神戸大学大学院農学研究科?藤田健太郎 (博士後期課程1年)、神戸大学バイオシグナル総合研究センター?吉原亮平学術研究員 (現?埼玉大学助教)、乾秀之准教授と、理化学研究所?近藤恭光専任研究員、本田香織テクニカルスタッフ、長田裕之グループディレクター、(公財) ひょうご環境創造協会兵庫県環境研究センター?羽賀雄紀主任研究員、松村千里研究主幹らの研究グループは、市販の農薬の散布により、ウリ科作物において有機汚染物質※1の蓄積を低減し、作物の安全性が高まることを明らかにしました。研究チームは、有機汚染物質の輸送に関わる作物のタンパク質の機能を2つのアプローチから制御し、その効果を実証しました。
今後、より安全なウリ科作物が食卓に提供されるとともに、農薬が持つ新たな作用の農業利用が期待されます。
この研究成果は、6月23日に、国際学術誌Science of the Total Environment、7月18日に、国際学術誌Environmental Pollutionにそれぞれオンラインで掲載されました。
ポイント
- ウリ科作物は土壌中のダイオキシン類などの有機汚染物質を果実に蓄積する性質を持つ。
- 【アプローチ1】 ウリ科作物において有機汚染物質を果実に輸送する鍵となるMajor latex-like protein (MLP) 遺伝子の発現を農薬の散布により抑制し、導管液における有機汚染物質の濃度を低下させた。
- 【アプローチ2】 MLPと結合する農薬の散布により、MLPと有機汚染物質の結合を阻害し、MLPを介して導管液における有機汚染物質の濃度を低下させた。
- 農薬散布という簡便かつ低コストな方法で、安全な作物生産につながることを発見した。
- 農薬の本来の利用法とは異なる農業利用できる作用を世界で初めて見出した。
研究の背景
ダイオキシン類や殺虫剤ディルドリン、内分泌かく乱化学物質 (通称: 環境ホルモン) などの有機汚染物質は、高い毒性を持つことから、製造や使用が禁止されています。しかし、禁止に至るまでの間に大量に使用されたため、環境を広範囲に汚染しており、農地も例外ではありません。
ウリ科作物は他の植物種とは異なり、有機汚染物質を果実に高濃度で蓄積することが知られています。これには、乾准教授らが発見したMajor latex-like protein (MLP) ※2というウリ科作物が持つタンパク質が大きく関与しています。MLPは、土壌から根に取り込まれた有機汚染物質と結合し、茎の中の導管を通り、葉や果実に蓄積します (図1)。すなわち、MLPはウリ科作物における汚染を引き起こす重要な因子です。
有機汚染物質が残留基準値以上に蓄積した作物が見つかると、その農地で栽培された作物は全て出荷停止となり、生産者は大きな経済的損失を受けます。そのため、有機汚染物質を農地の土壌から除去?分解するために多くの研究がなされてきましたが、コストや効率性の点で採算の合う成果を得られていないのが現状です。したがって、有機汚染物質により汚染された農地でも、安全な作物を栽培する技術の確立が急務になっています。
研究の内容
本研究では、安全性が確認された化学物質である「農薬」に着目しました。「MLP遺伝子の発現を抑制する農薬」、「MLPと結合する農薬」の散布による2つのアプローチで、ウリ科作物におけるMLPを介した有機汚染物質の蓄積の抑制を試みました。これにより、安全なウリ科作物の生産を目指しました。
【アプローチ1】(Science of the Total Environment誌に掲載の研究成果に対応)
MLP遺伝子の発現を抑制する農薬を散布することで、根と導管液※3のMLPの量を減少させることに結び付きま す。これにより、MLPを介して果実に蓄積される有機汚染物質濃度は低下すると考えられました (図2)。
まず、ウリ科作物の栽培時に使用できる農薬5種 (殺虫剤ガードベイト?殺虫剤スタークル?殺虫剤ダイアジノン?殺菌剤ベンレート?殺菌剤ダコニール) からMLP遺伝子の発現を抑制する農薬の選抜を行いました。その結果、殺菌剤ダコニールの原体※4を処理した際に、MLP遺伝子の発現は低下すると考えられたため、殺菌剤ダコニールを選びました (図3. A)。次に、有機汚染物質を含む土壌で栽培しているズッキーニに殺菌剤ダコニールを散布したところ、根と導管液においてMLPの量が減少していることが確認されました (図3. B)。また、導管液中の有機汚染物質の濃度は52%低下しました (図3. C)。
【アプローチ2】(Environmental Pollution誌に掲載された研究成果に対応)
MLPと結合する農薬を散布することで、根においてMLPと有機汚染物質の結合を阻害しました。これにより、有機汚染物質と結合したMLPの量は減少します。その結果、MLPを介して果実に蓄積される有機汚染物質濃度は低下すると考えられました (図4)。
まず、理化学研究所の天然化合物バンク「RIKEN NPDepo」※5の約2万2千の化合物をチップ上に固定化した化合物アレイ※6を用いて、MLPと結合する化合物を絞り込みました。MLPと結合した化合物と類似する構造を持つ市販の農薬から、ウリ科作物に対して散布できる殺虫剤コルトを選抜しました。殺虫剤コルトの原体をMLPと有機汚染物質とともに反応させたところ、有機汚染物質と結合するMLP量は78%減少しました (図5. A)。また、殺虫剤コルトの散布により、導管液における有機汚染物質の濃度は15%低下しました (図5. B)。
今後の展開
本研究は、植物の機能の制御により、汚染された土壌において、汚染レベルの低い安全な作物の生産が可能になることを世界で初めて示しました。これにより、生産者は栽培した作物が出荷停止になり、経済的損失を被る可能性が低下します。さらに、私たち消費者の食卓への安全なウリ科作物の提供にも結び付きます。
本研究では、農薬が秘める新たな作用を明らかにしました。作物を病害虫や雑草から防除する農薬の本来の機能だけでない新たな側面を世界で初めて発見し、農薬の新規利用法を見出しました。現在使用されている農薬は、数々の厳しい安全性試験に合格していることから、非常に安全性が高いと言えます。また、農薬の散布はマニュアル化され、簡便かつ低コストな方法であることから、今後は本研究が提案した農薬を利用した作物汚染低減化法が普及することが大いに見込まれます。
用語解説
- ※1 有機汚染物質
- 環境中で分解されにくく、生物体内で蓄積しやすい化学物質の総称。高い毒性を持ち、ヒトには発がん性や神経毒性を示す。ダイオキシン類やポリ塩化ビフェニル (PCB)、ディルドリンなどが含まれ、世界181ヵ国で製造や使用が禁止されている。
- ※2 Major latex-like protein (MLP)
- シロイヌナズナやブドウ、リンゴなど多くの植物が持つタンパク質。特に、ウリ科作物では、MLPは有機汚染物質と結合し、それらを葉や果実に輸送し、蓄積する。本来の機能は、十分には解明されていない。
- ※3 導管液
- 師管とともに維管束を構成する導管を流れる液体。根から吸収した水や養分を葉や果実に輸送する。
- ※4 原体
- 市販の農薬 (製剤) に含まれる殺虫や殺菌などの作用を示す化合物。製剤には、原体を植物や害虫に付着させるための目的を持つ展着剤などの原体以外の物質も含まれている。本研究では、原体により、MLPの機能が制御されることを確認した。
- ※5 RIKEN NPDepo (Natural Product Depository)
- ケミカルバイオロジー研究グループ化合物リソース開発研究ユニットで構築している化合物ライブラリー。放線菌などから単離した天然化合物を収集?保管するとともに、化合物を所蔵している研究者からの寄託を受け、多様性のある化合物ライブラリーを構築している。
- ※6 化合物アレイ
- 有機化合物をチップの上に固定化したもので、目的タンパク質と化合物の物理的相互作用を高効率に評価するために用いられている。単一構造であるDNAを固定するDNAアレイと比べて、多種多様な構造の有機化合物をチップへ固定化することは困難である。ケミカルバイオロジー研究グループでは非特異的結合活性をもつカルベン(価電子を六個しか持たず、電荷を持たない、二配位の炭素のこと)を利用した結合法を用いることで、化合物の官能基によらない固定化法を開発した。
謝辞
本研究は、農薬工業会、笹川科学研究助成 (2019-5004) による支援を受けて行われました。
論文情報
- タイトル
- “Suppression of the genes responsible for transporting hydrophobic pollutants leads to the production of safer crops”
- DOI
- 10.1016/j.scitotenv.2020.140439
- 著者
- Kentaro Fujita, Yuki Haga, Ryouhei Yoshihara, Chisato Matsumura, Hideyuki Inui
- 掲載誌
- Science of the Total Environment
- タイトル
- “Pesticide treatment reduces hydrophobic pollutant contamination in Cucurbita pepo through competitive binding to major latex-like proteins”
- DOI
- 10.1016/j.envpol.2020.115179
- 著者
- Kentaro Fujita, Yasumitsu Kondoh, Kaori Honda, Yuki Haga, Hiroyuki Osada, Chisato Matsumura, Hideyuki Inui
- 掲載誌
- Environmental Pollution