神戸大学大学院保健学研究科の井澤和大准教授、早稲田大学スポーツ科学学術院の岡浩一朗教授ら研究グループは、アジアの中で特に肥満問題が深刻化しているマレーシアに在留する日本人を対象に、トランスセオレティカル?モデル※1 に基づいて運動行動を調査し、運動習慣の違いによる、座位時間※2 や健康関連QOL (生活の質)※3 の精神健康度の差を明らかにしました。
この研究成果は、10月25日に、国際学術雑誌「Gerontology and Geriatric Medicine」に掲載されました。
ポイント
- 肥満問題が深刻化しているマレーシアで、在留邦人の運動行動と、座位行動時間や健康に関する情報などを調査。
- 定期的な運動※4 を継続している人は、運動をしているが定期的ではない人たちよりも、一日あたりの座位時間が平均約135分短く、また、健康に関連する生活の質 (精神的な側面) を表すスコアが高かった。
研究の背景
海外在留邦人数 (3か月以上の海外在留者) は年々増加しています。環境や文化の異なる海外に在留する日本人は、国内生活者に比べ継続して運動することが難しいのではないかと考えられますが、在留邦人のライフスタイル、特に運動行動別の座位行動時間や健康に関する情報は極めて少ないのが現状です。
身体活動 (運動やスポーツ、体を活発に動かす生活活動) を行うことは、肥満や糖尿病、高血圧や一部のがんなど、様々な疾病の予防や改善、要介護状態に陥ることへの予防や悪化防止にも効果的であることが国内外の多くの研究によって明らかにされています。一方、長時間の座位行動は、肥満、糖尿病、心疾患の発症など、健康状態に様々な悪影響を及ぼすことが示されています。
研究の内容
本研究は、海外に在留する日本人について、運動行動変容のトランスセオリティカルモデルに基づいた座位行動時間と健康に関連する生活の質を明らかにすることを目的として行われました。
我々は、在留邦人の運動行動と、座位行動時間や健康に関する情報などの調査をマレーシアで行いました。日本人のロングステイ先として人気のあるマレーシアは、在留邦人数が北米に次いで多いアジア地域の中で、肥満率が最も高い国の一つであり、高血圧、高コレステロール血症、糖尿病などを抱える人口が急速に増加しています。
マレーシア、ペラ州イポー市に在留する20歳以上の日本人130人を対象に、運動行動、座位行動時間、健康に関連する生活の質と、年齢、性別、就労の有無などの社会人口学的要因も調査されました。
対象者は、運動行動変容のトランスセオリティカルモデルに基づき、非運動群 (現在、運動をしていない)、準備群 (運動をしている、しかし定期的ではない)、運動群 (定期的に運動をしている) に分けられました。なお、一日あたりの座位行動時間および健康に関連する生活の質 (精神的側面) は、自己で記入する質問票によって調査されました。調査対象130人中、有効回答は108人で、年齢や性別などの社会人口学的要因を統計学的に調整しました。
その結果、運動群は準備群に比べ、一日あたりの座位時間が平均約135分短く、また、健康に関連する生活の質 (精神的な側面) を表すスコアは、平均約5.5点高い値を示しました。
今後の展開
今後は、海外で生活する日本人に対して、座位行動時間の軽減、および健康に関連する生活の質の向上のために、運動行動を定着させる方法について検討する必要があり、運動をいかにして定期的に、かつ継続させるかが極めて重要なポイントになります。また、国内の生活者と、海外で生活する日本人との相違についても検討する必要があります。
今回の結果からも、海外に在留する日本人に対する運動行動の促進は、座位行動時間を軽減し、また健康に関連する生活の質を高める重要な公衆衛生学的戦略の一助であると考えられます。
これらの研究を踏まえて、今後更に日本人の健康を促進する方策の開発に少しでも役に立つような情報を得たいと考えております。
注釈
※1 トランスセオレティカル?モデル (行動変容段階モデル、TTM)
人がどのように健康行動を変容するかを理解するために用いられる。元々は、喫煙などの不健康な習慣的行動の変容を説明あるいは予測するために開発されたものであった。現在では身体活動?運動行動の研究分野においても TTM を利用することが支持されている。
※2 座位時間
余暇におけるテレビ視聴やゲームなどの娯楽、仕事中の会議やパソコン使用によるデスクワーク、通勤時の自動車運転等の移動に伴う長時間の座位行動 (座りすぎ) 時間。近年、この「座りすぎ」がもたらす健康リスクが注目され、盛んに研究が行われるようになった (行動医学研究2016 岡浩一朗)。
※3 健康関連QOL (HRQOL: Health Related Quality of Life)
今回の研究では、健康関連QOLを測定する尺度として、SF-36?を用いた。日本全体の国民標準値50、その標準偏差10に基づいてスコア化される。
※4
ここでの「定期的な運動」とは、1回あたり20~30分以上の運動を週2~3回以上行うことと定義している。
謝辞
本研究は、一般財団法人日本リハビリテーション振興会および文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業の支援を得て実施しました。
論文情報
タイトル
“Sedentary Behavior and Health-Related Quality of Life Among Japanese Living Overseas”
DOI
10.1177/2333721418808117
著者
Kazuhiro P. Izawa, Koichiro Oka
掲載誌