神戸大学大学院医学研究科血液内科学分野の石井慎一大学院生と片山義雄講師らの研究グループは、従来、全身のリン濃度を腎臓で調節するホルモンとして知られるFibroblast growth factor-23(FGF23)が、骨髄の中で、赤血球の元になる細胞である赤芽球から産生され、造血幹細胞※1の末梢血への移動(動員)を促進することを発見しました。
今後、骨髄移植ドナーへの、新たな造血幹細胞採取戦略の創出につながることが期待されます。
本研究成果は、米国科学雑誌「blood」に掲載されるに先立ち、2020年12月23日付け(現地時間)でオンライン版に掲載されました。
ポイント
- FGF23は、骨組織に埋もれた骨細胞が主な産生細胞とされているが、骨髄内では赤芽球からも産生されることを発見した。
- その産生刺激は、動員誘導に臨床現場で使われるG-CSF※2による骨髄内低酸素であった。
- 骨髄内高濃度FGF23は、ケモカイン受容体の作用を抑制することで、造血幹細胞を骨髄内に留める力をゆるめ、動員を促進していることがわかった。
研究の背景
FGF23は、教科書においては、骨組織に埋もれた骨細胞から産生され、腎臓に働きリン代謝を調節するホルモンとされてきました。FGF23の過剰産生による先天性のビタミンD抵抗性くる病/骨軟化症が広く知られており、すでにFGF23に対する抗体薬による治療も行われています。近年では、慢性腎不全のマーカーとしても利用されています。しかし、FGF23の骨髄細胞における作用は不明でした。また、G-CSFやプレリキサホル(ケモカイン受容体CXCR4アンタゴニスト)は、造血幹細胞移植において、ドナーから移植用幹細胞を採取する際に、骨髄から末梢血に造血幹細胞を送り出す(動員)薬剤として用いられています。しかしこれまで、その動員メカニズムは部分的にしかわかっていませんでした。
研究の内容
本研究では、まずG-CSFのマウスへの投与により、骨髄内でFGF23の産生が亢進することを発見しました。その後の詳細な解析により、骨髄内では、主に赤血球の元になる赤芽球がFGF23を産生することが明らかとなりました。
G-CSF投与やそれに続く交感神経刺激を受けると、骨髄内は低酸素状態になります。この低酸素刺激を受けることで、赤芽球からFGF23が骨髄内に放出されることもわかりました。G-CSF投与により骨髄内に放出されたFGF23は驚くべき高濃度(末梢血の約20,000倍)となり、この高濃度で造血幹細胞を骨髄に留めるアンカー分子(ここではケモカイン受容体CXCR4)の働きを緩めることによって、骨髄から末梢血に造血幹細胞が送り出されること(動員)が明らかとなりました。
今後の展開
骨髄移植で、移植ドナーから造血幹細胞を採取する際、末梢血に造血幹細胞を動員させる治療において、それがうまくいかない例(動員不全)は10%程度みられます。本研究成果は、この問題を解消するための新たな治療戦略の創出となることが期待されます。
用語解説
- ※1 造血幹細胞
- 骨髄において、血球成分をつくり出すもとになっている細胞。
- ※2 G-CSF
- granulocyte colony-stimulating factorの略。顆粒球コロニー刺激因子で好中球を増やす薬剤として一般にも知られている。
論文情報
- タイトル
- “FGF23 from erythroblasts promotes hematopoietic progenitor mobilization”
- DOI
- 10.1182/blood.2020007172
- 著者
- Shinichi Ishii, Tomohide Suzuki, Kanako Wakahashi, Noboru Asada, Yuko Kawano, Hiroki Kawano, Akiko Sada, Kentaro Minagawa, Yukio Nakamura, Seiya Mizuno, Satoru Takahashi, Toshimitsu Matsui, Yoshio Katayama
- 掲載誌
- blood(米国血液学会オフィシャルジャーナル)