東京農工大学大学院農学研究院生物生産科学部門大川泰一郎教授、同大学院農学府農学専攻千装公樹氏、小島奈津子氏、連合農学研究科生物生産科学専攻野村知宏氏、神戸大学大学院農学研究科附属食資源教育研究センター山崎将紀准教授らの共同研究グループは、強稈性 (茎が強く倒れにくい性質、“稈”はイネ科の茎) に関わる形質を制御するゲノム領域を特定することに成功しました。この成果により、未利用の強稈遺伝子を利用し、地球温暖化により強大化する台風に耐えるイネ新品種を開発することで、米を主食とする我が国を含む東アジアおよび東南アジアや米消費量が増大しているアフリカをはじめとする世界の米生産の増加、気候変動下における米の安定生産に貢献することが期待できます。
本研究成果は、11月16日にScientific Reportsに掲載されました。
現状
イネは8~9月の実りの時期を迎えると台風やゲリラ豪雨などにより倒れてしまい (倒伏)、収穫量 (収量) およびコメの品質の低下が大きな問題となります。最近では地球温暖化とともにゲリラ豪雨が多発し台風が大型化し、倒伏被害が拡大しています。日本では2019年に台風15号、台風19号の影響のため全国でイネの倒伏被害が大規模に発生しました。近い将来、スーパー台風の上陸が東南アジアのみならず、日本でも多発すると予想されています。人口の増加、気候変動に対して、将来にわたり生産量を増加しコメ生産を安定化するためには、大型台風に耐えるイネ新品種の開発が不可欠となっています。
20世紀の「緑の革命」における倒伏抵抗性で収量の多いイネ品種の改良は、植物ホルモンであるジベレリンの合成遺伝子に変異がある半矮性遺伝子sd1を利用した短稈化により成し遂げられてきました。この遺伝子の変異により化学肥料を多く与えても稈 (茎) が伸びず、倒伏しにくくなりました。しかしながら、半矮性遺伝子は成長を抑制するため、植物自体の生産能力は小さく、sd1を使った品種改良には限界があると考えられています。最近では、台風の超大型化によって半矮性の改良品種でも倒伏が東南アジアなどで問題となっています。大型台風が頻発化する将来に備えるため、強稈遺伝子を利用したイネの倒伏抵抗性の改良が不可欠となっています。これまで、日本に古くからある在来品種を含む温帯ジャポニカ品種の強稈性に関わる形質の遺伝的多様性や優良な強稈遺伝子はほとんど解明されていませんでした。近年、イネの全ゲノム配列の取得が容易となったため、多数の品種間のDNA多型に関するビッグデータの取得が可能となり、これを用いた遺伝解析によるゲノム領域および優良遺伝子の特定が可能となっています。
研究体制
本研究は、東京農工大学大学院農学研究院、神戸大学大学院農学研究科附属食資源教育研究センターとの共同研究で実施しました。
研究成果
本研究では、イネ品種の倒伏抵抗性の改良を目的に、日本のイネ在来品種を含む135品種を用いて、強稈性に関わる形質の多様性と遺伝子座およびそれらの候補遺伝子の探索を行いました。
(1) 品種間に存在するDNA配列の違いと形質との関連を解析するゲノムワイド関連解析 (GWAS) により、強稈性に関わる14の形質について、それぞれに影響を与える遺伝子が存在する可能性のある55箇所のゲノム領域を推定しました (図1)。特に稈 (茎) の太さに影響を与える可能性のあるゲノム領域は、第5,6,11染色体上に推定されました。
(2) 稈の太さと関連の見いだされたゲノム領域のうち、第5染色体上の約27.5Mb~30Mbに位置する1.5Mbの領域が稈の太さにおいて最も強い関連を示しました (図2) 。さらに、この領域に存在する各遺伝子のタイプの違いと稈の太さとの関連を調査する「遺伝子ベースのGWAS」を行うことで、稈の太さに違いをもたらす原因となる遺伝子の候補を推定しました。最も高い関連を示した遺伝子は、細胞分裂などに関わることが示唆されているタンパク質をコードしているものでした。この遺伝子には2種類のタイプがあり、タイプ2の遺伝子を持つ品種の方がタイプ1を持つ品種よりも太い稈を持つことが分かりました。
(3) 本研究で調査した135品種の中では、江戸から明治時代に岡山県で農家により選抜され、現在酒米として栽培されている「雄町」、および明治時代に島根県で育成された「亀治」の2品種が最も太く、強く折れにくい稈を持っていることがわかりました。これらの2品種は古くからある、日本のイネ在来品種であり、日本の食用米の品種改良にはほとんど利用されていません。また、現在日本のイネ栽培面積における上位5品種はいずれも (2) で述べた候補遺伝子の型ではタイプ1に分類されましたが、それらの品種の祖先にあたる在来品種では太い稈と関連のあるタイプ2を持つ品種が多く存在することがわかりました。一方で、「亀治」は太い茎を持ちながら候補遺伝子の型がタイプ1であることから、茎を太くする他の遺伝子の存在が示唆されました (図2)。これらのことから、日本の温帯ジャポニカ品種において稈を太くする遺伝子は、現代の育成品種に利用されておらず、在来品種の中に強稈性の改良に有用な遺伝子が存在することが明らかになりました。
今後の展開
本研究より、日本の温帯ジャポニカの在来品種の中には、これまで倒伏抵抗性の改良に利用されてこなかった優良な対立遺伝子をもつことが初めて明らかになりました。これらの強稈性に関わる原因遺伝子を同定することによって、倒伏に強い品種の開発が期待されます。今後、スーパー台風の被害が想定される日本では、稈が細く倒伏しやすい温帯ジャポニカ食用品種の倒伏抵抗性を改良するだけでなく、中国や韓国などの東アジアで栽培されている温帯ジャポニカ品種の改良や、すでにスーパー台風の被害の大きい東南アジアなどで栽培されている熱帯ジャポニカ品種やインディカ品種、アフリカの栽培品種にも適用することができ、米を主食とする日本および東アジア、東南アジアの他、アフリカなどの米消費国をはじめ世界の食料生産の増加、安定化に貢献することが期待できます。イネで得られた研究成果は、同じく半矮性遺伝子を用いて品種改良が行われてきたコムギなど同じイネ科作物に適用することができ、世界の主要作物の強稈化による倒伏抵抗性の向上、収量増加および安定化に貢献することが期待できます。今後は、国内の試験研究機関の他、海外の国際イネ研究所 (IRRI) 、アフリカ稲研究センター、国際トウモロコシ?コムギ研究センター (CIMMYT) など国際研究機関と連携し、世界のイネ、コムギ品種の倒伏抵抗性の改良をグローバルに推進していきます。
謝辞
本研究は、農林水産省「民間事業者等の種苗開発を支える「スマート育種システム」の開発」(BAC-2001)、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(B)「スーパー台風に強いイネの多収?強稈遺伝子集積の発現機構と最適組合せの解明」(JP19H02940) の援助を受けて行われたものです。
論文情報
- タイトル
- “Landraces of temperate japonica rice have superior alleles for improving culm strength associated with lodging resistance”
- DOI
- 10.1038/s41598-020-76949-8
- 著者
- K. Chigira, N. Kojima, M. Yamasaki, K. Yano, S. Adachi, T. Nomura, M. Jiang, K. Katsura and T. Ookawa
- 掲載誌
- Scientific Reports