神戸大学大学院農学研究科の深山浩准教授、立命館大学の松村浩由教授らの研究グループは、植物の光合成CO2固定反応を担う酵素Rubisco*1の触媒活性を大幅に増加させることに成功しました。また、タンパク質の構造解析からRubiscoの触媒活性を決定するメカニズムを提案しました。
今後、農作物の光合成能力の改良による収量増加につながることが期待されます。
この研究成果は、8月31日 (現地時間) に、国際学術誌Molecular Plantに掲載されました。
ポイント
- 植物の成長速度を決める光合成は、CO2を有機物に変換する反応を触媒する酵素Rubiscoの活性が低いことが制限要因となっている。
- Rubiscoは大サブユニット (RbcL) と小サブユニット (RbcS) の2種類のタンパク質でできており、RbcSが触媒速度の重要な決定因子である。
- イネRbcLとソルガム (モロコシ) RbcSのハイブリッドRubiscoはイネのRubiscoの約2倍の触媒活性を示した。これだけ大幅にRubiscoの活性を増加させることに成功したのは世界初である。
- RbcSに存在する102番目のアミノ酸がイネではイソロイシン、ソルガムではロイシンである。タンパク質の構造解析から、それらのアミノ酸の違いが触媒活性を決定している可能性を示した。
- 本研究で示した光合成能力の改良法は、イネと同様にRubisco活性が低いコムギ、ダイズ、ジャガイモなど多くの作物への応用が期待できる。
研究の背景
植物の成長速度は主に光合成能力によって決まっています。よって、光合成能力の改良は農作物の収量増加につながります。Rubiscoは光合成において最初にCO2を有機物に変換する反応を触媒する酵素です。Rubiscoは触媒活性が非常に低いこと、競争的にO2によって阻害されることから、光合成の主要な律速因子となっています。
Rubiscoの触媒活性には種間差があります。一般的な光合成を行うC3植物には、イネ、コムギ、ダイズなど主要な農作物のほとんどが含まれ、C4光合成回路と呼ばれるCO2濃縮機構を獲得したC4植物には、トウモロコシやサトウキビなどが含まれます。C3植物では触媒活性が低く、C4植物では高い傾向があります。触媒活性の高いRubiscoはO2に阻害されやすい性質を持っているため、CO2濃度の低い大気条件で、CO2濃縮機構を持たない場合は必ずしも有利とはなりません。しかし、現在の大気CO2濃度は増加を続けており、C3植物もC4植物のような高活性型Rubiscoを持つことが、光合成能力の改良に有効と考えられます。
研究の内容
Rubiscoは大サブユニット (RbcL) と小サブユニット (RbcS) の2種類のタンパク質により構成されています (図1)。我々はアミノ酸配列の種間差が大きいRbcSに着目して研究を進め、C4植物であるソルガムのRbcS をC3植物のイネに遺伝子組換えにより導入することで、イネRubiscoの触媒活性を1.5倍に増加させることに成功しました。このソルガムRbcS導入イネ (SS系統) では、ソルガムRbcSとイネRbcSの両方がキメラな状態でRubiscoに組み込まれています。そこで次に、ソルガムRbcS導入イネのイネRbcSをゲノム編集技術であるCRISPR/Cas9法でノックアウトしました。
このソルガムRbcS導入?イネRbcSノックアウト系統 (CSS系統) のRubiscoはRbcSが完全にソルガムRbcSに置き換わったハイブリッドRubiscoとなっており、触媒活性がC4植物と同等レベル (約2倍) にまで高くなりました (図2)。多くの研究者がRubiscoの触媒特性の改良に取り組んできましたが、触媒活性をこれだけ大幅に増加させた例はありませんでした。さらに、CSS系統は葉におけるRubiscoの量が30%以上少なかったのですが、CO2濃度の高い条件では非組換えイネよりも高い光合成能力を示しました。
次に、ソルガムRbcSがRubiscoの触媒活性を増加させるメカニズムを明らかにする目的で、RubiscoのX線結晶構造解析*2を行いました。Rubiscoの触媒部位はRbcLに存在しています。その触媒部位の近くにRbcSのβCという構造があります (図3)。そのβCに含まれる102番目のアミノ酸がイネではイソロイシン、ソルガムではロイシンでした。イソロイシンよりもロイシンの方が分子が小さいために、ソルガムRbcSが組み込まれた場合では、アミノ酸の分子間の隙間が大きくなり、触媒部位が柔軟になることで触媒活性が高くなったのではないかと考えられました。この説を証明するには、さらなる研究が必要ですが、Rubiscoの研究においてこれまで提唱されてこなかった画期的なアイデアであると考えています。
今後の展開
作出したCSS系統は高い光合成能力を示しましたが、収量を増加するまでには至っていません。Rubiscoの量を適切にコントロールすれば成長速度や収量を大幅に増加させることが出来るのではないかと期待しています。また、今回はC3植物のイネを研究材料としましたが、同様の方法でコムギ、ダイズ、ジャガイモなど他の主要な作物のRubiscoの触媒活性を高めることができるかを明らかにすることも、応用面を考えた上で重要です。学術的には、触媒活性の決定に関係すると考えられる102番目のアミノ酸の働きについて、その部位のアミノ酸だけを別のアミノ酸に置換したRubiscoを作出するなど、さらなる解析を進めています。
用語解説
*1 Rubisco
正式名はリブロースビスリン酸カルボキシラーゼ?オキシゲナーゼであり、光合成CO2固定における最初の反応を触媒する酵素です。光合成反応 (カルボキシラーゼ反応) だけでなく、O2を基質としたオキシゲナーゼ反応も触媒します。触媒速度が非常に遅いために植物は多量のRubiscoを葉に蓄積しています。イネでは葉の可溶性タンパク質の半分近くがRubiscoであり、地球上で最も多量に存在するタンパク質として知られています。
*2 X線結晶構造解析
単結晶に対してX線を照射することで得られる回折を分析することで、結晶を構成する原子の空間的な座標を決定する手法。タンパク質の立体構造の決定法として有効な手段の一つ。タンパク質の結晶を作製する必要がある。
謝辞
本研究は以下の研究助成を受けて行われました。
- SPS科研費 (17H05732, 18K06094, 19H04735, 19K07582, 24580021, 15H04443)
- 立命館大学 (R-GIRO)
- 大阪大学 (CR-18-05 and CR-19-05)
- 創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業 (JP19am0101070)
論文情報
タイトル
DOI
10.1016/j.molp.2020.08.012
著者
Hiroyoshi Matsumura1,*, Keita Shiomi2, Akito Yamamoto2, Yuri Taketani3, Noriyuki Kobayashi2, Takuya Yoshizawa1, Shun-ichi Tanaka1, Hiroki Yoshikawa1, Masaki Endo4, Hiroshi Fukayama2,*
1 立命館大学生命科学部
2 神戸大学大学院農学研究科
3 神戸大学農学部
4 農研機構
* Corresponding author掲載誌