岡山大学異分野基礎科学研究所の加藤公児特任准教授、長尾遼特任助教、蔣天翼大学院生、秋田総理准教授、沈建仁教授、筑波大学生存ダイナミクス研究センターの宮崎直幸助教、神戸大学大学院理学研究科の秋本誠志准教授、東京大学大学院総合文化研究科の池内昌彦名誉教授らの共同研究グループは、クライオ電子顕微鏡(注1)を用いて、シアノバクテリア由来の光化学系I四量体の立体構造解析に成功し、四量体構造を形成する仕組み、また四量体特有の集光色素の並び方を明らかにしました。さらに時間分解蛍光分析(注2)から光化学系I四量体が強すぎる光に対する優れた防御機構を持っていることが明らかになりました。これらの結果から、光合成生物が多様な光環境に応じて光化学系I集合状態を変化させてきた仕組みが明らかになりました。
本研究成果は、日本時間10月30日、英国の科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました。
この成果は、光合成生物の環境適応の謎をひもとく知見になるだけではなく、太陽光エネルギー有効利用のための技術開発にも重要な知見を与えることが期待されます。
発表のポイント
- 光合成生物種によってさまざまな形態で存在する光化学系Iの中で、詳細な構造が不明だった四量体で存在する光化学系Iの立体構造を決定しました。
- 決定した構造と時間分解蛍光分析の結果から、光化学系I四量体が他のものと比較して、強すぎる光エネルギーを逃すことに優れていることが明らかになりました。
- これらの研究結果から、光合成生物が多様な環境に応じて光化学系I四量体の形態を変化させる仕組みを獲得してきたことが示唆されました。
現状
光合成は藻類や植物が太陽からの光エネルギーを使って、空気中の二酸化炭素と水から全ての生物にとって必要な炭水化物や、酸素を作り出す反応です。この光合成反応の中心的な役割を担うのが、光化学系I?光化学系IIと呼ばれる膜タンパク質複合体です。これら光化学系タンパク質のうち、光化学系IIは水から酸素を作り出す機能を持ち、二量体を形作っています。一方、光化学系Iは光化学系IIが水から酸素を作り出す過程で放出される電子を利用して、NADP+をNADPHへと還元し、二酸化炭素を炭水化物に変換するための化学エネルギーを生み出します。光化学系Iは高等植物の中では単量体とアンテナタンパク質との複合体で働き、シアノバクテリアの中では主に三量体で働くことが知られています。また、最近の研究で一部のシアノバクテリアの中には、四量体の状態で機能する光化学系Iを持っていることが発見されましたが、その詳細な構造や四量体を形成する利点は分かっていませんでした。
研究成果の内容
共同研究グループは、光化学系I四量体を持つシアノバクテリアであるアナベナから光化学系I四量体を精製し、クライオ電子顕微鏡により3.3?の解像度で立体構造を解明しました。解析された光化学系I四量体は、四つの同一な光化学系Iから形成されるにも関わらず、光化学系I単量体同士が2つの異なった結合面を持って四量体を形成しており、特徴的な楕円形をしていることがわかりました (図a)。この楕円形の構造になることにより、集光色素も単量体や三量体の光化学系Iにはない変わった配置を持っていることがわかりました (図b)。そして光化学系I四量体の色素の配置が、単量体や三量体と異なる理由を、時間分解蛍光分析を用いて調べたところ、光化学系I四量体は強い光エネルギーを効率よく逃がしていることがわかりました。これまでの研究で、光化学系I四量体を持つシアノバクテリアに強い光を当てると、チラコイド膜上の光化学系I四量体の量が増えることが報告されており、それらの結果を総合して考えると、光化学系I四量体がもつ特徴的な色素の配置は強い光照射の条件下で、余剰の光エネルギーを逸散させる重要な役割をもっており、光の強さに応じて光化学系I四量体の量を調節していることが明らかになりました。
社会的な意義
シアノバクテリア、藻類、植物などによる光合成のメカニズムを解明することは、人工光合成によるエネルギー生産技術の基礎となり、今私たちが抱えている環境問題やエネルギー問題を解決する可能性があるため、世界中で注目されています。今回の研究成果は、光合成生物の環境適応の謎をひもとく知見となるだけではなく、太陽光エネルギー有効利用のための技術開発にも重要な知見を与えると期待されます。
研究資金
本研究は、「新学術領域研究 (研究領域提案型)」(課題番号:JP19H04726、JP17H0643410、JP16H06553)、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業 個人型研究 (さきがけ)(課題番号:JPMJPR16P1)、日本医療研究開発機構 (AMED) 創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業 (BINDS)「創薬等ライフサイエンス研究のための相関構造解析プラットフォームによる支援と高度化」(課題番号:JP18am0101072) の支援を受け実施しました。
補足?用語説明
注1: クライオ電子顕微鏡
液体窒素温度でタンパク質粒子を観察する電子顕微鏡のことです。サンプルへの電子線ダメージを軽減するために液体窒素温度での測定を行います。多数のタンパク質粒子の形状を計測して平均化することで、当該タンパク質の立体構造を解析します。2017年にノーベル化学賞の受賞対象となった技術です。
注2: 時間分解蛍光分析
ピコ秒(10-12秒)からフェムト秒(10-15秒)の時間分解能を持つ蛍光分析法です。蛍光寿命の情報だけでなく、分子が置かれた環境に関するさまざまな物理化学的情報を与えてくれる非常に有用な分光手法です。
論文情報
タイトル
“Structure of a cyanobacterial photosystem I tetramer revealed by cryo-electron microscopy”
(クライオ電子顕微鏡によって明らかにされたシアノバクテリア由来光化学系I四量体の構造)DOI
10.1038/s41467-019-12942-8
著者
Koji Kato, Ryo Nagao, Tian-Yi Jiang, Yoshifumi Ueno, Makio Yokono, Siu Kit Chan, Mai Watanabe, Masahiko Ikeuchi, Jian-Ren Shen, Seiji Akimoto, Naoyuki Miyazaki and Fusamichi Akita
掲載誌