アラスカ沈み込み帯では、太平洋プレートの沈み込みに加えて、ヤクタットテレーンと呼ばれる海台も沈み込んでいます。スロー地震の一種である深部低周波微動はヤクタットテレーン領域のみで検出されていますが、その発生メカニズムの詳細はよくわかっていません。神戸大学 大学院理学研究科惑星学専攻 博士課程前期課程2年の岩本佳耶氏、神戸大学 都市安全研究センターの末永伸明学術研究員、吉岡祥一教授は、深部低周波微動の発生メカニズムを明らかにするため、アラスカ沈み込み帯を対象とした3次元熱対流数値シミュレーションを行いました。得られた3次元温度構造をもとにスラブに含まれる含水鉱物の相図を用いて、脱水分布を求め、深部低周波微動の発生域と比較しました。
その結果、深部低周波微動の発生域付近でスラブの海洋堆積層、及び海洋地殻からかなりの量の脱水が見られることがわかりました。深部低周波微動が太平洋プレートでは発生せず、ヤクタットテレーンでのみ発生するのは、ヤクタットテレーンは、海洋堆積層や海洋地殻が厚く、これらの層からの脱水の総量が多くなることに起因していると考えられます。
この成果は、4月14日、英国Nature Publishing Groupのオンライン科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。
ポイント
- 深部低周波微動の発生メカニズムを解明することは、プレートの沈み込みプロセスを理解する上で重要であり、海溝型巨大地震の発生メカニズムの解明にもつながると考えられます。
- 本研究では、アラスカ沈み込み帯を対象とした3次元温度構造モデルを構築し、沈み込むプレートの最大含水量および脱水量を計算しました。
- 沈み込むプレートの海洋堆積層、海洋地殻からの脱水量は、深部低周波微動の発生域付近で最大となり、プレートから放出された水が深部低周波微動の発生に寄与していると考えられます。
研究の背景
アラスカ沈み込み帯では、ヤクタットテレーンと呼ばれる海台が沈み込んでいます。沈み込んだヤクタットテレーンでは深部低周波微動が発生しています。深部低周波微動をはじめとするスロー地震の発生域は巨大地震の発生域と隣接しているため、両者の関連性が指摘されています。そのため、深部低周波微動の発生メカニズムを解明することは、沈み込み帯で発生する様々な地震イベントを理解する上で重要です。本研究では、アラスカ沈み込み帯での3次元温度構造モデルを構築し、深部低周波微動の発生域付近での温度や脱水量について調べました。
研究の内容
ヤクタットテレーンと太平洋プレートの沈み込みに伴う3次元熱対流数値シミュレーションを行い、アラスカ沈み込み帯における3次元温度構造モデルを構築しました。スラブ内の含水鉱物は、海洋プレートの沈み込みに伴い高温?高圧の深部へもたらされると、脱水分解反応によって水を放出すると考えられています。そこで、本数値シミュレーションで得られた3次元温度構造をもとにスラブ内の含水鉱物からの脱水量を求めました。その結果、深部低周波微動の発生域付近では脱水分解反応が起こる温度?圧力条件になっており、かなりの量の水が放出されることがわかりました。これらの層の薄い太平洋プレートでは脱水量も少なく、そのため深部低周波微動は発生せず、他方、太平洋プレートに比べて海洋堆積層や海洋地殻の厚いヤクタットテレーンでは脱水量が多いため、深部低周波微動が発生するものと考えられます。
今後の展開
アラスカ沈み込み帯では観測史上、世界で2番目にマグニチュードが大きい1964年アラスカ地震が発生しています。本研究で用いた深部低周波微動は、1964年アラスカ地震の震源域に隣接し、プレート境界面を深部側に延長した場所で発生しています。今後、様々な沈み込み帯において温度構造モデルの研究を進め、海溝型巨大地震やスロー地震の発生メカニズムの普遍性や地域性を探ることは、地震発生メカニズムの解明や今後の海溝型巨大地震の予測につながるものと期待されます。
用語解説
※1 深部低周波微動
通常の地震に比べて低周波の波が卓越する地震イベント。
※2 スロー地震
通常の地震に比べて遅い速度で断層が滑る現象。海溝型巨大地震の発生域の隣接地域で発生している。
※3 海台
海底に存在している比較的平らな台地状の地形。
※4 スラブ
沈み込んだ海洋プレートのこと。
※5 含水鉱物
OH基を結晶構造の中に含む鉱物。
※6 脱水分解反応
含水鉱物が、プレートの沈み込みに伴い、ある温度?圧力条件になると相転移を起こし、水を放出する反応のこと。
謝辞
本研究の実施の一部には、科研費 (16H06477, 21H05203) を使用しました。
論文情報
タイトル
DOI
10.1038/s41598-022-10113-2
著者
岩本佳耶1、末永伸明2、吉岡祥一2,1
- 1 神戸大学大学院理学研究科惑星学専攻
- 2 神戸大学都市安全研究センター
掲載誌
Scientific Reports (Nature Publishing Group)