神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科の番場崇弘学術研究員、近藤昭彦教授、神戸大学先端バイオ工学研究センターの蓮沼誠久教授の研究グループは、出芽酵母に遺伝子工学注1)技術を用いて、稲わらの水熱処理物から1,2,4-ブタントリオールを発酵生産することに成功しました。1,2,4-ブタントリオールは、抗腫瘍剤、抗ウィルス剤、推進剤(燃料)等の合成原料、また溶媒としても利用される有用化合物です。
この研究では、1,2,4-ブタントリオール生産のボトルネック反応注2)が、異種生物由来の鉄硫黄タンパク質による反応であることを明らかにし、従来あまり注目されてこなかった酵母の鉄代謝機構の改変に取り組むことで、これまで酵母で機能発現注3)することが難しかった異種生物由来の鉄硫黄タンパク質の酵素活性を約6倍向上させることに成功しました。
本研究成果は、2019年8月18日に国際科学誌「Metabolic Engineering」に掲載されました。
ポイント
- 1,2,4-ブタントリオールは化成品、医薬品、燃料等の多様な有用化合物の合成原料として利用できます。
- 従来、酵母では高い活性を持った状態で発現することが困難だった、異種生物由来の鉄硫黄タンパク質の酵母細胞内での高活性化に成功しました。
- バイオマス(稲わらの水熱処理物)を原料とする1,2,4-ブタントリオールの発酵生産(1.1 g/L)に世界で初めて成功しました。
研究の背景
現在、プラスチック?繊維?燃料等の、現代社会での暮らしを支える多くの製品は石油から作られています。しかしながら、過度な石油化学製品の消費は、様々な環境問題を引き起こす大きな要因となっています。そこで、大量に存在して安価な草や木などの再生可能資源を原料として、微生物を用いてモノづくりを行う「バイオリファイナリー」の構築が期待されています。
1,2,4-ブタントリオールは様々な医薬品や化成品、燃料の原料として利用できる有用な化合物です。現在1,2,4-ブタントリオールは、工業的には石油由来の原料から生産されていますが、多量の副生成物の排出、高温?高圧条件でのエネルギー消費の大きい反応が必要など、問題が多くあります。そこで、より穏和な反応条件で副生成物も少ない微生物による再生可能な植物資源からの発酵生産方法が望まれてきました。
本研究では、頑強な細胞構造を有し、工業スケールでの物質生産に向いている酵母Saccharomyces cerevisiaeを宿主に遺伝子組換えを重ね、1,2,4-ブタントリオール生産能力の高い菌株の開発に取り組みました。
研究の内容
1,2,4-ブタントリオールは、草や木などのバイオマスに含まれるキシロースから図1に示す5段階の反応で、微生物の細胞内で生産することができます。
しかしながら、酵母は本来1、3、4段階目の反応を触媒する酵素を持っていません。本研究では、遺伝子工学技術を用いてこれらの酵素をコードする異種生物由来の遺伝子を酵母に組み込み、1,2,4-ブタントリオールを効率的に生産できる酵母の開発を行いました。
研究の初期に作成した試作株では、1,2,4-ブタントリオールの生産量はごく僅か(0.02 g/L)でした。
研究の結果この試作株では、3段階目の反応を触媒する脱水酵素と4段階目の反応を触媒する脱炭酸酵素(図1)の働きが酵母細胞内で十分ではないことがわかりました。
3段階目の反応を触媒する脱水酵素は、構造内に鉄硫黄クラスター注4)を有する鉄硫黄タンパク質であることが報告されており、酵母では異種生物由来の鉄硫黄タンパク質を本来の活性を維持させた状態で発現することが難しいことが知られています。原因として、本来酵母の持っていない異種の鉄硫黄タンパク質に分配するのに十分な量の鉄硫黄クラスターが酵母細胞内に無いことが考えられました。
そこで本研究ではこの脱水酵素の高活性化を目的に、酵母の鉄代謝(図2)に関する様々な遺伝子組換えを行ったところ、鉄イオンの取り込み能が強化された菌株で約6倍の酵素活性の向上が見られました。
また、もう1つのボトルネック反応である4段階目の反応を効率的に触媒する脱炭酸酵素を探索した結果、Lactococcus lactis由来のKdcAが適していることが明らかとなりました。
最終的にこれら1,2,4-ブタントリオール生産に有益な組換えを全て行った菌株は、人工的な培地から最大1.7 g/Lの1,2,4-ブタントリオールを生産することができました。また、通常処分されているような稲わらに水熱処理を施して得られた溶液(図3)を培地に用いて発酵試験を行なったところ1.1 g/Lの1,2,4-ブタントリオールを生産することに成功しました。
今後の展開
本研究で得られた酵母細胞内で異種生物由来の鉄硫黄タンパク質の酵素活性を強化する方法は、鉄硫黄タンパク質を必要とする他の有用化合物の発酵生産にも応用でき、生産性の改善に役立つと考えられます。
1,2,4-ブタントリオール生産に関しては、本研究で得られた知見をベースに代謝経路を最適化することで、更なる生産性の向上が見込めます。
用語解説
注1) 遺伝子工学
遺伝子を人工的に操作する技術。特に生物の自然な生育過程では起こらない遺伝子導入や遺伝子組換えを人為的に行う技術を意味する。
注2) ボトルネック反応
代謝経路の速度を律する酵素反応。英語の「瓶の首」の意味。瓶のサイズがどれほど大きくても、中身の流出量?速度は、狭まった首のみに制約を受けることからの連想による表現である。
注3) 機能発現
タンパク質が正しい折りたたみ構造を取り、本来の役割を果たすのに十分な能力を持った状態で発現されること。
注4) 鉄硫黄クラスター
酸化数が可変の二、三および四鉄中心とする鉄と硫黄からなる化合物。細胞内において鉄イオン、硫黄イオン、電子から複数のタンパク質の働きにより合成される。
論文情報
タイトル
DOI
10.1016/j.ymben.2019.08.012
著者
Takahiro Bamba, Takahiro Yukawa, Gregory Guirimand, Kentaro Inokuma, Kengo Sasaki, Tomohisa Hasunuma, Akihiko Kondo
掲載誌