神戸大学バイオシグナル総合研究センターの上山健彦准教授と齋藤尚亮教授の研究グループは、表皮角化細胞から分泌されるタンパク質が、肥満に関与する皮膚の白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞の分化を制御することを発見しました。
今後、このシグナルの制御による肥満治療法の開発や皮膚への処置による簡便な抗肥満薬の開発が期待されます。
この研究成果は米国時間2019年7月24日、米国および欧州研究皮膚科学会発行の学術誌 Journal of Investigative Dermatology にオンライン掲載されました。
ポイント
- 皮膚 (表皮) 角化細胞でのみRac分子※1 が欠損する遺伝子操作マウスを作製し、角化細胞からの増殖因子タンパク質の分泌が皮膚 (皮下) 脂肪細胞の分化に重要であり、表皮と皮膚脂肪細胞間には双方向性分化シグナルが存在することを証明した (世界初)。
- 皮膚角化細胞から分泌されるBMP2※2 とFGF21※3 が、肥満を促進する皮膚白色脂肪細胞の分化を促進、逆に、肥満を抑制する褐色脂肪細胞分化を抑制することを発見した (世界初)。
- 以前よりFGF21は褐色脂肪細胞の分化を促進することが解っていたが、本研究でBMP2がFGF21の作用を阻害することを見出した。即ち、BMP2を抑制すれば、白色脂肪細胞の減少に加え、褐色脂肪細胞の増加を導けることを発見した (世界初)。
- 皮膚角化細胞からの分泌シグナルの制御による抗肥満療法の開発や皮膚への処置 (クリーム等) による簡便で安全な抗肥満薬の開発が期待される。
研究の背景
以前より、脂肪細胞にはエネルギーを蓄え肥満に関与する白色脂肪細胞と、逆にエネルギーを消費し抗肥満作用のある褐色脂肪細胞の2つのタイプの脂肪細胞が存在することが分かっていました。近年、適切な処置により、白色脂肪細胞が褐色脂肪細胞に変化する現象 (ブラウニング) が発見され、現代病でもある肥満 (症) の治療法の一つとして有望視されています。
また、以前より皮膚 (皮下) 脂肪細胞から皮膚 (表皮) 角化細胞への分化促進シグナルが報告されていました。しかし、皮膚角化細胞から皮膚脂肪細胞への逆方向のシグナルの存在は、提唱はされてはいたものの確固たる報告はありませんでした (図1参照)。
研究の内容
本研究グループは、病気の原因を追究し治療法を開発するため、種々の遺伝子操作マウスを作製しています。このうち、皮膚の角化細胞でのみRac分子が欠損するマウスが、著明に薄い皮膚 (皮下) 脂肪層を呈することを発見しました (図2参照)。
そこで本研究グループは、皮膚 (表皮) 角化細胞から皮膚脂肪細胞への分泌タンパク質による分化シグナルの存在を考え、上記欠損マウスの遺伝子の網羅的解析を行い野生型 (正常) マウスと比較したところ、6つの増殖因子タンパク質が欠損マウスで顕著に低下していることを突きとめました。これらの6増殖因子を脂肪前駆細胞に処置することでその効果を確認したところ、このうちBMP2とFGF21の同時処置のみが、白色脂肪細胞への分化を促進し、加えて、褐色脂肪細胞への分化を抑制することを発見しました (図1参照)。このBMP2とFGF21の効果は、ヒト由来の皮膚角化細胞の培養液により代用することが出来ました (即ち、ヒトの皮膚角化細胞から分泌される増殖因子タンパク質が、脂肪細胞の分化に関与することを証明しました)。以前より、FGF21が褐色脂肪細胞の分化を亢進することは知られていましたが、本研究で、BMP2には褐色脂肪細胞の分化抑制作用があることを発見しました。これはつまり、BMP2を抑制すれば、白色脂肪細胞の減少に加え、褐色脂肪細胞増加を導けるということを意味します。更に、BMP2とFGF21の同時処置が、ヒト皮膚から分離した線維芽細胞という脂肪前駆細胞を生み出す能力を有する多能性 (多分化能性) 細胞を脂肪細胞へ分化誘導することも明らかにしました。
今回の研究で、皮膚 (表皮) 角化細胞から皮膚脂肪細胞への従来の報告とは逆方向で、増殖因子タンパク質の傍分泌 (パラクライン)※4 機序による分化シグナル (BMP2とFGF21による) が存在することを証明し、表皮と皮膚 (皮下) 脂肪細胞間には、双方向性の傍分泌による分化シグナルが存在することを明らかにしました。更に、表皮から皮膚及び皮下脂肪層への分化シグナルの制御により、皮膚 (皮下) 脂肪細胞の種類/構成を変化させる可能性を示しました。
今後の展開
肥満 (症) は、本邦でも生活習慣の変化に基づき増加が問題視されおり、生活習慣の改善など平素からの取り組みが大切な現代病の1つです。肥満の改善には、白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞量の構成比を変え、体内でのエネルギー代謝を負に傾かせることが効果的です。この観点から、体内でのBMP2とFGF21の量を上手に制御/調整できれば、白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞量 (構成比) をコントロール出来る可能性があります。具体的には、BMP2量を減少、FGF21量を増加させることが出来れば、白色脂肪細胞を減少、褐色脂肪細胞を増加させることが可能です。今回の研究で、皮膚 (表皮) 角化細胞からBMP2とFGF21が分泌され、皮膚 (皮下) 脂肪細胞量 (構成比) を調節していることが分かったため、皮膚からのアプローチにより、抗肥満効果を発揮できる (具体的には、皮膚から吸収できるクリーム剤の開発により、簡便で安全性の高い肥満治療が実現できる) 可能性があります。
用語解説
- ※1 Rac分子
- 細胞の種々の機能 (分化、分泌、形態形成、運動、特殊性獲得、タンパク生成など) を制御する一群のタンパク質 (総計20) の1つ。
- ※2 BMP2 (Bone morphogenetic protein 2)
- 骨形成タンパク質2は、元々、骨組織や軟骨の分化を誘導する分子として同定された一群のタンパク質 (総計16) の1つ。
- ※3 FGF21 (Fibroblast growth factor 21)
- 線維芽細胞増殖因子21 は、広範囲な細胞や組織の増殖や分化の過程において重要な役割を果たす成長 (増殖) 因子 (総計22) の1つ。
- ※4 傍分泌 (パラクライン)
- 細胞間におけるシグナル伝達のひとつ。特定の細胞から分泌される物質が、血液中を通らずその細胞周辺で局所的な作用を発揮すること。内分泌に対比して使われる (内分泌機序として有名なホルモンは、特定の細胞で産出された後、血流に乗り遠隔の標的器官で作用を発揮する)。
謝辞
- 公益財団法人 ひょうご科学技術協会
- 資生堂サイエンス研究グラント
- 財団法人 中富科学振興財団
- 日本学術振興財団
論文情報
- タイトル
- “Rac-Dependent Signaling from Keratinocytes Promotes Differentiation of Intradermal White Adipocytes”
- DOI
- 10.1016/j.jid.2019.06.140
- 著者
- Takehiko Ueyama, Megumi Sakuma, Mio Nakatsuji, Tatsuya Uebi, Takeshi Hamada, Atsu Aiba, Naoaki Saito
- 掲載誌
- Journal of Investigative Dermatology