神戸大学大学院理学研究科の末次健司講師は、鹿児島屋久島に自生している、光合成をやめた植物「ヤッコソウ」の生態を調査し、スズメバチ、ゴキブリやカマドウマの仲間といった通常はほとんど送粉者と見なされない昆虫たちに花粉の媒介を託していることを明らかにしました。
ヤッコソウは、光合成をやめた植物で、その生育環境は日光の届かない暗い林床で、ハナバチやチョウといったより一般的な昆虫があまり侵入しない環境に生育しています。また、ヤッコソウの花は、変わった姿をしており、地面すれすれの高さに咲きます。このような特徴から、ヤッコソウは、一般的な花粉を運ぶ昆虫を利用できず、風変わりな昆虫たちに花粉媒介を託しているのかもしれません。特にカマドウマが受粉の一端を担っているという発見は、世界でも初めてのことです。
本研究成果は、国際誌「Plant Biology」の2019年1月号に掲載されました。
研究の背景
被子植物のうちおよそ9割の種が、花粉や蜜などの報酬を提供し、ハナバチなどの動物に花粉を他の花に運んでもらうことで、受粉の手助けをしてもらっています。この関係を「送粉共生」といいます。この植物と花粉を運んでくれる動物との関係は、生態系の基盤を支える重要な生物間相互作用です。私たち人間も、この恩恵を受けて生活しています。例えば世界の食料の9割を占める100種類の作物のうち、7割はハナバチが受粉を媒介しており、ハナバチ無しでは、人間も生活できないのです。
さてミツバチなどのハナバチが、多くの植物にとって重要な花粉の運び手であることは間違いありません。一方で、他の動物に受粉を託す植物も存在します。例えば、バナナの仲間にはコウモリに受粉を託すものが存在しますし、バンクシアという植物はオポッサムに受粉を託しています。花粉を運ぶ動物との相互作用は、植物の多様化にも大きな役割を果たしてきたことが知られています。つまり変わった花を咲かせる植物には、予想もつかない動物が花粉の運び手である可能性があるのです。
研究の詳しい内容
本研究では、鹿児島県屋久島で、ヤッコソウの花粉の運び手となる動物を検討しました。ヤッコソウは、スダシイなどのブナ科の植物に寄生する光合成をやめた植物です。この植物は、最初に高知県で発見され、牧野富太郎が大名行列の奴に見立て「ヤッコソウ」と命名しました(図1)。この植物は、その奇妙な見た目から同じく寄生植物であるラフレシアの仲間だと考えられてきましたが、近年、DNAを用いた解析結果から、ツツジ目に属することが明らかになっています。これまで、ヤッコソウには、メジロなどの鳥の仲間が訪れることは知られていたものの、どの動物が有効な花粉の運び手となっているかを正確に評価した研究はありませんでした。
そこで、2008年から2011年までの間、ヤッコソウの花に訪れる動物を、自生地の一つである屋久島において、昼夜を問わず観察を続けました。その結果、鳥の仲間の訪花頻度は意外にも極めて少ないことを突き止めました。一方、主要な花粉の運び手として浮かび上がってきたのはスズメバチ、ゴキブリとカマドウマでした。これらの昆虫は蜜を吸うためにヤッコソウの花々をせわしなく移動し、大量の花粉を体につけて飛び去りました。またこれらの昆虫が訪れたヤッコソウの花を、後日、観察すると確かに結実していることも確かめることができました。つまり、ヤッコソウの花粉の主な運び手は、スズメバチ、ゴキブリやカマドウマだったのです(図2)。
スズメバチ、ゴキブリやカマドウマは、これまで花粉の運び手としてはあまり重要視されてはいませんでした。特にゴキブリに受粉を託す植物は、世界全体を見渡しても数えるほどしかありませんし、カマドウマが受粉に寄与する植物は、全く知られていませんでした。ヤッコソウが、これらの風変わりな受粉様式を持つ理由の一つとしては、その生育場所が挙げられます。光合成を行わない植物は、潜在的な競争相手となる他の植物が生育することができない光がほとんど届かない環境でも生育します。しかしながら、このような環境には、ハチやチョウといった一般に花粉を運んでくれる昆虫がほとんどおらず、これらの昆虫に花粉の媒介を頼ることができません。そこで比較的暗い環境でも餌を求めて飛び回るスズメバチや暗い林床を徘徊するゴキブリやカマドウマの仲間を、花粉の運び手として利用したと推測されます。具体的にどのような方法で誘引しているのかは、まだ完全には明らかになっていませんが、スズメバチ、ゴキブリやカマドウマの仲間はどれも樹液などの発酵した食べ物が大好きな昆虫です。興味深いことに、ヤッコソウの花の蜜は、人間の嗅覚でも発酵した匂いを感じられることがあります。有効な送粉者がどうかは明らかにできなかったものの同じく樹液などの発酵したものに集まるネブトクワガタや糞虫の仲間のヤクシマエンマコガネがヤッコソウの花に訪れていたことも、発酵臭が重要な役割を果たしていることを示唆しています。この発酵臭が、これらの昆虫を呼び寄せる鍵であると考え、今後、ヤッコソウはどのようなメカニズムで発酵臭を放出しているのかを明らかにする予定です。
なお今回ヤッコソウの花粉の運び手であることが明らかになったスズメバチ、ゴキブリやカマドウマは、我々人間にとってはどれも嫌われものだと思います。こうした研究を通じて、これらが生態系の中で果たしている役割にも思いをはせてもらえるとうれしいです。
論文情報
タイトル
DOI
10.1111/plb.12889
著者
Kenji Suetsugu
掲載誌