神戸大学先端バイオ工学研究センターの西田敬二教授、科学技術イノベーション研究科大学院生の李昂 (Li Ang) 氏は、切らないゲノム編集といわれる塩基編集技術の改良により、高い編集効率を保ったまま最も正確性の高いシトシン塩基変換を実現することに成功しました。今後、より安全性と信頼性の高い遺伝子治療や農作物育種への応用が期待されます。
この研究成果は、8月8日 (英国 (夏時間)) に、Nature communicationsに掲載されました。
ポイント
- 切らないゲノム編集技術である塩基編集技術の安全性や使い勝手を大幅に高める改良に取り組んだ。
- 従来のオフターゲット問題を解決して世界最高精度の編集を実現した。
- 分子サイズも最小化して遺伝子治療法等への応用可能性も大きく向上させた。
研究の背景
ゲノム編集は、狙った遺伝子配列の改変を効率よく行い、かつ外来遺伝子の痕跡を残さず自然由来の突然変異と同等の編集を行うこともできることから、農水産物の改良から遺伝子治療などの医療応用まで幅広い応用可能性が期待されている。初期のゲノム編集 (CRISPR-Cas9を含む) はDNAの二重鎖切断を前提としており、それによる編集結果の不確実性や細胞毒性が課題となっていたが、2016年にDNAを切断せず直接書き換える塩基編集技術が登場した (Nishida et al Science, Komor et al Nature) ことで、より精密にDNA配列を一文字単位で変換できるようになり、かつ細胞毒性などの副作用も大幅に低減された。しかしながら、塩基編集においても予期せぬ変異を誘発するおそれ (オフターゲット) があることが指摘されており、より安全安心な利用のための技術改良が求められていた。また同時に遺伝子治療等の用途として、分子の大きさをより小さくすることも実用上の重要な課題となっていた。
研究の内容
著者らが2016年に発表したシトシン (C) を変換する塩基編集技術Target-AIDは、CRISPR-Cas9のDNA切断活性を失わせたものに、DNA塩基を脱アミノ化して変換する酵素PmCDA1を付加したものであるが、今回の研究では、その脱アミノ化反応を担う酵素部分の大幅な構造改変を検討した (図1)。
オリジナルの酵素には二本鎖DNAに結合する領域が触媒部位とは別に存在するため、この領域を取り除くことで、標的以外のDNAに傷を入れないようにできると考えた。しかし実際にそのような除去を行うとタンパク質としての全体的な構造バランスが崩れて不安定化してしまった。そこで構造を検討しながら、表面構造がスムーズになるように削り込み、なおかつ露出した疎水性のアミノ酸残基に変異を入れることで安定化させることができた (AID2Sバージョン)。さらに、Cas9との融合形態として、従来の末端での融合では無く、内部に埋め込むような形状にして外部とのアクセスを制限することで、更にオフターゲット効果が抑制できると期待した (AID3Sバージョン)。このようにして得られた2バージョンを実際のヒト培養細胞において試験をしたところ、従来技術およびそのの種々の改良型と比較しても、特にAID3Sは最も低いオフターゲットを示しつつ、標的編集効率は高いままであったことから、世界最高精度のシトシン塩基編集技術であることが実証された (図2)。また、さらに分子サイズを小さくすることにも同時に成功し、遺伝子治療に用いられるアデノ随伴ウイルス (AAV) ベクターへの搭載も可能であることも実証することができた。
今後の展開
DNA配列を一文字単位で精密に変換できる塩基編集技術の確立により、課題であったオフターゲットについても大幅に改善することができ、正確性と安全性が向上することで、より多くの疾患に対する遺伝子治療法が提供できるようになる。また農水産物などの育種においても、意図しない変異が生じる可能性が大幅に低減され、より安全安心な新品種の作出ができるようになって、気候変動に対応する作物や環境負荷の小さい作物、また健康効果の高い作物などが開発されると期待される。
用語解説
塩基編集技術
DNAの文字である塩基 (A/T/G/C) を狙って書き換える技術。
DNAの二重鎖切断
DNAは二本の鎖がらせん状に対合するが、その両方の鎖が同時に切断されると修復が容易でなく、またうまく修復できないと細胞は死んでしまう。
脱アミノ化
DNA塩基からアミノ基を取り外すことで別の塩基に変換する。
遺伝子治療
遺伝子を改変したり導入することによって、従来では難しい疾病の治療を行う。
オフターゲット
本来の標的とは異なる遺伝子領域に作用すること。
酵素複合体
触媒反応を担う酵素として、複数のタンパク質や核酸などと複合体を形成したもの。
細胞毒性
細胞の維持や正常な増殖が困難になるような毒性。
謝辞
本研究は以下の公的資金の支援を受けて行われました。
- NEDO「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発/ゲノム編集の国産技術基盤プラットフォームの確立」
- AMED 脳とこころの研究推進プログラム「神経変性疾患の新規遺伝子治療確立に向けた生体内塩基編集によるAPOE遺伝子型変換」(20dm0207001)
- AMED 難治性疾患実用化研究事業「筋萎縮性側索硬化症 (ALS) に対する遺伝子治療法の開発」(21ek0109448h0002)
- 日本学術振興会 科学研究費助成事業「標的DNAのあらゆる塩基を自在に直接変換できる人工酵素技術の創出」(17H04994)
論文情報
タイトル
“Cytosine base editing systems with minimized off-target effect and molecular size”
DOI
10.1038/s41467-022-32157-8
著者
Ang Li, Hitoshi Mitsunobu, Shin Yoshioka, Takahisa Suzuki, Akihiko Kondo and Keiji Nishida
掲載誌
Nature Communications