大阪大学大学院理学研究科の藤原基洋さん (研究当時:博士後期課程3年) と藤本仰一准教授、奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科の郷達明助教と津川暁特任助教と中島敬二教授、神戸大学大学院理学研究科の深城英弘教授の研究グループは、根の先端の輪郭が多くの生物種で共通して、橋などの建築物に広く見られるカテナリー曲線※1と一致することを明らかにしました(図1)。

図1 根の先端と橋と鎖の形の共通性

どの輪郭もカテナリー曲線 (赤点線) に一致した。

動物の骨や植物の根など器官の輪郭の形は、種を超えて共通しているように見えます。この見かけの共通性を数学的に検証すること、また共通性を生み出す仕組みを生物学的に解明することは、生き物が進化を通じて環境にどう適応してきたかを知る手がかりになります。

今回、本研究グループは、根の先端の輪郭を定量的に解析する手法を考案しました。その結果、ネギ、キュウリ、スミレ、ナデシコ、コスモスなど多様な植物分類群に跨がる10種の根の輪郭が、いずれもカテナリー曲線に一致することを発見しました。また、遺伝子の変異を通じて、根の細胞分裂や伸長からカテナリー曲線を作りだす仕組みを明らかにし、計算機シミュレーションで実証しました。カテナリー曲線は力学的に安定な曲線で、建築物(図1)にも採用されています。今回の発見により根の先端も力学的に安定な形であることが示されました。この安定なカテナリー曲線が、根の効果的な成長にどのような役割を果たしているのか、今後の解明が期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Development」より2021年2月26日(日本時間)に公開されました。

ポイント

  • 根の先端の輪郭は、多くの植物種で共通して、橋などの建築物に見られるカテナリー曲線に一致することを発見
  • 根の先端の形は多くの生物種で似るという定性的な知見にとどまっていたが、実験と計算機シミュレーションの融合により定量的な解析が可能に
  • 土の中で根を効果的に成長させる技術への応用に期待

研究の背景

図2 根の輪郭の形は種を超えて共通する。

10種の主根の輪郭 (左) を、カテナリー曲線の曲率半径aで割る (右)。

動物や植物の器官の大きさと形は生物種ごとに多様です。一方で、動物の骨や昆虫の翅や植物の葉などの器官の形は、種を超えて共通しているように見えます。器官の大きさの研究が進む一方で、器官の形の共通性の定量的な検証と、共通性を生み出す生物学的な原理の解明は進んでいませんでした。

今回、本研究グループは、根の先端の輪郭を定量的に解析する手法を考案しました。ドーム状の根の輪郭を三角関数、放物線、双曲線、だ円、カテナリー曲線と比較しました。すると、カテナリー曲線が根の輪郭と最も一致しました。次に、各生物種の根の輪郭の大きさを揃えたところ、驚くべきことに、ネギ、キュウリ、スミレ、ナデシコ、コスモスなど花を咲かせる植物10種の主根(種子から最初に伸びる根)とその内の1種シロイヌナズナの側根(主根から枝分かれした根)の輪郭が、すべてぴったり一致しました(図2)。すなわち、種や根の作られ方の違いを超えて輪郭が相似であることを発見しました。この輪郭を表すカテナリー曲線が、多くの根に共通する形の法則です。

図3 カテナリー曲線の成り立ち

シロイヌナズナの側根の発生過程 (左上) の細胞分裂の性質を導入した計算機シミュレーション (左下) を行い、根の表面にかかる力を計算 (右)。

カテナリー曲線は、吊り橋やアーチ橋(図1)、さらにはスペインのサグラダファミリアやイヌイットのイグルーなど世界中の多くの建築物にも採用されている力学的に安定な構造です。根の形の法則を成立させる仕組みを解明するために、研究グループは物体にかかる「力」に注目しました。例えば、鎖の両端を固定してぶら下げると、鉛直方向に働く一様な重力と張力がつり合うことで安定なカテナリー曲線が作られます(図1)。この力のかかり方(力学)を参考に、一様な重力の代わりに(1)根の中心の細胞が一様かつ一方向に分裂して伸長すること、また、両端を固定する代わりに(2)根の両端の細胞が分裂しないことが、カテナリー曲線を形づくると推定しました。

実際に、シロイヌナズナの側根が発生する過程を顕微鏡で観察することで、これら2つの性質を確認しました(図3左上)。さらに、これらの細胞のふるまいを仮定した計算機シミュレーションを行いました。すると、根の先端の輪郭はカテナリー曲線となった上に(図3左下)、根の表面では鎖や橋と同様な力のつり合いが実現しました(図3右)。したがって、根も安定な構造だとわかりました。加えて、これら2つの性質のどちらか一方を乱したシミュレーションでは、カテナリー曲線から逸脱することがわかりました。遺伝子の変異を通じて分裂の方向や位置を乱したシロイヌナズナで検証したところ、シミュレーション予測の通りに、根端の輪郭がカテナリー曲線から逸脱していました。これらの結果から、細胞が(1)根の中心で一様かつ一方向に分裂して伸長する、および、(2)根の両端で分裂しない、という2つの性質が、根の先端の輪郭がカテナリー曲線となるための必要かつ十分条件であることが証明されました。根の形の法則は、これらの仕組みが進化を通じて保存されていることを示唆します。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、建築物と植物の形の共通性から着想し、物理学と分子遺伝学の研究者の緊密な共同研究で得られたものです。本研究成果により、器官の形に種を超えた共通性、および、器官の形を生み出す生物学的な原理が明らかとなりました。根が土の中へ伸長する状況では、周囲の土と根の先端の細胞の間に力が生じます。力学的に安定なカテナリー曲線の輪郭が、根を土の中に効果的に伸ばすためにどのような役割を果たしているか、その解明が今後期待されます。さらに、本研究手法を応用することで、動植物の器官の形に潜むさらなる共通性が解明されることが期待されます。

特記事項

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「植物の周期と変調」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「進化の制約と方向性」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「植物発生ロジック」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「植物構造オプト」、同基盤研究S「植物発生進化のグランドプランとしての細胞分裂軸制御機構とその時空間制御機構の解明」による支援を受けて行われました。

用語解説

※1 カテナリー曲線
以下の式で表される。aは曲率半径を表す定数。多くの建築物に採用され、力学的に安定な構造を生み出す。今回の解析より、aは生物種固有の値を持つことがわかった。

論文情報

タイトル
Tissue growth constrains root organ outlines into an isometrically scalable shape
DOI
10.1242/dev.196253
著者
#Motohiro Fujiwara, #*Tatsuaki Goh, #Satoru Tsugawa, Keiji Nakajima, Hidehiro Fukaki, and *Koichi Fujimoto

(#同等な貢献, *責任著者)

掲載誌
英国科学誌「Development(2021年2月26日付)」(オンライン)

研究者