長岡技術科学大学 小笠原渉教授、神戸大学 日高興士非常勤講師、神戸学院大学 津田裕子教授らの研究グループは、微生物スクリーニングに利用可能な新しい基質を開発し、微生物スクリーニングへの有用性を実証しました。微生物は食品や医療などに利用され、我々の生活には欠かせないものとなっています。しかしながら現在の微生物の利用可能な種類は、地球上の微生物全体の1%未満です。利用可能数の少ない要因に微生物を見つける操作 (スクリーニング) に時間?労力?コストがかかることが挙げられます。そのため微生物のスクリーニング効率の向上が求められています。本技術を微生物のスクリーニングへ応用することで、微生物?酵素関連産業の活性化に結びつくと考えられます (図1)。
なお、本研究成果は2022年2月9日にAnalytical Chemistry (American Chemical Society) に掲載されました。(オンラインによる公表は2021年12月28日に同誌にて行われています)
本論文はサポーティングジャーナルカバーに選出されています。
ポイント
- 油に微小な液滴 (ドロップレット) が分散したwater-in-oilエマルションで利用可能な基質を開発した
- この基質を使用して10万の微生物を高効率にスクリーニングすることに成功した
- 本技術は様々な微生物の探索に応用可能であるため、water-in-oilエマルションを用いた酵素活性検出技術や微生物スクリーニング技術の応用範囲を大幅に拡大する
研究背景
私たちは微生物を食品や医療、農業などに利用しており、微生物は生物資源の宝庫とされています。しかし、そんな我々の生活に欠かせない微生物の単離数(人類が現時点で利用可能な微生物の種類の数)は地球上の微生物全体の1%未満であることがわかってきています。なぜこんなにも単離された微生物数が少ないのでしょうか。その要因に微生物を見つける操作 (スクリーニング) に時間と労力、コストがかかることが挙げられます。つまり、微生物のスクリーニング効率の向上が求められています。近年注目されている技術が油に直径100 ?m (1 mm の1/10)の微小な液滴 (ドロップレット)が分散したwater-in-oilエマルション注1 を用いた微生物培養?スクリーニング方法です (図2)。この技術はマイクロ流体デバイスと組み合わさることで、100 (ドロップレット/秒) 以上の速度で半自動的にスクリーニングが可能になり、その微小なサイズからコストダウンも見込めます。しかしながら、微小液滴を油が覆う特殊な環境から、疎水性度の高い物質は液滴の外に漏れてしまい、使用できる活性検出試薬や指示薬の種類が限られていることが技術的課題になっています。
研究成果
我々はタンパク質分解酵素 (ペプチダーゼ、プロテアーゼ)注2 の基質の蛍光プローブ注3 として広く用いられている7-amino-4-methylcoumarin (AMC) に着目しました。AMCは高い疎水性度からドロップレットから油相に漏洩し、water-in-oilエマルションでは使用できませんでした。そこで、ドロップレットから漏れない蛍光プローブを探したところ、AMCの誘導体である7-aminocoumarin-4-acetic acid (ACA) を発見しました (図3)。ACAは7日以上、ドロップレット内部に保持され、water-in-oilエマルションで利用可能であることを証明しました。我々はACAにジペプチドが結合した蛍光基質を開発し、微生物由来ジペプチジルペプチダーゼ注4 活性の検出、評価することを可能にしました。さらにwater-in-oilエマルションとマイクロ流体デバイスと組み合わせ、環境中からジペプチジルペプチダーゼ活性にもとづき微生物の高効率スクリーニングを実施し、微生物の獲得に成功しました。ACAは様々な基質に応用可能であるため、本研究はwater-in-oilエマルションを用いた酵素活性検出技術や微生物探索技術の応用範囲を大幅に拡大することができます。
社会的意義と今後の展開
微生物は発酵産業のみならず、医療や排水処理など他分野に渡り、我々の生活に大きな恩恵をもたらしています。また微生物による物質生産は温和な反応であるため、産業に微生物を取り入れることで環境負荷を低減するなど、サスティナブルなバイオエコノミー社会への貢献が期待されます。その裏では地道な微生物の探索研究が行われています。本研究により実証されたACA基質、water-in-oilエマルションおよびマイクロ流体デバイスを組み合わせた微生物スクリーニング方法は、微生物探索研究の効率を飛躍的に向上させます。つまり本技術の活用により有用微生物の単離?利用が促進され、人々の生活の質を向上に繋がっていくと考えられます。我々も本技術を用いて有用微生物の単離に挑みます。
用語解説
- 注1 Water-in-oilエマルション
- 油中に微小液滴が分散した状態の溶液。分散している微小液滴一つ一つがwater-in-oilドロップレット (WODL) である。本文章では単にドロップレットと記載。
- 注2 タンパク質分解酵素
- タンパク質はアミノ酸とアミノ酸がつながった化学物質で、タンパク質の分解過程で作られる他、ホルモン、神経伝達物質、抗菌物質などさまざまな機能を持つ分子として生体内で重要な役割を果たしている。アミノ酸がつながるための結合をペプチド結合と呼び、ペプチド結合を加水分解する触媒機能を持つ酵素がタンパク質分解酵素である。そのほかに、ペプチダーゼやプロテアーゼとも呼ぶ。
- 注3 蛍光プローブ
- 本文における蛍光プローブとは、標的とする分子 (ペプチダーゼ) との化学反応によって、励起波長?蛍光波長?蛍光強度などの蛍光特性が変化する機能性分子のことである。
- 注4 ジペプチジルペプチダーゼ
- タンパク質分解酵素の一種で、ペプチドのアミノ末端からジペプチド (アミノ酸2個がつながった物質) を遊離する活性を有する。
研究資金
本研究は、国立研究開発法人新エネルギー?産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務の成果を一部活用しています。
論文情報
- タイトル
- “7-Aminocoumarin-4-acetic Acid as a Fluorescent Probe for Detecting Bacterial Dipeptidyl Peptidase Activities in Water-in-Oil Droplets and in Bulk”
- DOI
- 10.1021/acs.analchem.1c04108
- 著者
- Akihiro Nakamura,? Nobuyuki Honma,? Yuma Tanaka,? Yoshiyuki Suzuki,? Yosuke Shida,? Yuko Tsuda,§ Koushi Hidaka,?* and Wataru Ogasawara.??*
- ? Department of Science of Technology Innovation, Nagaoka University of Technology
- ? Department of Bioengineering, Nagaoka University of Technology
- § Faculty of Pharmaceutical Sciences, Cooperative Research Center of Life Sciences, Kobe Gakuin University
- ? Graduate School of Health Sciences, Kobe University
- * Corresponding author
- 掲載誌
- Analytical Chemistry (American Chemical Society)