国立研究開発法人海洋研究開発機構 (理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。) 地球環境部門地球表層システム研究センターの金谷有剛センター長らと国立大学法人神戸大学、国立研究開発法人国立環境研究所、大学共同利用機関法人情報?システム研究機構国立極地研究所等は共同で、中国から排出されるブラックカーボン(BC)は、現在主に家庭から排出されていることを明らかにしました。
BC粒子は、「すす」とも呼ばれる地球温暖化に寄与する物質です。JAMSTECは、長崎県?福江島大気環境観測施設において中国から運ばれてくるBCの動向を長年評価してきました。必威体育感染症(COVID-19)の蔓延によるロックダウンにより、その排出源にバランスの変化があったと考えられることから、本研究では、蔓延前後の量的観測データを比較しこれまで不明だった排出起源の推定を試みました。
排出起源を「家庭部門」と「産業?運輸部門」に大別して推定した結果、主要な排出源は「家庭部門」であることが明らかとなりました。また、一酸化炭素(CO)についても同様の解析を行ったところ、こちらは「産業?運輸部門」が主要な排出源であることも明らかとなりました。
地球温暖化を抑制するためには、その排出源を特定し対策を講じていくことが重要です。中国の家庭では石炭ベースの調理や暖房器具から排出されるBCが多いことを踏まえると、それらをガスベースに置き換えていくことが今後の脱温暖化へ向けた有効な削減オプションになると考えられます。
本成果は「Scientific Reports」に12月16日付け (日本時間) で掲載される予定です。なお、本研究は環境省環境研究総合推進費2-1803、北極域研究推進プロジェクト (ArCS) 、北極域研究加速プロジェクト (ArCS II) 等の一環で実施されたものです。
ポイント
- 中国から排出されるブラックカーボン (BC) は、主に家庭から排出されていることを解明した。
- 長崎県?福江島で行ったBC濃度の観測結果等の解析から、必威体育感染症(COVID-19)の影響下においても総排出量に大きな変化は認められず、ロックダウンの影響を受けにくい家庭から排出された割合が大きいという結論を得た。
- 中国の家庭において、石炭ベースの調理や暖房器具からガスベースの代替品へ置き換えて排出を低減することが、BCに対する低コストな温暖化対策として有効と考えられる。
背景
人間活動により大気中に排出されるブラックカーボン(BC)粒子は、「すす」とも呼ばれ、太陽光の吸収や雪氷面の反射率低下により地球温暖化に寄与する物質 (2016年2月20日既報) です。2021年8月に公表された国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価報告書では、排出後10年スケールでの温暖化への寄与でみると、CO2やメタンに次ぐ重要性を持つともいわれ、排出の削減が求められています。JAMSTECでは、中国からの大気汚染物質が2日以内の時間スケールで運ばれてくる長崎県?福江島において大気環境観測施設(図1)での観測を継続して実施しており、その結果と数値モデルを併用し、世界の約1/3を占めるともいわれる中国からのBC排出量の動向を評価してきました。最近では、2019年までの10年で4割もの大幅な減少 (2020年6月5日既報) を遂げたことを明らかにしましたが、国民一人当たりの排出量でみると、未だ日本の約3倍と高い状況にあります。また、主な排出源は、「産業部門」や自動車等の「運輸部門」、また「家庭部門」と考えられますが、それらのうち、どの部門が主要な排出起源なのかは明らかになっておらず、効果的な対策を導く科学的知見は得られていませんでした。
2020年2-3月、必威体育感染症(COVID-19)の蔓延を抑えるため、中国ではロックダウン政策が全国的に敷かれ、「産業?運輸部門」の排出が大きく抑制される変化が起きました。一方で、暖房や調理などが主である「家庭部門」の排出はこの期間、大きく変化しませんでした。そこで、この排出バランスが変化した時期の福江島観測データを利用し、2019年同時期と比較することで、これらの排出部門の寄与を分離して評価することができるものと考え、解析を進めました。
解析には、中国から直接福江島に空気塊が到達した時間のデータのみを用いました。また、2019年までの長期解析の場合 (2020年6月5日既報) と同様に、BCを大気から洗い流す「降水」の変化の影響を受けないようにするため、空気塊が福江島まで達する経路上で積算降水量が1mm以下の観測データのみを用いました。また、濃度の変動には、大気汚染物質が発生源から福江島まで運ばれてきやすいかどうか、風の影響も考慮することが重要です。そのため、BC排出量を敢えて変化させず一定として与えた「大気化学輸送モデルWRF/CMAQ※1 による数値シミュレーション」でモデル濃度を算出し、この値で観測濃度値を割った比の値をみることによって、排出量の変化の影響のみを取り出して評価しました。この比は、モデルでそれぞれの時期にBC濃度を再現するために必要な排出量の「補正項」とみることもできます。
成果
2020年2-3月における、解析対象時刻に観測されたBC濃度の平均値 (0.471 μg m?3、図2a、青) は、2015~2019年の範囲(0.416–0.648 μg m?3)と比べて大きく変わりませんでした。一方、2020年のモデル濃度 (1.08 μg m?3、図2a、灰色) は2015~2019年の範囲内(0.775–1.11 μg m?3)ですがやや高めで、排出量がもし変わらなければ2020年は越境大気汚染のいわば「当たり年」のはずであったことを示しています。その点を補正した、観測/モデルの比 (排出補正項) を見ると、2020年は2019年と比べ、18%とわずかに減少しました(図2b)。この減少幅をもとに、2019年 (直近平時) の排出内訳を解析します。2020年に見られた18%の減少分は、排出が大きく抑制された「産業?運輸部門」によってもたらされたはずです。しかしながら、必威体育感染症(COVID-19)の影響下で「産業?運輸部門」も完全にストップしたわけではない点には注意が必要です。「産業?運輸部門」の全活動量のうち、影響下でも50%は機能していたとする別の研究結果※2 を援用することにより、本研究では18%の2倍にあたる36%が、2019年にもともと「産業?運輸部門」から排出されていた割合であると算出しました。そして、残りの64%が、2019年の「家庭部門」からの排出量であり、主要な排出源となっていたことを明らかにしました。言い換えると、ロックダウンで影響を受けにくい家庭起源分が大きな寄与を持っていたために、観測濃度から予測された排出量の変化幅が小さかったとみることができます。
一方、同じように燃料の不完全燃焼で生じる一酸化炭素(CO)についても同様の解析を行ったところ、異なる結果が得られました。COについては半球規模のベースライン濃度を差し引き、中国から空気がやってきたときの増分濃度 (ΔCO) を用いて解析しています。そのΔCOの2020年のモデル濃度 (140.4 ppb)は、過去5年の値(83.1-119.9 ppb)と比べて高く、BCの分析の場合と整合的に、越境大気汚染の「当たり年」であることがわかりました。ところが、観測濃度 (96.1 ppb) は過去5年の値の範囲 (92.1-134.1 ppb) でも低いものでした (図2d) 。観測/モデルの濃度比の変化で見ると、2020年には2019年と比べ、「産業?運輸部門」の変化が原因で、35%もの排出減少があったことが示唆されました(図2e)。BCと同様に、必威体育感染症(COVID-19)の影響下では「産業?運輸部門」は50%の稼働レベルだったことを考慮すると、COでは「産業?運輸部門」は2019年に全体で70%の排出割合であったことが推定され、COの家庭部門は残りの30%の排出寄与を持つに過ぎないことが示されました。
さらに2019年より以前、つまり2015~2018年からの経緯を考慮して考察を深めました。COでは2015~2018年においても2019年とほぼ変わらない排出補正値であったため、2020年の減少が、よりはっきりと示されました (図2e、薄いピンク色) 。一方、BC排出の分析結果(図2b、薄い青の四角)では、2015年から続く減少傾向が単に2020年まで続いていたとも見ることができます。必威体育感染症(COVID-19)とはむしろ無関係な平時の排出減少が支配的だったとする見方です。その見方では、必威体育感染症(COVID-19)に起因する排出減少幅は18%より小さくなり、「産業?運輸部門」での排出寄与は、36%よりさらに小さくなるため、BCは「家庭部門」が主要排出起源とする今回の結論はむしろ補強されると考えられました。
このような観測に基づく部門別寄与の結果を用いて、中国からのBC排出起源割合に関する5種類の排出インベントリ※3 情報を評価検証しました。それらのうち、家庭起源の排出寄与割合をBC、COともよく再現したのは、オーストリアのグループが報告しているECLIPSE version 6bであることがわかりました (図2右) 。ECLIPSE version 6bについては、前回の解析 (2020年6月5日既報) で、中国からのBC排出総量についても正しく推計していることが示されており、その内訳についても信頼性が高いことが今回わかりました。
我々は、ECLIPSE version 6bをもとに、中国の「家庭部門」からのBC排出に関する削減対策の経済性についても評価しました。図3は、「家庭部門」と「産業?運輸部門」それぞれについて、排出削減量 (横軸) を高めてゆく場合のコスト増加量を縦軸に示す、いわゆる限界削減費用曲線を示しています。ここから、家庭部門での対策では、0.4Tgまで削減を進めても、必要な費用は1キログラム排出削減あたり20ユーロ以下と低コストであり、「家庭部門」以外での対策よりも進めやすい可能性があることがわかりました。具体的には、「家庭部門」の主な発生源である石炭ベースの調理?暖房器具を、ガスベースの代替品に置き換える対策のコストを中心に評価したものであり、この対策は今後の有効なオプションとなり得ることがわかりました。
今後の展望
このように、排出総量に加えて排出部門ごとの寄与率を正しく現状把握することが、具体的で効果的な温暖化対策を導くために重要です。気候変動に関する政府間パネル (IPCC) の次期(第7次)評価報告書用の気候モデル計算へ入力される排出データベースは、これから構築されることになりますが、本研究で得た知見が適切に反映されるようにしてゆきます。今回の結果は、福江島での大気観測を10年以上にわたり地道に続けてきた成果ともいえるものです。中国で排出されたBCは、遠く北極域にも運ばれることが知られており、北極の気候変化を評価するうえでも重要な知見となります。2020年のパンデミック期の社会経済活動の変容は、大気中のさまざまな物質を変化させましたが(CO2:2020年11月5日既報、NOxとオゾン:2021年6月10日既報、2021年6月18日既報、CO2やエアロゾル等:2021年5月7日既報)、物質によって大気中濃度の応答は大きく異なることが見えてきました。これらはすべて気候変動の原因となる物質であり、今後、現場観測や衛星観測などの実態に基づき排出動態を適切に把握してゆく体制やシステムづくりを強化します。気候変動に具体的な対策を—SDGs目標13へのさらなる貢献を追求してゆく計画です。
補足説明
- ※1 大気化学輸送モデル(WRF/CMAQ)
- 領域気象モデル (WRF: Weather Research and Forecasting Model) によって計算された気象情報を用いながら、大気中の物質の化学生成?消滅過程、輸送、沈着等を評価し、大気中の物質濃度と沈着量を算出する大気質モデル (CMAQ: The Community Multiscale Air Quality Modeling System) 。PM2.5等の成分把握や起源推定等に利用されている。
- ※2 必威体育感染症(COVID-19)影響下での産業?運輸部門の活動度が50%低下したとする別の研究結果について
- 2020年2-3月に、中国では自動車などの運輸部門の活動度が79%低下し (China Highway: Passenger Traffic) 、また産業部門の活動度が33%低下した(Forster, P. M. et al. Current and future global climate impacts resulting from COVID-19. Nat. Clim. Chang., 10, 913–919; 10.1038/s41558-020-0883-0 (2020))とする2つの別の研究結果を、BCの排出割合で重み付け平均をとったところ、産業?運輸部門全体では50±14%の活動度低下と見積もられた。
- ※3 排出インベントリ
- 各種社会経済活動ごとに、活動度の統計値に排出係数を掛けるなどの方式により、積み上げ型で、部門別?国/地域別の排出量を物質ごとに推計したもの。活動度や排出係数の不確かさにより、BCの場合は倍~半分程度の大きな不確かさを伴うと言われており、観測値からの排出量評価が重要となる。
論文情報
- タイトル
- “Dominance of the residential sector in Chinese black carbon emissions as identified from downwind atmospheric observations during the COVID-19 Pandemic”
- 著者
- 金谷有剛1,2、 山地一代2,1、 宮川拓真1、竹谷文一1,2、 朱春茂1、 Yongjoo Choi1、池田恒平3、 谷本浩志3、 山田大地4、成田大樹5、 近藤豊6、 Zbigniew Klimont7
- 1.海洋研究開発機構 地球環境部門 地球表層システム研究センター
- 2.神戸大学大学院海事科学研究科
- 3.国立環境研究所 地球システム領域
- 北海道大学大学院経済学研究院
- 東京大学大学院総合文化研究科
- 国立極地研究所
- 国際応用システム分析研究所 (オーストリア)