岡山大学異分野基礎科学研究所の長尾遼特任講師、加藤公児特任准教授、沈建仁教授の研究グループは、神戸大学の秋本誠志准教授と理化学研究所環境資源科学研究センターの堂前直ユニットリーダーとの共同研究により、クライオ電子顕微鏡を用いた灰色藻の光化学系I(PSI)四量体の立体構造解析に成功しました。PSI四量体はPSI二量体が二つ結合して構成されていました。PSI単量体を構成する特定のサブユニットが他の光合成生物と異なる構造を形成した結果、PSI四量体が生じたと考えられます。光合成真核生物のPSIはすべて単量体であるため、光合成真核生物のPSI多量体構造の報告はこれが初めてになります。光合成原核生物のPSIは三量体や四量体を形成するため、灰色藻は光合成原核生物と真核生物の中間に位置する真核藻類であることが、PSIの立体構造からも示唆されました。
本研究成果は、日本時間3月30日(午後7時)(英国時間:30日午前10時)、英国の科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました。
ポイント
- 光合成真核藻類である灰色藻由来の光化学系I(PSI)の四量体構造をクライオ電子顕微鏡(注1)により決定しました。
- PSI単量体間の特殊な相互作用が四量体化の要因であることを明らかにしました。
- 藻類や陸上植物といった光合成真核生物のPSIは単量体であり、原核生物であるシアノバクテリアのPSIは三量体や四量体であることが知られているため、灰色藻が光合成原核生物と真核生物をつなぐ進化の中間地点に位置することを示唆しました。
本研究の概要および成果
現状
光合成とは、太陽の光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から炭水化物と酸素を合成する反応です。光化学系I(PSI)?光化学系II(PSII)と呼ばれる膜タンパク質複合体が光合成反応の中心であり、光エネルギーを有用な化学エネルギーへと変換する役割を担います。PSIの特徴の一つとして、立体構造の多量体化が挙げられます。光合成原核生物であるシアノバクテリアのPSIは三量体もしくは四量体で機能しています。一方、陸上植物や藻類のような光合成真核生物のPSIは単量体で機能することが知られています。このような背景の中、灰色藻と呼ばれる光合成真核生物で多量体化したPSIの可能性が報告されていました。灰色藻はシアネルと呼ばれる原始的な葉緑体を持つことから、原始的な光合成真核生物として考えられています。もし光合成生物がシアノバクテリア→灰色藻→藻類や陸上植物へと進化したのであれば、灰色藻のPSIは多量体構造をとるのでしょうか?それとも単量体構造でしょうか?灰色藻PSIの立体構造解析の報告は無く、未だ不明でした。
研究成果の内容
岡山大学の長尾特任講師、加藤特任准教授、沈教授の研究グループは、神戸大学の秋本准教授と理化学研究所環境資源科学研究センターの堂前ユニットリーダーらと共に、灰色藻Cyanophora paradoxa(以下、シアノフォラ)から光化学系Iを単離し、その立体構造をクライオ電子顕微鏡単粒子構造解析により明らかにしました。立体構造解析の結果、シアノフォラPSIは四量体を構成することが判明しました。シアノフォラPSIは、PSIの二量体が二つ結合し、四量体を形成していました。この四量体構造は、PsaLおよびPsaKとよばれるサブユニットが他の光合成生物と異なる構造に由来することを見出しました。シアノバクテリアのPSI四量体と比較すると、単量体間の結合様式が異なりました。また、時間分解蛍光分光法(注2)により励起エネルギー伝達(注3)について解析した結果、シアノフォラPSI四量体とシアノバクテリアPSI四量体とでは励起エネルギー伝達に明確な差異が現れました。
このように、本研究では真核光合成生物の中でより原始的な位置づけにあるシアノフォラのPSIの立体構造を明らかにしました。PSIの立体構造だけに着目すれば、シアノフォラは光合成原核生物であるシアノバクテリアと光合成真核生物の中間に位置づけられるのかもしれません。このように、本研究成果は光合成生物の進化を紐解くうえで重要な契機になったと考えられます。
社会的な意義
本研究成果は、エネルギー問題や環境問題の解決に向けた基盤研究となります。今回解明されたPSI構造はこれまでに報告されたPSIの立体構造と異なるため、太陽光エネルギーの成分を利用した電気エネルギーへの変換に必要な多様となる分子配置の設計に、新たな指針を提供することが期待されます。
研究資金
本研究は、日本学術振興会「基盤研究」(課題番号:JP20H03194、JP20K06528、JP20H02914)、日本学術振興会「萌芽研究」(課題番号:JP19K22396、JP21K19085)、日本学術振興会「特別研究員奨励費」(課題番号:JP18J10095)、日本学術振興会「新学術領域研究(研究領域提案型)」(課題番号:JP16H06553、JP17H06433、JP20H05087)、武田科学振興財団、TIA連携プログラム探索推進事業「かけはし」(課題番号:TK19-048)、日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業((BINDS)の支援を受け実施しました。
補足?用語説明
注1 クライオ電子顕微鏡
液体窒素温度でタンパク質粒子を観察する電子顕微鏡のことです。サンプルへの電子線ダメージを軽減するために液体窒素温度での測定を行います。多数のタンパク質粒子の形状を計測して平均化することで、当該タンパク質の立体構造を解析します。2017年にはノーベル化学賞を受賞した技術です。
注2 時間分解蛍光分光法
パルスレーザーを色素に照射した後、色素から発せられる蛍光の変化をフェムト秒(10-15秒)からピコ秒(10-12秒)の時間分解能で追跡する方法です。光エネルギーを吸収した直後の色素分子の挙動だけではなく、分子が置かれた環境に関するさまざまな物理化学的情報を解析するための非常に有用な分光法です。この手法により、集光性色素タンパク質の色素分子の役割を明らかにします。
注3 励起エネルギー伝達
クロロフィルやカロテノイドといった光合成色素分子が光のエネルギーを受け取り、もとのエネルギーの低い状態からエネルギーの高い状態に移った後、そのエネルギーを色素分子間で伝達することです。
論文情報
タイトル
“Structure of a tetrameric photosystem I from a glaucophyte alga Cyanophora paradoxa”
「灰色藻の光化学系I複合体の立体構造解析」DOI
10.1038/s41467-022-29303-7
著者
Koji Kato, Ryo Nagao, Yoshifumi Ueno, Makio Yokono, Takehiro Suzuki, Tian-Yi Jiang, Naoshi Dohmae, Fusamichi Akita, Seiji Akimoto, Naoyuki Miyazaki, and Jian-Ren Shen
掲載誌
Nature Communications