神戸大学先端膜工学研究センターの松山秀人教授らの研究グループは、化学構造を適切にデザインした親水性の高分子電解質※1 を用いて、ヘキサン/水界面における高分子界面重縮合を制御することで、高速透水性と優れたイオン阻止性を有する新しいナノろ過膜の開発に成功しました。
ナノろ過膜は、水中に溶解している特定のイオンや有機物は透過し、それ以外は透過しない選択分離膜です。地下水や河川水から有機溶剤や農薬を除去する水処理用途、醤油や乳製品の脱塩などの食品用途、アミノ酸や乳酸の精製などといったバイオ用途への実用化が進んでいます。更に高度な水浄化や有用物質の分離精製を実現するために、ナノろ過膜の透水性と選択分離性の更なる向上が望まれています。
本研究では、ナノろ過膜を構成する架橋ポリアミド※2 層の重合場であるヘキサン/水界面に親水性の高分子電解質を集積することで、約70ナノメートル(1ミリメートルの1/15000程度)の厚みを有するナノろ過膜を開発しました。開発したナノろ過膜は、その非常に薄い分離機能層とともに、特徴的な表面構造に由来する大きな表面積、およびルーズなマトリックス構造を有しており、高速の水透過が可能です。将来的には高性能ナノろ過膜としての実用化や応用が期待されます。
この研究成果は、2021年8月2日に、国際学術雑誌「Nano Letters」にオンライン掲載されました。
ポイント
- 分離機能層である架橋ポリアミド層構造が高度に制御された新規ナノろ過膜の開発に成功。
- 親水性高分子電解質のヘキサン/水界面への集積により、架橋ポリアミドの原料化合物の拡散と反応場を制限することで、架橋ポリアミド層の超薄層化とひだ構造の形成による大表面積化に成功。
- 親水性高分子電解質の架橋ポリアミド超薄層への組み込みにより架橋ポリアミドマトリックスの架橋密度を低減し、水分子の架橋ポリアミド薄層内における拡散性を向上。
- 開発したナノろ過膜は分子量400 Da以上の化合物を90%以上カットでき、その透水速度は従来のナノろ過膜の約4倍。
- 将来的には、本研究成果の応用により様々な応用分野に適用可能な高性能ナノろ過膜を創製する技術になり得る。
研究の背景
現在、農薬などを含む地下水や河川水の浄化や、有機溶剤を含む廃水の処理など、低分子化合物で汚染された水を低エネルギーで清浄化する技術が望まれています。2025年には世界の人口の2/3が水不足になるという予測もあり、廃水の清浄化による水の再利用に大きな注目が集まっています。また、廃水の清浄化の他にも、熱をかけることができない医薬品の精製や、乳製品や醤油などの濃縮および脱塩など、低分子化合物や多価イオンを常温で分離できる技術が求められています。
低分子化合物や多価イオンを分離する方法として、逆浸透膜を用いた膜分離法が有効ですが、逆浸透膜は透水に高圧が必要とされるため、大きいエネルギーを消費します。一方で、逆浸透膜よりも構造がルーズなナノろ過膜は、低分子化合物や多価イオンの分離性能を有し、比較的低圧でも高い透水性能を実現することができる省エネルギーな分離膜です。ナノろ過膜について多くの研究が行われていますが、その分離性能を維持したままで透水速度をさらに上げることにより、より省エネルギーで高効率なプロセスの実現が可能です。そのため、高透水性の革新的なナノろ過膜の開発が望まれています。
研究の内容
本研究チームは、構造を適切に制御した親水性の高分子電解質を用い、高性能なナノろ過膜を開発しました。その親水性の高分子電解質は、ナノろ過膜の分離機能層を構成する架橋ポリアミド層の重合場であるヘキサン/水界面に吸着、集積することで、高透水性を有するルーズな架橋構造のポリアミド超薄層(図1)の形成に様々な役割を果たします。
使用した親水性の高分子電解質は、プラスの電荷とマイナスの電荷の両方を持つ双性イオンポリマー※3(2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine (MPC))とアミノ基を有するポリマー(2-aminoethyl methacrylate hydrochloride (AEMA))の共重合体(P[MPC-co-AEMA])です。その親水性の高分子電解質は油/水界面に吸着する性質を有しています。その界面吸着量は、P[MPC-co-AEMA]を構成するMPCとAEMAの組成により制御できます。P[MPC-co-AEMA]の界面吸着量を増やすことで、架橋ポリアミド層を形成するトリメシン酸クロリド(TMC)とピペラジン(PIP)の界面反応場が制限され、非常に特徴的なひだ構造を表面に有する架橋ポリアミド層が形成されます(図2(a))。そのひだ構造は膜の表面積を増大させ、ナノろ過膜の透水速度を増大させます。
また、使用した親水性の高分子電解質が有するアミノ基はピペラジンと水素結合を形成する性質を有しています。そのため、ピペラジンは親水性の高分子電解質に吸着されることで、反応場である界面への拡散が抑制されます。その結果、界面におけるピペラジンとTMCの反応速度が低下し、界面に形成される架橋ポリアミド層を超薄層化することが可能となりました。その架橋ポリアミド層の厚みは約70 nmまで薄くすることができています(図2(b))
さらに、界面に吸着した親水性の高分子電解質のアミノ基はTMCと反応して架橋ポリアミド薄層に取り込まれます。取り込まれた親水性の高分子電解質は比較的自由に動くことができるため、親水性の高分子電解質を用いずに形成される従来の架橋ポリアミド層(図1(a))に比べ、ポリアミド層の架橋度を低下させ(図1(b))、ポリアミド層内部での水の拡散性を増大させます。
これらの特徴的な表面ひだ構造、超薄層構造、低架橋構造は全て、形成された架橋ポリアミド薄層の透水性増大に大きな効果を発揮します。そのため、適切に設計した親水性の高分子電解質を用いて形成された超薄架橋ポリアミド層は、イオンや低分子化合物の阻止性能をほとんど損なうこと無く、その透水速度が約4倍に向上しました。
今後の展開
今回の研究で開発した親水性の高分子電解質の界面集積特性を利用した架橋ポリアミド層の形成手法は、親水性の高分子電解質の構造を制御することで、架橋ポリアミド層の薄層化、表面形状制御、および内部架橋構造の制御ができるため、様々な低分子化合物を分離できる高透水性ナノろ過膜の開発への応用が期待できます。
分離膜を用いた省エネルギーな水処理技術は、水環境の保全に不可欠な技術で、地球規模の水環境問題の解決への貢献が期待されています。今後は、開発した膜の実用化に向けて、更なる高性能化を進めます。
用語解説
※1 高分子電解質
側鎖(または主鎖)に荷電基(解離可能な官能基)を有する高分子
※2 架橋ポリアミド
アミド結合によって多数のモノマーが結合することでできた3次元ネットワーク構造を有する高分子
※3 双性イオンポリマー
分子内にプラスの電荷とマイナスの電荷の両方を持つ高分子
論文情報
タイトル
DOI
10.1021/acs.nanolett.1c01711
著者
Yuqing Lin, Xuesong Yao, Qin Shen, Takafumi Ueda, Yuki Kawabata, Jumpei Segawa, Kecheng Guan, Titik Istirokhatun, Qiangqiang Song, Tomohisa Yoshioka, and Hideto Matsuyama
掲載誌
Nano Letters