神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科のGUIRIMAND-TANAKA Gregory特命助教、近藤昭彦教授、先端バイオ工学研究センターの蓮沼誠久教授らの研究グループは、細胞表層を加工した新規酵母細胞を用いることで、製紙過程で生成するクラフトパルプを汎用化学品 (キシリトール) と高純度セルロースファイバーに変換することに成功しました。この発見は、環境にやさしく、持続可能な素材製造に貢献することが期待されます。
この研究成果は、3月4日に、英国王立化学会の国際科学誌「Green Chemistry」にオンライン掲載されました。
ポイント
- 独自の細胞表層工学技術を用いることでヘミセルロース分解酵素を細胞の表層に集積し、キシリトール生成酵素を細胞内に蓄積する新規酵母株を新たに開発した。
- 新規酵母株を木材クラフトパルプに添加して発酵することで、植物繊維からのキシリトール生産に成功し、同時にセルロースの高純度化とファイバー化を実現した。
- 微生物を用いることで、汎用化学品とセルロースファイバーの併産に世界で初めて成功した。
- 環境負荷の低い物質製造プロセスの開発に成功した。
研究の背景
現代社会に必要とされる製品 (プラスチック、繊維、燃料) の多くは石油から作られています。しかしながら、石油化学製品の拡大は、化石資源の枯渇、温室効果ガスの排出、地球温暖化など、地球レベルの環境問題につながっています。そこで、植物のような再生可能資源を原料として、環境にやさしい微生物プロセスでモノづくりをする概念「バイオリファイナリー」の構築が期待されています。
キシリトールは製薬、化学、食品産業で幅広く使われる汎用化学品ですが、これまで環境への負荷が高い高温?高圧環境の化学プロセスで製造されてきました。そこで本研究では、木材クラフトパルプ (植物の繊維) を原料として、微生物発酵でキシリトールを製造する手法の開発に取り組みました。
クラフトパルプは製紙工程の中間生成物で、主にセルロースとヘミセルロースを含んでいます。セルロースは近年、微細線維化や高純度化をすることにより付加価値が高まっていますが、ヘミセルロースは用途がないのが現状です。ヘミセルロースの主成分はキシロースの重合体であるキシランです。そこで、キシランをキシリトールに変換できれば、クラフトパルプの高付加価値化とキシリトール製造の両方が実現できると考えました。
しかしながら、キシランをキシリトールに変換するためには、キシランをキシロオリゴ糖、キシロースの順に分解し、さらにキシロースをキシリトールに還元する、という複数の反応ステップを経る必要があり、これを高効率に実現する微生物は存在していませんでした。
そこで本研究では、キシラン分解酵素群を細胞表層に集積し、キシロース還元酵素を細胞内に蓄積する酵母株を新たに開発し、クラフトパルプを高純度セルロースとキシリトールに変換するプロセスの開発に取り組みました。
研究の内容
近藤教授らの研究グループではこれまで、細胞表層に局在するタンパク質と融合発現させることで異種生物由来のタンパク質を細胞表層に集積する細胞表層工学技術を開発してきました。
本研究ではこの技術を用いて、ヘミセルロースの分解に関わる3種類の酵素〔キシラナーゼ (XYN)、キシロシダーゼ (XYL)、β-グルコシダーゼ (BL) 〕を酵母の細胞表層に集積させました。さらに、キシロース還元酵素 (XR) を細胞内に蓄積させ、この酵母をYPH499-XR-BGL-XYLsss-XYNsssと名付けました (図1)。
YPH499-XR-BGL-XYLsss-XYNsssとクラフトパルプ、市販酵素剤を混合して発酵を行ったところ、クラフトパルプのセルロース含有率を78%から87%に向上させることに成功しました。電子顕微鏡観察を行ったところ、1μm以下のセルロースファイバーが形成していることを確認し、細胞表層に集積された酵素が効率的にヘミセルロースを分解していることが明らかになりました。キシリトールについては、44%の変換効率で生産することに成功しました。また、発酵プロセスの検討により市販酵素剤添加量を2%に抑えました (図1)。
さらに、発酵の容量をスケールアップし、2Lのジャーファーメンター (微生物培養装置) でセルロースファイバーとキシリトールの併産に成功しました (図2) 。
本研究は、細胞表層および細胞内代謝を改変した酵母を開発することで、クラフトパルプという単一のバイオマスから、汎用化学品として有用なキシリトールと、近年注目の集まるセルロースファイバーという二つのプロダクトを同時に生産することに成功しました。また、高温や高圧を必要としない環境調和型のプロセスで有用物質を製造することに成功しました。
今後の展開
本研究では汎用化学品のターゲットとしてキシリトールを選定しましたが、今後は、酵母へ導入する代謝経路を工夫することにより、キシリトールに限らず様々な汎用化学品の生産へ展開することが期待できます。これにより、従来石油化学で製造されていたプラスチックや繊維、液体燃料等の原料が再生可能な生物資源に置き換わっていくことが予想されます。また、製造工程もより温和で、環境への負荷の低いプロセスになっていくことが期待されます。
近年、セルロースの微小化やファイバー化に注目が集まっていますが、化学プロセスによるセルロースナノファイバー (CNF) の製造には莫大なエネルギーが必要とされています。本研究をさらに進めることにより環境調和型のCNF製造プロセスが構築されることが期待されます。
謝辞
本成果は、文部科学省先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム「バイオプロダクション次世代農工連携拠点」によって得られました。
論文情報
タイトル
DOI
10.1039/C8GC03864C
著者
Gregory Guirimand, Kentaro Inokuma, Takahiro Bamba, Mami Matsuda, Kenta Morita, Kengo Sasaki, Chiaki Ogino, Jean-Guy Berrin, Tomohisa Hasunuma, and Akihiko Kondo*
*Corresponding author掲載誌