神戸大学大学院保健学研究科博士課程前期課程2年生の林風侑花(指導教官:重村克巳 准教授)と、保健学研究科の前重伯壮助教、工学研究科の大谷亨准教授らの研究グループは、超音波によって前立腺癌の増殖が抑制され、さらに超音波照射治療と免疫チェックポイント阻害薬※1と併用することで、免疫チェックポイント阻害薬の効果が増強されることを発見しました。
今後、詳細なメカニズムを解明するとともに、臨床現場での使用に向けたデバイスの開発を目指します。この研究成果は、2022年4月27日に、Journal of Clinical Medicine にオンライン上で掲載されました。
ポイント
- 現在の治療法の問題点を克服し、アンドロゲン依存性に関係なく治療効果を発揮する。
- 前立腺癌に対して効果の乏しかった免疫チェックポイント阻害薬の効果を増強することができる。
研究の背景
国内外を通じて前立腺癌は男性の罹患率が最も高い癌の一つであり、副作用が少ない、かつ効果の高い治療法が求められています。現在の治療法としては、ホルモン療法、化学療法、外科的手術などが挙げられます。しかし、ホルモン療法はアンドロゲン依存性前立腺癌には効果が見られますが、アンドロゲン非依存性前立腺癌には効果が乏しく、外科的手術では患者のQOLの低下が問題となっています。
また、現在多くのがん治療に適用されている免疫チェックポイント阻害薬ですが、男性で最も罹患数の多い癌の一つである前立腺癌に対しては全体の約3%というごく少数にしか適用されておらず、その治療効果も高いものではありません。この理由として、腫瘍内で癌細胞を攻撃するT細胞等の免疫細胞が極端に少ないということが考えられています。
そこで本研究グループでは、アンドロゲン依存性に関係なく治療効果を持つ超音波治療に着目し、超音波照射によるキャビテーション効果※2が細胞膜を損傷して、免疫チェックポイント阻害薬の効果を高める可能性について研究を行いました。
研究の内容
まず細胞レベルでの超音波照射治療の効果を検証するために、前立腺癌細胞であるTRAMP-C2細胞を培養し、細胞増殖実験、アポトーシス※3実験を行いました。超音波照射は繰り返し周波数が1 Hz、10 Hz、100 Hzの3種類の条件を設定しました。
細胞増殖実験では1 Hz、10 Hzの超音波照射において、前立腺癌細胞の増殖は有意に抑制されました (図1)。
また、超音波照射から4時間後、24時間後においてのアポトーシス細胞の割合を検出した結果、前期アポトーシス、後期アポトーシスともに有意に増加しました (図2)。これにより、超音波照射により細胞のアポトーシスが誘導され、増殖抑制効果を示したと考えられます。
これらの結果を踏まえ、前立腺癌細胞を移植したモデルマウスを用いた動物実験を行いました。マウスには超音波照射 (10 Hz、100 Hz) および免疫チェックポイント阻害薬の投与を行いました。その結果、超音波照射治療および、超音波照射 (100 Hz) と免疫チェックポイント阻害薬の併用治療において、有意に腫瘍の増殖が抑制されました (図3)。
さらに、動物実験終了後に取り出した腫瘍を用いて免疫染色を行い、腫瘍を解析しました。その結果、超音波照射治療を行った場合、アポトーシスが起こっていることを示すCaspase-3の発現量が有意に増加し、超音波照射と免疫チェックポイント阻害薬の併用治療では、H-E染色結果より壊死(ネクローシス)が有意に増加しました (図4)。
以上の結果より、超音波治療は前立腺癌に対し十分に効果のあるものであり、さらに免疫チェックポイント阻害薬単独治療より超音波照射と免疫チェックポイント阻害薬併用治療の方がより効果的な治療効果を得られると考えられます。
今後の展開
前立腺癌は男性において最も罹患数の多い癌です。現状の治療法では完治が難しい、もしくは術後のQOLの低下が懸念される症例に対して、それらの問題点を克服した治療法としてこの研究が新たな治療法の1つの候補となる可能性があります。
今後は、より詳細なメカニズムを解明するために、超音波照射による細胞の形態変化や、細胞膜の損傷について研究を進めます。また、臨床現場での前立腺癌治療への適用を目指し、工学研究科とのがん治療用超音波照射デバイスの開発を行います。
用語解説
- ※1 免疫チェックポイント阻害薬
- 免疫細胞が正常細胞を攻撃しないようにする働き (免疫チェックポイント機構) を癌細胞が悪用すると、癌細胞は免疫細胞の攻撃から逃れることができる。免疫チェックポイント阻害薬は、癌細胞の免疫チェックポイント機構を解除し、免疫細胞が癌細胞を攻撃できるようにする治療法である。
- ※2 キャビテーション効果
- 超音波照射により小さな泡が発生し、その泡が破裂すること。
- ※3 アポトーシス
- プログラムされた細胞死。細胞内外からの刺激で細胞死プログラムが作動することで起こる。本研究のアポトーシス実験では、生細胞において細胞膜の内側にしか存在しないホスファチジルセリンという物質が、細胞膜構造を保ったまま細胞膜外に露呈した段階を前期アポトーシス、細胞膜の構造が壊れた段階を後期アポトーシスとして検出している。
謝辞
本研究は、下記の助成を受けて実施したものです。
JSPS科研費:21H03852、21K20990
論文情報
- タイトル
- “Combined Treatment of Ultrasound and Immune Checkpoint Inhibitors for Prostate Cancer”
- DOI
- 10.3390/jcm11092448
- 著者
- Fuuka Hayashi, Katsumi Shigemura, Koki Maeda, Aya Hiraoka, Noriaki Maeshige, Tooru Ooya, Shian-Ying Sung, Yon-Ming Yang, Masato Fujisawa
- 掲載誌
- Journal of Clinical Medicine