京都工芸繊維大学電気電子工学系 粟辻安浩教授、大学院生 稲本純也、井上智好、神戸大学先端融合研究環 的場修教授、産業技術総合研究所 夏鵬主任研究員らの研究グループは、微小領域をダイナミックに動く生物試料に適した高速度3次元動画像顕微鏡のモジュールを開発しました。これは、3次元画像技術であるディジタルホログラフィ※1を応用した高速イメージング技術を用いて、3次元動画像計測の簡便な実施を可能とする顕微鏡です。開発した顕微鏡と画像処理技術を用いて、微生物の3次元的な動きを検出し、開発した顕微鏡が微小領域をダイナミックに動く生物試料の三次元動画像計測に対して有効であることを実証しました。
この研究成果は、2020年12月4日に、国際光工学会(The International Society for Optics and Photonics、 SPIE)が出版する科学誌「Journal of Biomedical Optics」に掲載されました。
ポイント
- 微小領域をダイナミックに動く生物試料に適した、高速度3次元動画像顕微鏡の開発に成功した。
- 開発した顕微鏡を用いて、動的な微生物の3次元的な動きを検出した。
研究の背景
生物学分野で、細胞や微生物の形状やその動きを3次元的に計測することは、細胞が周囲に及ぼす影響の把握や、細胞や微生物の分類に非常に役に立ちます。微小領域をダイナミックに動く試料の3次元の位置や形状の計測ができる顕微鏡として、粟辻安浩教授らの研究グループは、並列位相シフトディジタルホログラフィ※2を応用した並列位相シフトディジタルホログラフィック顕微鏡※3をこれまでに開発しており、その有用性は実証されています。しかし、従来の並列位相シフトディジタルホログラフィック顕微鏡は、光学定盤上に直接固定されていたため、場所を大きく占有し、また別の場所に持ち運びも困難であったので、不便なものでした。
研究の内容
本研究では、安定した金属板である光学ブレッドボード上に光学素子を集積することでモジュール化した並列位相シフトディジタルホログラフィック顕微鏡を開発しました。また、開発した顕微鏡を用いて微生物の3次元的な動きを検出し、顕微鏡の有用性を実証しました。
本研究では、光の干渉によりできた干渉縞をディジタル的に記録することで物体の3次元情報を取得するディジタルホログラフィを応用した、本研究グループの発明である並列位相シフトディジタルホログラフィと呼ばれる、物体の3次元情報を動画像記録できる技術を用いた顕微鏡を開発しました(図1)。顕微鏡を構成する光学素子は光学ブレッドボード上に集積され、顕微鏡は一つのモジュールとして構築されています。開発した顕微鏡の特長は二つあります。一つは、試料の振幅?位相情報が得られることです。振幅情報とは試料の明暗を表し、位相情報は試料の厚さ情報を表します。一般的な光学顕微鏡は試料の振幅情報しか得られません。もう一つの特長は、コンピュータを用いた像再生によるリフォーカシング※4が可能なことです。光がやってきた方向と逆の方向に伝搬する過程を、コンピュータ処理によるリフォーカシングによって計算し、ワンショットで記録した1枚のホログラムから任意の奥行き位置に焦点が合った像の再生が可能です。これらの特長から、開発した顕微鏡は、微小領域をダイナミックに移動する試料の三次元動画像計測を可能にします。
開発した顕微鏡が微小領域をダイナミックに動く生物試料の三次元動画像計測に対して有用であることを示すために、水中の異なる奥行き位置を移動する複数のボルボックスという微生物を試料として記録?再生し、三次元追跡をしました。約1.5 mm四方の撮影範囲を毎秒1000コマの速さで記録し、各コマで試料の振幅画像と位相画像を再生し(図2)、コンピュータ処理によるリフォーカシングによって、各コマでの異なる奥行き位置に焦点が合った像を再生できました(図3)。さらに、得られた再生像に画像処理を適用し(図4)、各コマで各ボルボックスの中心座標を特定することでボルボックスの動きを表す三次元的な軌跡の取得に成功しました(図5)。
今後の展開
本研究では、簡便な3次元動画像計測を可能とする並列位相シフトディジタルホログラフィック顕微鏡のモジュールを開発しました。本顕微鏡により、生きた生物試料の3次元観察がより活発になると考えられます。今後の展開としては、生きた細胞や微生物に光や電気あるいは薬品で刺激を与えた際の微生物の3次元な反応や動態の新たな解明などへの貢献が期待されます。
用語解説
- ※1 ディジタルホログラフィ
- 光の干渉と回折を利用して、物体からやってくる光のすべての情報を記録?再生できる3次元画像技術です。私たちが物体を見るときに認識している、物体を透過または物体で反射した光である物体光と、基準となる光(参照光)を干渉させ、撮像素子を用いて干渉した光の明るさ分布を、干渉縞画像としてディジタル的に記録します。取得された干渉縞画像がホログラムです。取得したホログラムに対してコンピュータで計算処理を施すことで奥行きの情報も含めた、物体の3次元情報を復元できます。さらに、干渉縞画像がディジタル的に得られることより、得られた3次元情報を定量評価できます。
- ※2 並列位相シフトディジタルホログラフィ
- ディジタルホログラフィを応用した、物体の3次元情報を動画像記録できるようにした技術です。従来のディジタルホログラフィでは物体の像に不要な像が重なるという問題がありましたが、並列位相シフトディジタルホログラフィでは、この不要な像が発生しないため、1回の撮影で試料の鮮明な3次元像を記録できます。この特長により、この技術を用いると高速に動く物体の3次元動画像記録ができます。
- ※3 並列位相シフトディジタルホログラフィック顕微鏡
- 並列位相シフトディジタルホログラフィを応用した顕微鏡です。微小領域を高速に動く微小物体の鮮明な3次元動画像を記録できます。
- ※4 リフォーカシング
- 撮影した画像に対して、焦点の合う奥行き位置を撮影後に変えることです。ディジタルホログラフィはコンピュータ処理によるリフォーカシングができるため、物体の情報を記録したホログラムから任意の奥行き位置に焦点の合った像を再生できます。
謝辞
本研究は、独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 挑戦的研究(萌芽) JP18K18858の支援を受けて行なったものです。
論文情報
- タイトル
- “Modularized microscope based on parallel phase-shifting digital holography for imaging of living biospecimens”
- DOI
- 10.1117/1.JBO.25.12.123706
- 著者
- Junya Inamoto, Takahito Fukuda, Tomoyoshi Inoue, Kazuki Shimizu, Kenzo Nishio, Peng Xia, Osamu Matoba, and Yasuhiro Awatsuji
- 掲載誌
- Journal of Biomedical Optics