国立研究開発法人海洋研究開発機構の田内萌絵氏 (海事科学研究科博士課程前期課程修了)、兵庫県西播磨県民局の中坪良平氏 (海事科学研究科博士課程後期課程修了)、海事科学研究科の山地一代准教授、内海域環境教育研究センターの林美鶴准教授、大阪市立環境科学研究センターの板野泰之主任研究員 (海事科学研究科附属国際海事研究センター客員教授) らの研究グループは、2020年1月1日より施行された世界の全海域を対象とする船舶排ガス規制の実施が瀬戸内海やその周辺地域の大気質改善に与えた効果を明らかにしました。

この研究成果は、6月7日に、「Case Studies on Transport Policy」に掲載されました。

ポイント

  • Global Sulfur Cap 2020による大気質改善効果を明らかにするために、瀬戸内海とその周辺地域の大気汚染物質の濃度変化を調べました。
  • 2020年、大気中SO2濃度が急激に減少しており、Global Sulfur Cap 2020の実施効果が確認できました。
  • NiとVの大気中濃度も大幅に減少し、V/Ni比が重油に対応する範囲よりも小さな値となりました。

研究の背景

大気中の硫黄酸化物 (SOx) や粒子状物質 (PM) による人の健康や生態系への悪影響を低減するために、MARPOL条約附属書IV(注1)が発行されて以降、船舶燃料中の硫黄分に係る規制が強化されています。一般海域では、航行する船舶の燃料油中硫黄分の上限値が、2011年までは4.5%、2020年までは3.5%と、段階的に規制強化されてきました。この間、各参加国が定めるSOxを対象とする排出規制海域 (Sulfur Emission Control Areas: SECAs(注2)) において、2015年1月1日以降、船舶の燃料油中硫黄分濃度の上限値を0.1%とする規制が施行されています。さらに、2020年1月1日以降、SECAs外の海域 (一般海域) にて航行する全ての船舶について、燃料油の硫黄分の上限が3.5%から0.5%に引き下げられました (Global Sulphur Cap 2020(注3))。本研究では、日本有数の輻輳海域である瀬戸内海およびその周辺地域において、Global Sulphur Cap 2020による大気質改善効果を長期的な観測結果に基づき明らかにしました。

研究の内容

本研究では、2020年1月1日に開始したGlobal Sulfur Cap 2020による大気質改善効果を明らかにするために、瀬戸内海とその周辺地域における大気中のSO2、NOx、PM2.5、および、PM2.5の化学成分の大気中濃度変動を調査しました。瀬戸内海海上の調査は、海事科学研究科附属練習船深江丸にて取得した測定データを利用しました。瀬戸内海周辺地域の調査には、環境省などによる長期モニタリングデータ (10測定局) と兵庫県にて取得しているフィルターサンプルを利用しました。フィルターにて取得したサンプルは化学成分分析によってPM2.5の化学成分を特定し、解析に用いました。

瀬戸内海に面する測定局では、2019年1-6月と比較して、2020年の同時期のSO2濃度が大幅に減少しました (図1)。これは、Global Sulfur Cap 2020によるSOx排出削減の効果であり、Global Sulfur Cap 2020が瀬戸内海周辺地域の大気質の改善に寄与していることが分かりました。

図1:瀬戸内海 (2018-2020年) およびその周辺地域 (2019-2020年) のSO2濃度の減少率およびNiとV濃度推移 (2018-2020年)
図2:2016-2020年、春と夏のV/Ni比率

他方、2020年4月以降は、SO2とNOx濃度に有意な減少傾向が表れており、COVID-19の流行にともなう国内の経済活動の低迷の影響を受けた可能性が考えられました。PM2.5については、中国をはじめとする周辺諸国での排出量規制やCOVID-19による排出量の減少の影響を受けて、2019-2020年は、それ以前の年と比較して、PM2.5濃度が継続的に減少していました。このため、今回の調査だけでは、Global Sulfur Cap 2020によるPM2.5濃度の低減効果を定量的に把握することは困難でした。

船舶起源排出物質の指標として用いられることの多い重金属成分 (V、Ni) の大気中濃度が、2019年から2020年にかけて、それぞれ大きく減少していました (図1)。加えて、2019年まで重油燃焼に対応する範囲 (2~2.5) 内にて推移していたV/Ni比が、2020年の春以降、0.6-1.1に減少しました (図2)。この結果は、Global Sulfur Cap 2020が大気中のSOx濃度の低減のみならず、大気中の重金属の濃度低減や組成比に影響を与えたことを意味しています。

瀬戸内海海上のSO2濃度は、2.0-5.4ppbv (2018年) から1.4-2.9ppbv (2020年) に減少しており、陸上測定局での減少量と同程度でした。この間、PM2.5中の硫酸塩濃度については、陸上と海上の化学分析データともに、明瞭な減少が確認できませんでした。瀬戸内海および周辺地域のPM2.5中の硫黄分については、遠方からの流入や船舶以外の発生源の影響に支配されている可能性が示唆されました。

今後の展開

地球温暖化や大気汚染の問題の解決のために、様々な人間活動に起因する温室効果ガスや大気汚染物質の排出抑制対策が地球規模で講じられています。本研究は、全海域を対象とする船舶排ガス抑制対策が生み出した大気質改善効果を、観測と化学分析に基づき定量評価しています。これらの結果は、さらなる大気質改善に有効な対策の考案に役立ちます。

用語解説

(注1) MARPOL条約附属書IV
MARPOL条約とは、国際海事機関 (International Maritime Organization:IMO) にて、1973年11月に採択された、船舶の航行や事故による海洋汚染を防止するための国際条約とその議定書。正式名称は、「1973年の船舶による汚染の防止のための国際条約に関する1978年の議定書」である。MARPOL条約は、条約本文、議定書、および、附属書により構成されており、附属書IVは船舶からの大気汚染防止のための規則が含まれている。
(注2) Sulfur Emission Control Areas: SECAs
硫黄酸化物を対象とした排出規制海域。SECAs では、2015年1月より硫黄分が0.1%以下に規制されている。2008年に採択されたMARPOL条約附属書IVの改定によって、航行船舶の窒素酸化物、硫黄酸化物、および、粒子状物質の放出にたいして、各国からの提案に基づき、定められた基準や手続きへの適合性をIMOで審議のうえ、一般海域よりも厳しい規制が課せられる大気汚染物質放出規制海域 (Emission Control Area:ECA) を指定することが可能となった。
(注3) Global Sulphur Cap 2020
2016年に開催したIMO第70回海洋環境保護委員会にて決定された一般海域における船舶燃料油硫黄分規制。一般海域における燃料油中の硫黄分の規制値を0.5%以下に強化する規則。

謝辞

本研究で用いた陸上測定データをご提供いただいた兵庫県環境研究センターに感謝いたします。練習船深江丸での大気観測においては、深江丸の乗組員の皆様に大変お世話になりました。

論文情報

タイトル
Evaluation of the effect of Global Sulfur Cap 2020 on a Japanese inland sea area
DOI
10.1016/j.cstp.2022.02.006
著者
Moe Tauchi, Kazuyo Yamaji, Ryohei Nakatsubo, Yoshie Oshita, Katsuhiro Kawamoto, Yasuyuki Itano, Mitsuru Hayashi, Takatoshi Hiraki, Yutaka Takaishi, Ayami Futamura
掲載誌
Case Studies on Transport Policy

研究者

SDGs

  • SDGs13
  • SDGs14