神戸大学大学院理学研究科の末次健司特命講師らの研究グループは、兵庫県立人と自然の博物館に保管されていたタヌキノショクダイ科の標本を詳しく検討し、これまで世界中のどこからも報告されていなかった新種であることを証明し、新たに「コウベタヌキノショクダイ」と命名しました。

この植物は、神戸市で1992年に1個体のみが発見されたもので、ヒナノボンボリと同定され標本が保存されていました。その後、1993年~1999年の間に行われた調査では新たな個体は発見されず、また自生地自体が1999年に開発により消滅しており、すでに絶滅してしまった可能性が高いと考えられます。絶滅したと考えられる植物が、博物館標本をもとに新種と認識された今回の研究成果は、生物多様性を正しく把握するために、標本がいかに重要なのかを改めて知らしめるものです。

本研究成果は、9月13日に国際誌「Phytotaxa」に掲載されました。

研究の背景

植物を定義づける重要な形質として「葉緑素をもち、光合成を行う」ことが挙げられます。しかし、植物の中には、光合成をやめてキノコやカビの菌糸を根に取り込み、それを消化して生育するものが存在します。このような植物は、菌従属栄養植物※1と呼ばれます。菌従属栄養植物は光合成を行わないため、花期と果実期のわずかな期間しか地上に姿を現しません。このような特徴から、既知種についても、ほとんどの種において菌従属栄養植物の正確な分布情報は謎のままです。そこで末次健司特命講師は、共同研究者とともに、日本国内における菌従属栄養植物の分布の調査と、その分類体系の整理に取り組んでいます。

研究の内容

図1 1992年に発見された際の「コウベタヌキノショクダイ」

発見時はタヌキノショクダイ属だとは明らかになっていなかった。

その調査の過程で、末次特命講師は、兵庫県立大学客員教授の黒崎史平氏や在野の植物研究家である中西收氏と小林禧樹氏とともに、兵庫県立人と自然の博物館に保管されていた植物標本の再検討を行いました。この植物は、もともとは、上述の中西氏と小林氏と三郎丸隆氏が1992年に神戸市西区で1個体のみを発見したものです(図1)。

この植物は、発見当時から、その光合成を行わない特性や不思議な花形態からタヌキノショクダイ科に属することが指摘されていました。そのなかでも、愛媛県で発見されていたホシザキシャクジョウ属に属するヒナノボンボリに近いと考えられていましたが、本当にヒナノボンボリそのものなのか、それとも別種なのかは、まだ明らかになっていませんでした。そこで改めて今回、この植物の形態的特徴を精査した結果、この植物は、確かにタヌキノショクダイ科の植物であるものの、葯の配置からホシザキシャクジョウ属ではなく、タヌキノショクダイ属に所属することがわかりました。さらに花を解剖し、花びらや雄しべの形を細かく検討した結果、これまで世界で発見されていたタヌキノショクダイ属のいずれの種とも異なる特徴を持つことがわかりました。そこで発見場所の地名から「コウベタヌキノショクダイ Thismia kobensis」と命名し、新種として発表しました(図2)。

図2 コウベタヌキノショクダイの解剖図

内部構造を含め詳しく検討することで、新種であることが確定した。

この「コウベタヌキノショクダイ」は、1992年に1個体が発見されただけで、その後、1993年~1999年の間に行われた追加調査では新たな個体は発見されませんでした。また自生地自体が1999年に複合産業団地建設のため消滅しており、その後周辺でも新たな個体は見つかっておらず、2010年に発行された兵庫県レッドデータブック(2010)でも、「絶滅」と報告されています。今回新たに新種であることが明らかになったことで、どこか別の場所で、これまでは既知種として見落とされていた「コウベタヌキノショクダイ」の生きた個体が再発見されることが期待されます。

発見の意義

菌従属栄養植物は、森の生態系に入り込み、寄生する存在です。このため生態系に余裕があり、余剰な栄養を菌従属栄養植物が使ってしまっても問題のない安定した森林でなければ、菌従属栄養植物が生育することはできません。このことから多くの菌従属栄養植物が絶滅の危機に瀕していることが知られていますが、今回の発見はさらに未知の種が人知れず絶滅している可能性を強く示唆するものです。

その一方で、博物館の標本庫には多数の標本が保管されています。もし採集した人が、正確な名前を明らかにすることができなくても、公的な機関に収められた標本は、後世の人に検討をゆだねることが可能です。既に絶滅してしまったと考えられる植物が、博物館標本をもとに新種と認識された今回の研究成果は、生物多様性を正しく把握するために、標本がいかに重要なのかを改めて知らしめるものです。

用語解説

参考: コウベダヌキノショクダイの近縁種のタヌキノショクダイ
※1:菌従属栄養植物
光合成能力を失い、キノコやカビから養分を奪うようになった植物のこと。ツツジ科、ヒメハギ科、リンドウ科、ヒナノシャクジョウ科、コルシア科、タヌキノショクダイ科、ラン科、サクライソウ科、ホンゴウソウ科などが該当し、これまで日本からは約60種が報告されている。

論文情報

タイトル
Thismia kobensis (Burmanniaceae), a new and presumably extinct species from Hyogo Prefecture, Japan
DOI
10.11646/phytotaxa.369.2.6
著者
Kenji Suetsugu, Osamu Nakanishi, Tomiki Kobayashi, Nobuhira Kurosaki
掲載誌
Phytotaxa

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研究者

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