神戸大学大学院理学研究科の佐藤拓哉准教授?上田るい (大学院生) と東京大学大学院農学生命科学研究科の瀧本岳准教授からなる研究グループは、河川の食物網構造と生態系機能に対し、隣接する森の虫が川に落下して魚の餌となる季節の長さが、大きな影響を及ぼすことを明らかにしました。
本研究の結果は、森の季節性が変化すると、その影響が隣接する川の生態系にまで及ぶことを実証するものであり、気候変動による生態系への影響予測にも重要な示唆を与える知見です。
この研究成果は、3月4日 (現地時間) に、英科学誌「Journal of Animal Ecology」に掲載されました。
ポイント
- 森から川への陸生昆虫の供給期間が集中的な場合、アマゴ同士の餌をめぐる競争が緩和され、どのアマゴもまんべんなく成長し、体サイズの個体差が小さくなった。対して、陸生昆虫の供給期間が持続的な場合、大きなアマゴが陸生昆虫を独占して独り勝ちする魚社会になり、大きなアマゴばかりが成長し、体サイズの個体差が大きくなった。
- 陸生昆虫の供給期間が集中的な場合と持続的な場合で、河川の底生動物※1 の生息個体数や落葉破砕速度※2 は大きく異なった。しかも、この結果は、魚に食べられやすい底生動物が優占する実験区でのみ確認された。
- 生態系がつながる期間の長さが生態系に及ぼす影響を初めて明らかにした。気候変動は生物の季節性を大きく変化させているため、本研究の成果は気候変動に対する生態系の応答を理解?予測する上でも重要な示唆を与える。
研究の背景
冷たく透き通った水の流れる渓流には、アマゴやヤマメ、イワナといったサケ科魚類 (以下、渓流魚) が多く生息しています。それら渓流魚は、川の魚でありながら、周囲の森から川に落ちてくる陸生動物を好んで食べています。渓流魚は、陸生動物の量が多いときには、川にもともとすんでいる水生昆虫の幼虫やヨコエビなどの底生動物をあまり食べません。その結果、底生動物の生息個体数が多く維持されると、底生動物が川の中にある落葉を食べて破砕する速度 (落葉破砕速度=河川の生態系機能) は高まります。このように、森が育む陸生動物は、魚の摂餌活動を変化させることで、川の食物網や生態系機能に大きな影響 (正の間接効果※3 ) を及ぼします (図1)。
森から川に入ってくる陸生動物の量は、春に木々が展葉する頃から増加し、初夏にピークを迎えて、落葉期に伴って減少します。このような季節パターンは、冷温帯から温帯の河川に共通して見られます。一方、高緯度や高標高の森では、展葉から落葉までの期間が短いのに対して、低緯度や低標高の森ではその期間が長くなっています。これらに伴い、陸生動物が川に入ってくる期間は、高緯度?高標高では集中的に、低緯度?低標高では持続的になる可能性があります。
研究対象と研究目的
陸生動物の供給期間の長さは、渓流魚や河川の食物網にどのような影響を及ぼすのでしょうか?
本研究では、陸生昆虫の供給期間の違いが、渓流魚のアマゴ (Oncorhynchus masou ishikawae) や河川の食物網?生態系機能に及ぼす影響を検証しました。
研究の内容
京都大学の和歌山研究林において、川の生態系を模した大型プール (写真A) を用いて、野外実験を行いました。2016年の8月から11月にかけて、90日の実験期間全体で与える陸生昆虫の総供給量を同じにして、実験期間中の30日間に集中して陸生昆虫を供給する実験区 (集中区)、90日間にわたって持続的に供給する実験区 (持続区)、および陸生昆虫を供給しない対照区を作り (写真B, C)、サケ科魚類の摂餌内容と体サイズ、底生動物の生息個体数、および落葉破砕速度を調べました。
その結果、集中区では、時間当たりの餌供給量が多いため、競争に優位な大型個体が陸生昆虫を独占しにくく、劣位な小型個体も陸生昆虫を食べていました (図2A)。集中区では、実験後に魚の体サイズ差が小さくなっており (図3) 、独り勝ちしにくい魚社会になったことが分かりました。一方、持続区では、少しずつ流下してくる餌を大型個体が独占しやすくなるため、小型個体は陸生昆虫をあまり食べていませんでした (図2A) 。持続区では、実験後に魚の体サイズ差が大きくなっており (図3)、独り勝ちしやすい社会になったことが分かりました。また、持続区では独り勝ちした魚の中から、成熟可能サイズに達する個体も現れており、個体数増加への影響も示唆されました。
大型個体も小型個体も陸生昆虫を食べていた集中区では、大型個体と小型個体のいずれもが、対照区に比べて、底生動物を食べる量を大きく減らしていました (図2B)。一方、大型個体が陸生昆虫を独占していた持続区では、小型個体が底生動物をよく食べている傾向がみられました (図2B)。そのため、持続区では、対照区に比べて、顕著に底生動物を食べる量が減ることはありませんでした。
アマゴ全体として底生動物を食べる量が減った集中区では、底生動物の個体数が最も多く (図4A「ユスリカが優占」の場合)、落葉破砕速度も最も早くなっていました (図4B「ユスリカが優占」の場合) 。一方、特に小型個体が底生動物を食べる量の多かった持続区では、底生動物の生息個体数と落葉分解速度ともに、集中区ほど高まっていませんでした。すなわち、陸生昆虫が、魚の摂餌活動を変化させることで、底生動物と落葉破砕速度に及ぼす正の間接効果は、集中区で、持続区よりも顕著に高いことが明らかになりました。このような集中区と持続区の間での間接効果の強さの違いは、アマゴの餌になりやすいユスリカの仲間が底生動物に占める割合が多い場合には顕著にみられましたが、アマゴの胃内容物からあまり出てこないミズムシの仲間が底生動物に占める割合が多い場合にはみられませんでした (図4A, B)。これは、主な底生動物がアマゴに食べられにくい場合には、アマゴの摂餌内容が陸生昆虫から底生動物に切り替わりにくいため、アマゴの摂餌活動の変化が底生動物の個体数や落葉破砕速度に影響しにくいことが主な原因だと考えられました。
今後の展開
本研究から、森の虫が川に供給される期間の長さは、アマゴの体サイズ構造やひいては河川の食物網と生態系機能にまで影響することが初めて実証されました。また、河川生態系への影響は、アマゴに食べられやすい底生動物が多いほど強い可能性も明らかになりました。この研究結果は、森や川といった生態系のつながりを生み出す生物の「季節性」が、食物網の構造や生態系機能を理解する上で非常に重要なことを示しています。
本研究の成果に基づくと、地球規模で起こる気候変動によって、ある生態系に生息する生物の季節性が変化すると、その変化が隣接する生態系にも大きな波及効果をもたらす可能性があります。このような可能性を検証し、気候変動が生態系の挙動に及ぼす影響を理解?予測することは、マクロ生物学の重要な課題です。現在、私たちは、北海道から九州までに生物観測地点を設け、現地の研究者らと協力しながら、森の虫や川の虫の季節消長を継続的に観測しています。広域かつ長期の生物観測と本研究のような野外実験を組み合わせることで、気候変動が生態系の季節的なつながりに及ぼす影響を深く理解して予測に繋げていく予定です。
用語解説
- ※1 底生動物
- 水域に生息する無脊椎動物の中で、底質に生息する動物の総称。河川では、カゲロウやカワゲラ等の水生昆虫の幼虫やヨコエビ?ミズムシなどが含まれる。
- ※2 落葉破砕速度
- 河川に滞積する落葉を底生動物が食べることで破砕する速度。河川の物質循環に関わる重要な生態系機能である。
- ※3 正の間接効果
- 陸生昆虫が河川に供給されることで、魚類の摂餌内容が底生動物から陸生昆虫に切り替わり、結果として底生動物の個体数や落葉破砕速度が高まること。一般には、2種の生物間の相互作用 (魚と底生動物の捕食?被食関係) が、その2種以外の生物 (陸生昆虫の供給) によって変化すること。
謝辞
本研究は、科学研究費補助金 基盤研究B (15H04422) の助成を得て実施しました。
論文情報
- タイトル
- “The effects of resource subsidy duration in a detritus-based stream ecosystem: a mesocosm experiment”
- DOI
- 10.1111/1365-2656.13440
- 著者
- Takuya Sato, Rui Ueda and Gaku Takimoto
- 掲載誌
- Journal of Animal Ecology