神戸大学内海域環境教育研究センターの川井 浩史 特命教授、羽生田 岳昭 助教は、高知大学、東京農業大学、鹿児島大学、国立科学博物館と共同で、日本国内では小笠原諸島ではじめて発見された深所性の緑藻ボニンアオノリ (アオサ藻綱、アオサ目) について、形態および分子系統学的解析から、新属ボニンアオノリ属Ryuguphycus (竜宮の藻) を設立し、新たな学名としてRyuguphycus kuaweuweuを提唱しました。
この研究成果は、2020年6月16日付けで藻類学に関する国際専門誌「European Journal of Phycology」にオンライン掲載されました。
ポイント
- 本研究チームが2016年に小笠原諸島 (別名ボニン諸島) で発見し「ボニンアオノリ」と命名した深所性の海藻種を分子系統学的に解析したところ、同年にハワイ諸島における潜水艇調査で報告された緑藻ヤブレグサ属の新種と同種であることがわかった。
- しかし、ヤブレグサ属として報告されたこの種は、形態および分子系統学的解析の結果、別の独立した属として扱うべきであることが明らかになった。
- 新属ボニンアオノリ属 (Ryuguphycus (「竜宮の藻」の意)) を設立した。
研究の内容
本研究チームは、2016年に小笠原諸島 (別名ボニン諸島) の水深30~60mの海底から、高さ20cm程度になるアオサ?アオノリ類に似た深所性の膜状の緑藻を採集し、ボニンアオノリと名付けました。この緑藻は分子系統学的解析の結果、ハワイ諸島で潜水艇を用いた調査で水深80mの海底から採集され、2016年にヤブレグサ属の新種 Umbraulva kuaweuweu (アオサ藻綱、アオサ目) として記載された種と同種と考えられることが明らかになりました。
ヤブレグサ属の基準種であるヤブレグサUmbraulva japonicaは、以前はアオサ類やアオノリ類と同じく、アオサ属 (Ulva) の種として扱われていましたが、一般にアオサ類より深い水深帯に生育し、深所での光合成に適応して獲得したと考えられているカロテノイドとしてシホナキサンチンを含んでおり、アオサ類とはやや異なる色調を持つことや、遺伝的に独立していることから、現在ではアオサ属とは別属 (Umbraulva) の種として扱われるようになっています。
本種ボニンアオノリは今回の光合成に関連する色素の解析で、ヤブレグサ属と同様にシホナキサンチンを含んでいることが確認されましたが、ヤブレグサや一般的なアオサ属の種と異なり、a-カロテンや?-カロテンなどのカロテノイド色素を欠いています (図2) 。その標本は日光にさらされると他のアオサ類、ヤブレグサ類と比較して短期間で顕著に褪色し、また色素分析のために抽出したクロロフィルも常温では容易に分解するという性質を持っています。さらに、本種は分子系統学的解析の結果、アオサ属、ヤブレグサ属からは独立しており、電子顕微鏡による解析から生殖細胞の形成様式も両者とは大きく異なることが明らかになりました (図3) 。このため、本種は独立した属として取り扱うべきであるとの結論に達し、深い海の底にあるという竜宮伝説にちなんで新属Ryuguphycus (「竜宮の藻」の意) として取り扱うことを提唱しました。
本種は、遺伝子を用いた解析から、日本国内では初めに発見された小笠原諸島だけではなく、鹿児島県の馬毛島や奄美大島にも、また、海外ではハワイ諸島のほか、ニュージーランドやオーストラリアの東岸、西岸と、太平洋のきわめて広い範囲に分布していることが明らかになりました (図4) 。これらの生育場所は遠いところでは1万キロメートル以上離れており、その間はほとんどの海域が水深数千メートルの深海であり、海底に光がとどかず、海藻類は生育できません。このため、浮き袋などによる浮力をもたず、また種子のような耐久性のある生殖細胞を作らない本種がどのようにして分布を拡大したかはきわめて興味深い課題です。可能性として藻体がウミガメなどの遠距離を移動する動物に付着して移動したことが考えられますが、海藻類が分布拡大に動物を利用している例はほとんど知られておらず、今後更なる解明が期待されます。
論文情報
- タイトル
- “Morphology and molecular phylogeny of Umbraulva spp. (Ulvales、 Ulvophyceae), and proposal of Ryuguphycus gen. nov. and R. kuaweuweu comb. nov.”
- DOI
- 10.1080/09670262.2020.1753815
- 著者
- 川井浩史1、 羽生田岳昭1、 峯一朗2、 高市真一3、 寺田竜太4、 北山太樹5
1神戸大学内海域環境教育研究センター、2高知大学教育研究部、3東京農業大学生命科学部、4鹿児島大学連合農学研究科、5国立科学博物館植物研究室 - 掲載誌
- European Journal of Phycology