神戸大学大学院工学研究科 竹内俊文教授、医学部附属病院 佐々木良平教授、システム?インスツルメンツ (株) 濱田和幸氏らの研究グループは、がんの新たなバイオマーカーとして注目されているエクソソーム※1の超高感度検出法の開発を行いました。今後、がんの早期発見など国民の健康に大きく貢献することが期待されます。

本研究は、神戸大学大学院工学研究科医療デバイス創製医工学研究センターの教員が中心になり行い、研究成果は、2019年1月3日にドイツ化学会国際誌Angewandte Chemie International Edition電子版に掲載され、その研究イメージは内表紙に採択されました。

ポイント

  • 最近、がん細胞から放出されるエクソソームが、がんの悪性化や転移に深く関わっていることが明らかとなり、このがん細胞由来エクソソームを追跡することで、がんの早期発見をする試みが、新たながん検出法としての期待感から注目を集めています。
  • 本研究では、抗体と人工高分子材料を巧みに融合し、煩雑な前処理をすることなしに、体液中のがん細胞由来のエクソソームを正常エクソソームと識別することに成功しました。
  • エクソソームの高感度測定を自動化した「エクソソーム自動分析計」を開発し、迅速、簡単に体液検査を行うことで、エクソソームをバイオマーカーにしたがんの早期発見のための新しい方法論を実証しました。

研究の背景

細胞外小胞エクソソームは、さまざまな細胞から放出される脂質二重膜を有する100ナノメートル (ナノは10-9乗) 程度の小胞です。最近、がん細胞から放出されるエクソソームが、がんの悪性化や転移に深く関わっていることが明らかとなり、このがん細胞由来エクソソームを追跡することで、がんの早期発見をする試みが、新たながん検出法としての期待感から注目を集めています。

現状のエクソソーム分析法は、超遠心やアフィニティー分離などを併用して行われるため、手順が煩雑で、簡便で迅速とは言えません。煩雑な前処理をすることなしに、体液中のがん細胞由来のエクソソームを正常エクソソームと識別することができれば、簡単な体液検査でがんの早期発見が可能となります。患者の大きな負担となる直接組織を採取する「組織生検」や、非侵襲ではありますが、正診率の低い「各種がん診断法」、例えばマンモグラフィー検査や血中がんマーカータンパク質検査などに代わる新たながんの検査法として期待されます。

研究の内容

図1.エクソソームセンシングチップ

本研究では、鋳型重合法の一つである分子インプリンティング技術※2を応用し、エクソソームを固定化したガラスチップ上に30ナノメートル程度の人工高分子薄膜を形成後、エクソソームを取り除くことにより、エクソソームのサイズに近い空間 (エクソソーム捕捉空間) をガラス基板上に形成しました。さらに我々の開発したポストインプリンティング修飾技術※3を用い、そのエクソソーム捕捉空間内のみに、エクソソーム表面の膜タンパク質を認識する抗体と、エクソソームの結合情報を蛍光変化で読み出すことのできる蛍光分子を選択的に導入し、エクソソームセンシングチップを得ました (図1)。このセンシングチップは、エクソソーム上の膜タンパク質を認識してエクソソームを捕捉し、その捕捉情報を蛍光変化で読み出す、抗体と人工材料を融合した従来にない画期的なエクソソームの高感度蛍光検出チップです。

さらに、この蛍光センシングチップによるエクソソームの測定を簡便に実行するため、すべての分析作業を自動化したエクソソーム自動分析計の製作をシステム?インスツルメンツ㈱と共同で行いました (図2)。これは、3Dロボットアームを搭載した自動分注装置に高感度CMOSカメラ搭載蛍光顕微鏡ユニットを装着したもので、エクソソームセンシングチップを挿入した特注の扁平型ピペットチップを用いて、試料の吸引?吐出?基板の洗浄を自動的に行うものです。このエクソソーム自動分析計により、前処理なし10分以内で、1ミリリットルあたり6ピコグラム (ピコは10-12乗) という従来にはない高い検出限界を達成しました。これは、10マイクロリットル中に約150個のエクソソームがあれば検出可能ということになり、従来報告されている測定法の感度を大幅に上回る超高感度なエクソソーム検出が可能となりました。

図2.エクソソーム自動分析計

この装置作製は、公益法人神戸医療産業都市推進機構 (理事長 本庶 佑) の助成により行われました。

今後の展開

がんの早期発見のためには、がんに罹患する前のがん検診が重要ですが、現状では検診の煩わしさから、その受診率が極めて低くなっています。本研究で開発したエクソソーム自動分析計を用いることで、体液中のエクソソームを容易に分析可能となり、今後、大規模に臨床試料を収集してエクソソーム分析を行い、がん由来エクソソームの分析が、がん診断に確かに有用であることが実証されれば、その簡便性からがん検診受診率の向上に貢献することはもちろん、がん診断、治療効果、がんの転移予測、治療後の予後管理などにも適用可能で、本法は、国民の健康に大きく貢献することが期待されます。

用語解説

※1 エクソソーム
細胞外小胞エクソソームは、さまざまな細胞から放出される脂質二重膜を有する100ナノメートル程度の小胞で、放出元細胞のタンパク質や核酸などのさまざまな物質を含有します。したがって、エクソソームを調べることで、放出元細胞の情報が得られると考えられています。
※2 分子インプリンティング技術
標的分子あるいはその誘導体 (鋳型分子) と、それに対して相互作用可能な官能基をもつ重合可能なモノマー (機能性モノマー) の複合体を形成させ、そこへ架橋剤を加えて重合する。得られた架橋性高分子中から、重合前に加えた鋳型分子を除去することで、標的分子に相補的な結合部位をもつ分子インプリント空間を高分子内に形成する手法です (図3)。
図3.分子インプリンティング技術の概念
※3 ポストインプリンティング修飾技術
分子インプリンティング技術で作成したポリマーから鋳型分子を除去した後に形成される鋳型分子のサイズに相補的な空間内の官能基を化学的に処理し、機能の付与や変換を行う手法です。今回は、抗体と蛍光分子を導入しました。

論文情報

タイトル
A Pretreatment‐Free, Polymer‐Based Platform Prepared by Molecular Imprinting and Post-Imprinting Modifications for Sensing Intact Exosomes
DOI
10.1002/anie.201811142
著者
Kisho Mori, Mitsuhiro Hirase, Takahiro Morishige, Dr. Eri Takano, Dr. Hirobumi Sunayama, Dr. Yukiya Kitayama, Dr. Sachiko Inubushi, Prof. Dr. Ryohei Sasaki, Prof. Dr. Masakazu Yashiro, Prof. Dr. Toshifumi Takeuchi
掲載誌
Angewandte Chemie International Edition

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研究者