神戸大学大学院工学研究科の藤原良介博士後期課程学生 (日本学術振興会特別研究員DC1)、田中勉准教授、理化学研究所環境資源科学研究センターの野田修平研究員らの研究グループは、バイオ生産に利用する微生物を代謝工学により改変し、取り込んだ糖の種類を目的別に使い分けさせることで、生産性の向上に成功しました。

微生物を利用したモノづくりでは、原料が微生物自身の増殖などに利用されてしまい目的生産物の生産性が低下する一方、増殖を制限すると微生物が弱ってしまい全体の生産量が減るという問題があります。そこで本研究チームは、物質生産と菌体増殖をコントロールするParallel Metabolic Pathway Engineering (PMPE) という新しい技術を開発しました。また、この技術で大腸菌を改変し、ナイロンの前駆体となるムコン酸の生産性を向上させることに成功しました。

今後、モノづくりに適した炭素源はモノづくりに、それ以外は微生物の増殖にまわすことができるようになり、芳香族化合物や医薬品、化成品原料などの生産性を大きく向上させることが期待できます。

この研究成果は、1月14日に、Nature Communicationsに掲載されました。

ポイント

  • 糖を使い分けることで微生物の増殖と物質生産を独立してコントロールする「Parallel Metabolic Pathway Engineering (PMPE)」という技術を開発し、ムコン酸収率の向上に成功。
  • 芳香族化合物やジカルボン酸などの様々な化成品原料や医薬品原料の生産にも利用が可能。
  • 実際のバイオマスなど複数の糖類が入っている原料も効率よく利用できると期待される。

研究の背景

私たちの社会では石油を原料として様々な製品が作られています。しかし、石油由来製品は大気中のCO2の量を増やし、地球温暖化などの様々な環境問題を引き起こしています。そこで、自然界に大量に存在する安価な草や木などの再生可能資源 (バイオマス資源) を原料として、微生物を用いたモノづくりを行うバイオリファイナリー技術※1の開発が求められています。バイオマス由来の製品は大気中のCO2を増加させないカーボンニュートラル※2という特長をもっており、このバイオマスから様々な有用物質を生産する技術を開発することで、大気中のCO2を減らした低炭素社会の構築が期待できます。

ムコン酸はナイロンの原料となるアジピン酸に容易に変換できる有用化合物であり、他にも様々な医薬品や化成品原料として利用できます。しかし、その生産は化石資源を原料に用いた化学合成に依存しているのが現状です。そこで、より穏和な反応条件で副生成物も少ない微生物による再生可能な植物資源からの発酵生産方法が望まれてきました。

微生物を用いたモノづくりでは、原料のバイオマスを微生物が自身の増殖に利用してしまうことが問題となっています。微生物がバイオマスを取り込んでも、目的のモノが作られずに微生物自身が増えてしまうだけ、ということがよくあります。しかし微生物が増えないように代謝を改変してしまうと、微生物は元気がなくなりモノを作らなくなります。この増殖とモノづくりの間のジレンマがこれまでの大きな問題でした。

本研究では、糖を使い分けることで微生物の増殖とモノづくりをそれぞれ独立してコントロールする技術 (PMPE: Parallel Metabolic Pathway Engineering) を新たに開発し、このジレンマの解決に取り組みました。

研究の内容

食料生産と競合しないリグノセルロース系バイオマスは、主にグルコースとキシロースからできています (図1)。このグルコースをモノづくりに、キシロースは微生物の増殖に使えるような代謝デザインを施した大腸菌を構築しました。

図1 食料生産と競合しないリグノセルロース系バイオマスの構成成分

通常の微生物では、図2に示すように、取り込まれたグルコースとキシロースは同じ1つの代謝系で代謝され、目的物質を生産するとともに微生物が生きるために使われます。微生物はこの取り込んだ糖類を自分が生きるためのエネルギー生産や構成要素の合成、維持に使ってしまうため、目的生産物の生産量は低下します。

そこで本研究では、PMPEという新しい技術を開発しました。図3に示す通り、微生物の代謝を分けてそれぞれ独立させることにより、グルコースは全て目的物質の生産に、キシロースは微生物の生育、維持のために使われます。グルコースは生育、維持のためには一切使われないため、収率を大きく向上させることができます。

図2 通常の大腸菌を用いたモノづくり
図3 PMPE大腸菌を用いたモノづくり

本研究では、改変した大腸菌にムコン酸生産経路を導入し、グルコースとキシロースからムコン酸生産を行いました。最終的にムコン酸を4.26 g/L生産することに成功し、その収率 (理論上の最大収量に対する実収量) は0.31 g/g-glucoseとなりました (図4)。この収率は世界最高値であり、本技術が有効であることを示しています。

図4 PMPE技術によるムコン酸の生産性向上

さらに、PMPE技術をムコン酸以外の目的生産物への応用を検討しました。その結果、芳香族化合物であり必須アミノ酸でもあるフェニルアラニンや、食品や医薬品の添加剤として用いられる1,2-プロパンジオールの生産性を向上することに成功しました。これらの結果は、PMPE技術が様々な物質の生産性?収率の向上に有効である、汎用性の高い技術であることを示しています。

用語解説

※1 バイオフリファイナリー技術

再生可能な資源であるバイオマスを原料として、バイオ燃料やバイオプラスチック、医薬品原料などを生産する技術。

※2 カーボンニュートラル

化石燃料の代わりにバイオマスを使うことで二酸化炭素の排出と吸収がプラスマイナスゼロとなり、大気中のCO2の量は変化しないという概念。

今後の展開

本研究で開発されたPMPE技術を用いることで、ムコン酸以外にも芳香族化合物やジカルボン酸などの様々な医薬品、化成品原料の生産性?収率の向上が期待されます。また、糖を使い分けさせることで微生物の代謝を制御するという本研究の成果は、様々な糖類が混在する実バイオマスの有効利用にも大きく貢献できると考えられます。

謝辞

本研究は以下の研究助成を受けて行われました。

  • 未来社会創造事業 探索加速型 「地球規模課題である低炭素社会の実現」領域
    「ゲームチェンジングテクノロジー」による低炭素社会の実現
    研究課題名:細胞表層工学と代謝工学を用いたPEP蓄積シャーシ株の創製
    (No. JPMJMI17EI)
  • 科学研究費基盤研究 (B) (No. 19H02526)
  • 理研基礎科学特別研究員制度
  • 日本学術振興会特別研究員奨励費

論文情報

タイトル

Metabolic engineering of Escherichia coli for shikimate pathway derivative production from glucose–xylose co-substrate

DOI

10.1038/s41467-019-14024-1

著者

Ryosuke Fujiwara, Shuhei Noda, Tsutomu Tanaka, Akihiko Kondo

掲載誌

Nature Communications

研究者

SDGs

  • SDGs9
  • SDGs12
  • SDGs13