神戸大学大学院人間発達環境学研究科の野中哲士准教授は、小学1年生を対象に、ひらがなの学習における書字身体技能の発達を調査。児童のペン先の動きを数値化し、欧米のラテンアルファベット圏の発達研究の知見とは異なる、「運動パターンの区別を身につけるプロセス」の存在を明らかにしました。
本研究成果は、2017年6月13日に、科学誌「Developmental Psychobiology」に掲載されました。
ポイント
- 欧米のラテンアルファベット圏における発達研究では「手先の器用さの向上」「字の形を覚えること」という2つの発達プロセスによって書字技能を獲得すると考えられている。
- 国内の小学校入学直後のひらがな学習を調査。ペンタブレットを用い、ひらがなの各筆画を書く児童のペン先の動きを数値化し、3ヶ月間その変化を追った。
- 調査の結果、これまでのラテンアルファベット圏の考えでは説明の出来ない、「とめ」「はらい」といった特定の文化圏でのみ意味を持つ特徴を生むための、「筆画のリズム」「終筆の動き」というペン先の運動パターンの区別を短期間で身につけるプロセスの存在が明らかになった。
研究の内容
子どもの書字技能の獲得は、欧米のラテンアルファベット圏における発達研究では「微細運動 (手先の巧緻性) の向上」と「視覚的表象の獲得 (字のかたちを覚えること)」という2つの異なるプロセスを継ぎ足したものとして説明されてきました。本研究では、非ラテンアルファベット圏における書字身体技能の発達を検討すべく、神戸大学付属小学校を研究フィールドとし、小学校に入学した後約3カ月という比較的短期間で集中的に行われる1年生のひらがなの学習において、教室活動の特徴と字を書く子どもの運動の変化を照合しました。
教室活動の検討からは、筆画の終筆、筆順、動きのリズムなど、それぞれの字を書く上で満たすべきいくつかの特徴に対して繰り返し子どもたちの注意が向けられるなか、同じ教室で学んでいた6名の小学一年生ひとりひとりの字を書く運動の変遷には、個人差は見られながらも、(1) それぞれの筆画のペン先の動きが終筆のタイプ (とめ、はね、はらい) によって明確に分かれてくる、(2) それぞれの筆画を書く運動のリズム (ペン先の速度変化パターン) に徐々に一貫性が現れてくる、という2つの共通した変化の傾向が定量的に示されました。
このことは、ひらがなを書く身体技能の発達プロセスが、これまでの欧米の発達研究にあるような「手指の動作が巧みになる」+「かたちを覚える」というプロセスだけでは説明が出来ないことを示します。また、これらの調査結果は、特定の共同体において意味をもつ筆跡の特徴を生む身体の動きの分化プロセス、という側面を持ちます。さらに今回のことから、身体運動の分化として書字を学ぶプロセスは、字を思い出そうとする際に指を自然と動かす「空書」と呼ばれる漢字文化圏特有の現象とも関連している可能性も示唆されました。
小学校教室におけるひらがな学習開始後4,8,12週目における、左側に赤、黒および青色で示された筆画を複数回書く参加者Aのペン先の終筆時の速度。4週目ではすべて「とめ」ていた終筆時のペン先の動きが徐々に筆画の特徴を反映する分化を見せている。
それぞれの筆画において、徐々に一貫したペン先の「動き」のパターンができあがっていったプロセスが示されている。
論文情報
- タイトル
- Cultural entrainment of motor skill development: Learning to write hiragana in Japanese primary school
(身体技能の文化的な引き込み現象:日本の小学校におけるひらがな学習) - DOI
- 10.1002/dev.21536
- 著者
- Tetsushi Nonaka
- 掲載誌
- Developmental Psychobiology