兵庫県と神戸大学大学院医学研究科附属感染症センター臨床ウイルス学分野の森康子教授らの研究グループは、2021年11月22日から12月8日に、兵庫県健康財団から提供を受けた18歳から79歳までの1,000人の血清中における抗必威体育 (SARS-CoV-2) 抗体※1 の有無を解析しました。

ウイルスNタンパク質※2 に対する抗体陽性率 (ウイルス感染歴を示す) は3.9%である一方、Sタンパク質※3 に対する抗体陽性率は90.8%でした。現在用いられているワクチンは、いずれもSタンパク質に対するものです。すなわち、12月時点の兵庫県内において、ワクチン接種による抗体陽性者 (一部感染者も含まれる) が90.8%に上り、必威体育に感染歴がある人が3.9%であることを示していると考えられます。第五波の初期であった2021年8月に同様の解析を行ったときと比較して、Sタンパク質に対する抗体陽性率は52.1%上昇し、必威体育に感染歴のある人の割合は1.8%上昇していました。

解析した時点でのPCRに基づいた必威体育の感染率は、兵庫県で1.45%、全国で1.37%になりますが、その2倍以上の人が実際には感染していたと考えられます。これは不顕性感染者や検出されていない軽症者を示していると考えられます。

年齢層ごとの調査では、Sタンパク質に対する抗体陽性率は全体的に高い水準が示されました (87.2%-100%)。一方でNタンパク質に対する抗体陽性率は若年層[20-29歳 (10.6%)]と高齢層[70-79歳 (5.0%) ]で高い傾向がみられました。Sタンパク質に対する抗体量は高齢者でやや低く、ワクチンの接種時期が早かった高齢者では下がってきていることが考えられました。

デルタ株に対する中和活性を調べた結果、78.7%が陽性でした。第五波の沈静化はワクチン接種によって有効な集団免疫が形成されたためであろうと考えられました。一方でオミクロン株のウイルスに対する中和活性陽性率は36.6%にとどまり、オミクロン株による第六波が到来している現在、三回目のワクチン接種による免疫のブースターが必要であることが考えられました。

この研究成果は2022年4月5日に科学雑誌「PLOS ONE」に掲載されました。

ポイント

  • 必威体育感染症 (COVID-19※4) を引き起こす必威体育 (SARS-CoV-2) は感染性が高く、世界中に広がっています。
  • 我が国での第五波と呼ばれるこれまでで最大の感染拡大は、ワクチン接種が進んだ時期と重なっており、その前後での状況変化を明らかにするためには正確な感染率とワクチン接種率の把握が重要であると考えられます。
  • 2021年11月22日から12月8日に兵庫県健康財団において健康診断を行った計1,000人の血清中に含まれる必威体育に対する抗体を解析したところ、Sタンパク質に対する抗体陽性率は90.8%で、Nタンパク質に対する抗体陽性率は3.9%でした。
  • 必威体育に対する中和抗体陽性率は、デルタ株に対して78.7%であり、オミクロン株に対しては36.6%でした。
  • ワクチン接種の結果として、デルタ株に対して有効な免疫が形成されたことが第五波の沈静化の要因であると考えられます。
  • 一方でオミクロン株に対しての抵抗性は十分ではなく、オミクロン株による第六波が到来している現在、三回目のワクチン接種による免疫のブースターが必要であると考えられます。

研究の背景

必威体育 (SARS-CoV-2) が引き起こす必威体育感染症 (COVID-19) の世界的流行は、発生から二年が経過した現在でも継続しています。ワクチン接種が世界的に進行している一方で、伝播力の上昇や宿主免疫への抵抗性が認められる変異株ウイルスの発生が断続的に起こっていることが長期化の要因であると考えられます。我が国ではデルタ株による感染の急拡大が2021年の7月頃から10月頃にかけて起こり、これまでで最大の、いわゆる第五波が引き起こされました。その後は一時的な小康状態であったものの、2022年1月現在ではオミクロン株の流行による第六波が到来しています。

図1. SARS-CoV-2の構成因子であるヌクレオカプシド (N) タンパク質とスパイク (S) タンパク質

必威体育感染者の体内では抗体が作られ、長期に渡って血液中などに保持されます。必威体育では、ウイルスを構成するタンパク質であるヌクレオカプシド (Nucleocapsid; N) とスパイク (Spike; S) が主要な抗原となって (図1)、それらに対する抗体が多数作られます。Sタンパク質に対する抗体の中にはウイルスの感染を阻止できるものが含まれることから、現行のワクチンは抗原としてSタンパク質を利用し、抗S抗体を作らせる仕組みになっています。血清疫学調査では、血液から分離した血清中の抗N抗体、抗S抗体を検出することで、対象者の感染歴やワクチン接種歴を調べます。

神戸大学の研究グループでは兵庫県の支援を受けて、これまでに2020年の10月と第五波の初期である2021年8月に大規模血清疫学調査を実施しています。今回は第三回目として、第五波が収束した2021年12月時点での血清疫学査調査を行い、第五波前後での感染率の変動と同時期に進められたワクチン接種の効果を調べました。

研究の内容

図2. 検体の背景

11月22日から12月8日にかけて、兵庫県健康財団 (神戸市兵庫区) において健康診断を行った1,000人から提供を受けた血清を解析し、必威体育に対する抗体量を測定しました。検体提供者の居住情報は把握していませんが、ほとんどは阪神間に居住していると考えられます。検体の情報は図2の通りです。また、提供者のワクチン接種歴やCOVID-19罹患歴は不明です。

電気化学発光免疫測定法 (Roche社) ※5 によって、必威体育Nタンパク質に対する抗体の有無を解析したところ、1,000人中39人が陽性でした (3.9%)。特に、20歳代 (10.6%) および70歳代 (5.0%) で高い陽性率が示されました (図3A)。

酵素結合免疫吸着法 (ELISA法) ※6 によって必威体育Sタンパク質に対する抗体の有無を解析したところ、90.8%が陽性でした (図3B)。Sタンパク質は、現在国内で用いられている必威体育に対するワクチンの抗原として用いられています。すなわち抗S抗体の陽性率は、ワクチンの接種率を反映していると考えられます。Sタンパク質に対する抗体を保持する割合は全体的に高く、最も低かった30歳代でも87.2%に上りました。

図3. 年齢群ごとの抗N抗体 (A) および抗S抗体 (B) の陽性率

ワクチン接種者に相当すると考えられる908人の血清について、抗S抗体の量を定量的に測定したところ、前回2021年8月に実施した第2回目の血清疫学調査に比べて、抗体の量を表す抗体価の中央値が小さくなっていることが明らかになりました (図4A)。年齢別の比較では、高齢者ほど抗S抗体量が少なくなる傾向が認められました (図4B)。

図4. (A) 2021年8月調査との抗S抗体量の違い (B) 年齢群ごとの抗S抗体量の違い

実際のSARS-CoV-2ウイルスを用いて、1,000血清の中和抗体※7 の陽性率を調べた結果、デルタ株に対する中和抗体陽性率は78.7%でした (図5A)。一方でオミクロン株に対する中和抗体陽性率は36.6%と低いことが示されました (図5A)。年齢ごとの比較では、デルタ株、オミクロン株のいずれに対しても高齢者で中和抗体陽性率が低いことが示されました (図5B)。

図5. (A) デルタ株およびオミクロン株に対する中和抗体陽性率 (B) 年齢群ごとの中和抗体陽性率の違い

今後の展開

病原体の感染に応答して体内で作られる抗体は、長期にわたって追跡可能であり、血清疫学調査は病原体の広がりを調べる有効な方法として用いられています。我々は2020年10月、2021年8月の血清疫学調査に引き続いて2021年の12月に兵庫県での血清疫学調査を実施し、この時点での感染率が3.9%であることを示しました。兵庫県健康財団で集められた血清の抗N抗体の解析に基づく感染率について比較すると、2020年10月には0.4%だった感染率が、2021年8月には2.1%にまで10か月で1.7%増加していましたが、それからわずか4か月の間にさらに1.8%増加したことになり、第五波での感染の急速な広がりを反映した結果と考えられます。本血清疫学調査で示された3.9%という感染率はPCRに基づいた感染率1.5%の2.6倍であり、不顕性感染者や検出されていない軽症者を反映していると考えられます。

兵庫県におけるワクチン接種は、特に2021年5月から2021年11月頃にかけて急速に進められ、2021年12月には二回の接種を終了した割合が73%に達していると公表されています。本血清疫学調査ではそれよりも高く90.8%の抗S抗体陽性率が示されましたが、これは本調査が主に20歳から80歳までを対象に行った調査であり、比較的接種率が低いことが知られている20歳以下を含まないためであると考えられます。デルタ株の中和抗体陽性率は78.7%と高い数字となり、このことから第五波の沈静化にはワクチン接種の効果が大きく寄与したものと考えられます。

2022年1月現在、オミクロン株ウイルスの流入によると考えられる急激な感染拡大が起こっており、第六波が到来しています。今回の調査ではオミクロン株の中和抗体陽性率は36.6%と低く、オミクロン株に対してはこれまでのワクチン接種によって得た抗体では防御が十分ではない可能性が示されました。

今後も血清疫学調査を実施することで、オミクロン株の流行による感染状況の変動、そして三回目のワクチン接種によるウイルスに対する抵抗性の把握を行い、引き続きCOVID-19の終息に向けてその動向を注視することが必要であると考えられます。

用語解説

※1 抗体
病原体に対抗して体内で作られるタンパク質で、いわゆる“免疫”として、感染症から免れるために貢献します。一般的に、病原体に感染後しばらく経ってから作られ、ある程度の期間持続すると考えられています。このため、抗体があれば、かつてその病原体に感染したことがあることを示唆します。また、ワクチンによって人為的に抗体を誘導することで、新たなウイルスの感染や病態発現を抑制することが可能です。
※2 Nタンパク質
必威体育 (SARS-CoV-2) のウイルス粒子内部に存在し、感染細胞において大量に発現されます。必威体育に感染した患者は、Nタンパク質に対する抗体を保持していると考えられますが、mRNAワクチン接種ではNタンパク質に対する抗体は獲得しないと考えられます。
※3 Sタンパク質
必威体育 (SARS-CoV-2) のウイルス粒子に存在する突起を構成し、標的細胞への結合を担う。Sタンパク質に対する抗体は、ウイルスによる細胞侵入を阻害するため、mRNAワクチンは、Sタンパク質を体内で発現するように設計されています。
※4 COVID-19
いわゆる必威体育感染症。必威体育 (SARS-CoV-2) によって引き起こされ、一般的には飛沫感染や接触感染で感染すると考えられています。
※5 電気化学発光免疫測定法
特定の抗原に反応する抗体の量を電解反応による発光によって定量する方法。大規模な血清調査に用いられます。
※6 酵素結合免疫吸着法 (ELISA法)
特定の抗原に反応する抗体の有無を、抗原を吸着させたプレート上において酵素が分解する基質の量によって定量する方法。
※7 中和抗体
体内に侵入したウイルスを攻撃し、不活化する能力のある抗体。ウイルスを排除し、二度目の感染を防ぐための役割も担っていると考えられています。

謝辞

本研究は兵庫県からの支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル
Large-scale serosurveillance of COVID-19 in Japan: Acquisition of neutralizing antibodies for Delta but not for Omicron and equirement of booster vaccination to overcome the Omicron's outbreak
DOI
10.1371/journal.pone.0266270
著者
Zhenxiao Ren1, Mitsuhiro Nishimura1, Lidya Handayani Tjan1, Koichi Furukawa1, Yukiya Kurahashi1, Silvia Sutandhio1, Kaito Aoki1, Natsumi Hasegawa1, Jun Arii1, Kenichi Uto2, Keiji Matsui2, Itsuko Sato2, Jun Saegusa2, Nonoka Godai3,4, Kohei Takeshita4, Masaki Yamamoto3,4, Tatsuya Nagashima5, Yasuko Mori1*

1 神戸大学大学院医学研究科 附属感染症センター 臨床ウイルス学分野
2 神戸大学医学部附属病院 検査部
3 兵庫県立大学大学院生命理学研究科 生体高分子動的構造解析学分野
4 理化学研究所 (RIKEN)  放射光科学総合研究センター 利用システム開発研究部門?生物系ビームライン基盤グループ
5 兵庫県健康財団
掲載誌
PLOS ONE

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