の再生可能なバイオマスを有効利用する技術の開発が期待されています。

実際、地球上のバイオマスの生産量はエネルギー消費量の約10倍に相当します。全バイオマスの約半分は水圏に存在し、微細藻類に代表される海洋バイオマスを有効利用することができれば、食糧との競合が回避できるだけでなく、将来直面する耕作地や水資源の限界を克服できます。

微細藻類は光、水、CO2とわずかなミネラルで増殖させることができ、細胞の分裂に要する時間が短いため、一定のバイオマスの収穫に必要な生産域が陸生のバイオマスよりも少なくて済むという利点があります。また、通年の収穫が可能な藻類の利用は、より安定なエネルギー供給の実現にも寄与できます。

蓮沼教授らは海洋性微細藻類に着目し、汽水域で採取した新種の緑藻Chlamydomonas sp. JSC4株 (以後、JSC4と称する) が高い増殖性と高い油脂含有率を両立することを見出してきました。従来、オイルを産生する微細藻の多くは淡水性であり、海洋性種の報告はあまりありません。また、高いオイル含有率が得られても、細胞の増殖速度が低く、高い油脂生産性 (体積?時間当たりの油脂生産量) は得られてきませんでした。

近年、動物細胞?植物細胞?微生物等を対象に、細胞に含まれる低分子化合物 (代謝物質) を質量分析計で網羅的に検出する「メタボローム解析技術」が進展してきました。蓮沼教授らは、天然存在比1%の同位体炭素13Cで構成された二酸化炭素 (13CO2) を用いて光合成を行い、代謝産物中の同位体存在比率を検出する独自の代謝解析手法“動的代謝プロファイリング”を開発してきました。本研究では、動的代謝プロファイリングを用いてJSC4を解析することで、細胞内にオイルが生産されるメカニズムを明らかにすることに成功しました。

研究の内容

蓮沼教授らは、CO2を単一の炭素源とする光合成独立栄養条件下で、JSC4を培養しました。すると、培養開始4日後に細胞重量の55%以上が炭水化物 (大部分がデンプンを占める) となり、培養液中に海水塩が1~2%含まれる条件では、炭水化物の減少とオイルの増加が同時に観測され、培養開始7日後には細胞重量の45%以上がオイルとなりました。

JSC4は細胞増殖能が高いため、培養液あたりの油脂生産速度が高く、過去の研究を大きく上回る油脂生産速度を達成しました (図1) 。培養初期は細胞内にデンプン顆粒が観察されますが、海水塩存在下ではデンプン顆粒が消失して多数のオイル油滴が観察されました (図2)。

“動的代謝プロファイリング”を用いて、オイル生産期のJSC4の解析を行ったところ、デンプン生産期に活性化していた糖生合成経路が減速し、オイルの構成要素であるトリアシルグリセロールの生合成経路が活性化していることを明らかにしました。すなわち、「海水塩の添加が、3-ホスホグリセリン酸を分岐点とする代謝フラックスを糖生合成からトリアシルグリセロール生合成に切り替える」ことを、初めて明らかにしました。また本研究はデンプン分解を促す酵素の活性が、海水塩存在下で上昇していることについても明らかにしました。

これまで、オイルの生産性の高い藻類は数多く報告されてきましたが、オイル生産のメカニズムについては明らかになっていませんでした。本研究は、世界で初めて、藻体の細胞内で油脂生産時に起こる代謝変化をメタボロームレベルで捉えることに成功しました。

図1 従来研究との油脂生産性の比較
図2 海水塩の有無による細胞形態の違い

今後の展開

代謝メカニズムの理解は生物学的に重要な発見をもたらすだけでなく、藻体の培養プロセスの管理および改良、育種によるバイオ燃料生産の効率化につながります。今後はオイル生産を促す因子の同定を進め、オイルを効率的に生産する培養手法の開発、変異導入や遺伝子工学によるオイル高生産株の開発につなげていきたいと考えています。

用語解説

※1: メタボローム解析

生体細胞の中には1000種類以上の低分子化合物が含まれていると言われている。細胞に含まれる低分子化合物の種類 (及び量) に関する情報をメタボロームといい、メタボロームを明らかにする手法をメタボローム解析という。

※2: 汽水域

淡水と海水が混在した水域。川が海に淡水を注ぎ込む河口部等を指す。

研究助成

本研究は国立研究開発法人新エネルギー?産業技術総合開発機構 (NEDO) 事業「バイオマスエネルギー技術研究開発/戦略的次世代バイオマスエネルギー利用技術開発事業 (次世代技術開発)」(平成24~27年度 研究代表者:蓮沼誠久) の支援を受けて行いました。

論文情報

タイトル

Dynamic metabolic profiling together with transcription analysis reveals salinity-induced starch-to-lipid biosynthesis in alga Chlamydomonas sp. JSC4

DOI

10.1038/srep45471

著者

Shih-Hsin Ho, Akihito Nakanishi, Yuichi Kato, Hiroaki Yamasaki, Jo-Shu Chang, Naomi Misawa, Yuu Hirose, Jun Minagawa, Tomohisa Hasunuma*, Akihiko Kondo

掲載誌

Scientific Reports

研究者

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