神戸大学大学院理学研究科の末次健司特命講師は、ギンリョウソウ、キバナノショウキランおよびキヨスミウツボという光合成をやめた寄生植物3種が、カマドウマという直翅目(バッタの仲間)の昆虫に種子を運んでもらっていることを明らかにしました。
寄生植物の種子は非常に小さく、埃のように風で舞うことで散布されると考えられてきました。しかし、寄生植物の中でも光合成をやめた植物の生育環境は日光の届かない暗い林床であり、風通しが非常に悪いため、風に種子散布を頼るのはあまりに非効率的です。そこで今回、ギンリョウソウ、キバナノショウキランおよびキヨスミウツボの種子散布方法を調査し、主な種子の運び手をカマドウマと特定しました。地上で生活する哺乳類がいる地域において、バッタの仲間に種子散布を託す例の発見はこれが世界で初めてのものです。
本研究成果は、11月10日に国際誌「New Phytologist」にオンライン掲載されました。
研究の背景
植物は、通常、種子散布の段階でしか生息域を広げることができません。このため、様々な方法を用いて種子を遠くへ運び、生息域の拡大を図っています。多くの植物は、動物に食べられることで種子を運んでもらい、糞と共に排出してもらう方法を採用しています。このような方法を用いる植物は、動物への報酬として、糖分や脂肪分などの栄養に富む果肉を発達させており、目立つ色やにおいにより動物を引き付けるという戦略をとっています。このように、動物に食べられて運んでもらい、糞と共に排出される種子散布方法は、動物被食散布と呼ばれ、種子の運び手は、主に鳥類と哺乳類であることが知られています。一方、昆虫に種子散布を託している植物も存在します。
最も有名な例は、アリが種子散布をする植物の例です。しかしこの場合は動物被食散布とは異なり、種子はアリの体内を通過することで運ばれる訳ではなく、大あごでくわえて巣まで持ちさられることで、運ばれます (図1)。
昆虫による動物被食散布は大変珍しく、ニュージーランドのウェタという直翅目(バッタの仲間)の例が挙げられますが、これは特殊な環境下での例で、ニュージーランドではコウモリ以外に在来の哺乳類が存在しないため、本来ならば哺乳類の占めているはずのニッチ(生態的地位)が空いていました。そのためウェタは最大で10cm以上にもなる種となり、それが種子の運び手としても機能していると言われています。言い換えれば、バッタの仲間が種子の運び手として機能するためには、哺乳類が存在しないような特殊な環境における独自の進化が必要だと考えられてきたのです。
研究の詳しい内容
これに対し、本研究では、静岡県富士市で、ギンリョウソウ、キバナノショウキランおよびキヨスミウツボという、光合成をやめた3種の植物の種子を運ぶ動物を検討しました (図2)。その結果、一般的に種子を運ぶ動物として知られる鳥類や哺乳類は、これら植物の果実には一切関心を示さないことがわかりました。一方、カマドウマ類 (クラズミウマとマダラカマドウマ) を中心とした無脊椎動物が、頻繁にこれらの果実を食べていることが明らかとなりました (図3)。しかしながら、ただ果実を食べているだけでは種子を運ぶことの証明にはなりません。排泄された糞の中に、無傷の種子が含まれていることがわかって初めて、種子を運んでいるといえます。そこで、カマドウマを捕まえて、糞と共に種子が排出されているかどうかを確かめてみました。すると糞の中には、生存能力のある種子が大量に含まれていることがわかりました。このことは、カマドウマがこれらの植物の種子散布していることを意味し、このようなバッタの仲間による種子散布の例は、地上で生活する哺乳類がいる地域においては世界で初めてのものです。
今回調査した、ギンリョウソウ、キバナノショウキランおよびキヨスミウツボは、いずれも光合成を完全にやめてしまった植物です。真っ暗な環境でも生きることができ、日光が届かない暗い林床で主に生息します。植物というと、光合成で自活しているものばかりのように思えますが、実は寄生生活を営む植物は意外とたくさん存在します。例えばラン科植物は、地上に出てくるまでの期間を菌に寄生しており、種子に胚乳などの養分を蓄える必要がないため、埃のように非常に小さな子をつけます。このため、これら寄生植物の種子は、埃のように風で舞うことで散布されると考えられてきました (図4)。
しかし、ギンリョウソウ、キバナノショウキランおよびキヨスミウツボの生育環境は風通しが非常に悪く、風に種子散布を頼るのは非効率的であることから、これらはもう一度果肉を発達させて動物に種子散布を頼るようになったと考えられます。しかしながら、寄生生活を営んでいるこれらの植物は資源に余裕がなく、ほかの多くの植物がしているように、一般的な種子の運び手である鳥類や哺乳類が好むような、糖分や脂肪分などの栄養に富む果肉や、目立った色の果実を作ることができません。次善の策として、質の低い餌資源でも利用してくれる地上徘徊性の昆虫を、種子の運び手として利用したと推測されます。実際に、一般的な種子の運び手であるアカネズミは、これらの植物の果実に気が付いて触れることもありましたが、食べようとはしませんでした。
これまで昆虫の仲間が動物被食散布の種子の運び手とみなされなかった要因の一つとして、体が小さく、大あごのサイズも小さいため、種子をかみ砕いてしまうと考えられてきたことが挙げられます。しかし、光合成をやめた植物の種子は極めて微細なため、大あごでかみ砕かれることなく、無傷で排出されることが可能だったのでしょう (図5)。
なお、ギンリョウソウに関しては、同じように地上徘徊性の昆虫であるモリチャバネゴキブリが種子の運び手として機能することが報告されていますが、ギンリョウソウは、モリチャバネゴキブリが全く生息しない地域にも、多数存在しています(ギンリョウソウは、北は北海道から南は沖縄まで分布し、本州でも亜高山帯まで生息していますが、モリチャバネゴキブリは北海道には分布しておらず、本州でも主に平地に生息しています)。このことと、今回の研究でカマドウマがギンリョウソウの種子の運び手として機能していたことが解明されたことを併せて考えると、ギンリョウソウの種子散布は、特定の昆虫ではなく、その地域に生息している様々な無脊椎動物を種子の運び手として利用していることが示唆されました。
ギンリョウソウ、キバナノショウキランおよびキヨスミウツボは、それぞれツツジ科、ラン科およびハマウツボ科に属しています。これらは非常に離れたグループの植物であり、それぞれが独自に光合成をやめるという進化を遂げています。つまり親戚同士でもない3種の光合成をやめた植物が、昆虫に種子散布を託すという進化を、それぞれ独自に遂げたことになります。このことは、光合成をやめるという進化(とそれに伴う種子の小型化や、風による種子散布が非効率的な暗い林床環境への進出)が、特殊な生態を獲得することにつながったことを示唆しています。
今回の研究は、植物が光合成をやめるという進化が、単に葉緑素を失うといった機能の喪失だけでなく、他の生物との関係性までも劇的に変化させることを示すものです。今後、さらに光合成をやめた植物の研究を行うことで、植物が「光合成をやめる」という究極の選択をした過程で起こった変化を、明らかにしていく予定です。
論文情報
タイトル
“Independent recruitment of novel seed dispersal system by camel crickets in achlorophyllous plants”
DOI
10.1111/nph.14859
著者
Kenji Suetsugu
掲載誌