神戸大学大学院理学研究科の末次健司特命講師と森林総合研究所九州支所の末吉昌宏主任研究員は、「世界で最も変わった花」と称される常緑多年草、ハランの生態を自生地である鹿児島県三島村黒島で調査し、キノコバエと呼ばれるハエ類の仲間に花粉の媒介を託していることを明らかにしました。

ハランは、紫色で多肉質の花を、地面にめり込んだような格好で咲かせます。この地上すれすれに咲く変わった花は、キノコに似ていると指摘されていました。実際、今回花に訪れていたキノコバエ類は、いずれも幼虫がキノコを食べることが明らかになっている種です。つまりハランの奇妙な花姿は、キノコに擬態することでキノコバエ類を騙し、花粉を運ばせようとする戦略である可能性が示唆されました。

これまでハランの花粉の運び手は、ナメクジやヨコエビの仲間だと考えられており、他にほとんど例がないことから「世界で最も変わった花」と呼ばれていました。一方、キノコバエ類に受粉を託す植物は、珍しくはあるものの、ハランの他にも存在しています。「世界で最も変わった花」は、そこまで風変わりではなかったと言えるかもしれません。

本研究成果は、11月14日に、国際誌「Ecology」にオンライン掲載されました。

研究の背景

図1.ハランで覆われる黒島の森林の林床

「世界で最も変わった花」と称される植物が日本にも分布しています1。それはハランという植物です。ハラン(葉蘭)は、蘭とは名前につきますが、キジカクシ科という科に属する常緑多年草で、巨大な葉を地表に立てます。その葉は、薄くて硬く、つやがあり、深緑色をしており、和食の料理の盛りつけの際、飾りとして使われてきました。寿司などの食品に付属する緑色のプラスチック装飾品“バラン”は、ハランを真似て作られた物です。ハランは世界中で栽培されていますが、近年の研究で、九州南部の宇治群島、黒島、諏訪之瀬島が本来の自生地であることがわかっています。

ハランが「世界で最も変わった花」と言われている理由は、その生態にあります。植物は、光合成で自活できるとはいえ、ほかの生物の助けなしで生きている訳ではありません。例えば、被子植物のうち9割の種が、ハナバチなどの動物に花粉や蜜などの報酬を提供し、代わりに花粉を運んでもらうことで、受粉の手助けをしてもらっています。この関係を「送粉共生」と言います。

図2.地面にめり込んだような格好で咲くハランの花

さて、ミツバチやマルハナバチなどのハナバチが、多くの植物にとって重要な花粉の運び手であることは間違いありません。しかし他の動物に受粉を託す植物も存在します。例えば、バナナ類の仲間には、コウモリに受粉を託すものが存在しますし、バンクシアという植物は、オポッサムに受粉を託しています。実は、ハランが「世界で最も変わった花」と言われている理由は、この花粉の運び手がとりわけ変わっていたことに由来します。ハランは、紫色で多肉質の変わった姿の花を、ちょうど地面にめり込んだような格好で咲かせます。これまでこの花の花粉の運び手は、「ナメクジ」や「ヨコエビ」などの土壌動物であるという報告がなされてきました2,3。他にこれらを運び手とする花がほとんどないことから、ハランは「世界で最も変わった花」と呼ばれていたのです。

ナメクジがハランの花粉の運び手であるという説は、何と今から100年以上も前の1889年に提唱されました2。これは、ヨーロッパで栽培されていたハランの花にナメクジが訪れたという報告に基づきます。この説は、現在でも広く受け入れられており、送粉生態学の教科書でも、ハランは数少ないナメクジに花粉を媒介してもらう植物の例として登場します。しかしながら、このナメクジが花に訪れていたという観察は、自生地で行われたものではないという欠点があります。また、花を訪れていたからといって、必ずしも花粉を運ぶことの証明になるわけではありません。ナメクジは、葉や花を食べてしまうことが知られているので、むしろ植物に害を与える存在である可能性もあります。

そのような背景のもと、1995年に、初めて自生地の黒島での調査が行われ、ヨコエビの仲間であるニホンオカトビムシが、ハランの花粉を食べることが報告されました3。つまり、エビやカニと同じ甲殻類がハランの花粉を媒介に寄与している可能性が示されたのです。しかしながらこの研究も、自生地で採取した花を割って、中に入っていた動物を記録したものでした。この記録には、花の中での滞在時間が長い動物が花粉の運び手であると過大に評価される問題点がありました。また、2009年には、日本の栽培個体に、キノコバエというハエの仲間が訪れていたという報告がなされました4。しかしこの観察は自生地での観察ではありませんでした。これらの記録は、どの動物が本来の花粉の運び手となっているかを正確に評価したものとはいえませんでした。

研究の詳しい内容

図3.ハランの花に訪れるキノコバエ類の1種

その体表に大量のハランの花粉が付着している。

そこで今回私たちは、直接ハランの花に訪れる動物を、自生地である黒島において、2年間にわたり昼夜を問わず観察を続けました。その結果、ナメクジは全く訪れないことやニホンオカトビムシが花に訪れる回数は極めて少ないことを突き止めました。むしろ有効な花粉の運び手として浮かび上がってきたのは、キノコバエでした。ハランに訪れたキノコバエ類は、素早く花の内部に潜り込み、大量の花粉を体につけて飛び去りました。このキノコバエの滞在時間の短さから、花を解剖して行われた1995年の先行研究では、キノコバエの重要性が見過ごされたと考えられます。またハランの花に着地した段階で、すでに前の花に訪れた時につけた花粉を付けたキノコバエも見られました。またそのようなキノコバエが訪れたハランの花を、後日、観察すると確かに結実していました。これらの観察結果は、キノコバエが有効な花粉の運び手であることを証明するものです。

2009年に観察された、栽培個体のハランに訪れていたキノコバエは、種類の特定ができておらず、そのキノコバエの生態は不明のままでした(一言でキノコバエといっても、キノコ食以外のものも存在します)。一方、今回花に訪れていたCordyla属やBradysia属のキノコバエ類は、いずれも幼虫がキノコを食べることが明らかになっている種です。つまり、ハランの奇妙な花姿は、キノコに擬態することでキノコバエ類を騙して、花粉を運ばせようとするしたたかな戦略であることが示唆されました。キノコバエ類に受粉を託す植物は珍しい存在ですが、ほかにも知られています。しかし今回の研究は、これまで教科書で紹介されるほど長く信じられていた風変りな仮説を、直接観察によって覆し、ハランの花粉が翅 (はね) を持たない土壌動物ではなく、他の植物と同じように飛ぶ昆虫によって運ばれていることを明らかにしました。「世界で最も変わった花」は、そこまで風変わりではなかったと言えるかもしれません。

引用文献

  1. Vislobokov, N. A., A. N. Kuznetsov, and D. D. Sokoloff. 2013. A new species of Aspidistra (Ruscaceae s.l., Asparagales) from southern Vietnam, field observations on its flowering and possible pollination by flies (Phoridae). Plant Systematics and Evolution 299:347-355.
  2. Wilson, J. 1889. On the fertilisation of Aspidistra elatior by slugs. Transactions of the Botanical Society of Edinburgh 7:495-497.
  3. Kato, M. 1995. The aspidistra and the amphipod. Nature 377:293.
  4. 田中肇 2009. 昆虫の集まる花ハンドブック 文一総合出版

論文情報

タイトル
Subterranean flowers of Aspidistra elatior are mainly pollinated by not terrestrial amphipods but fungus gnats
DOI
10.1002/ecy.2021
著者
Kenji Suetsugu and Masahiro Sueyoshi
掲載誌
Ecology

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研究者

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