神戸大学大学院保健学研究科の博士課程前期課程2年生の谷本啓 (指導教官:重村克巳 准教授) らと神戸常盤大学保健科学部の大澤佳代教授、台北医学大学のFang Shiuh-Bin准教授らの研究グループは、日本の感染症患者より検出された、感染症治療に使用するβラクタム系抗菌薬※1の効果が乏しい基質拡張型βラクタマーゼ (ESBL)※2産生肺炎桿菌の解析において、従来よりも高い粘性をもつ肺炎桿菌 (過粘稠性※3株) では病原性に関わる遺伝子の保有率が高く、さらに薬剤が効果を示さないものが多いことを発見しました。今後、日本での過粘稠性株に対する適切かつ迅速な治療方法の確立など、臨床への応用が期待されます。
この研究成果は、8月20日に、Journal of Microbiology, Immunology and Infection (Impact Factor:10.273) にオンライン掲載されました。
ポイント
- 日本の過粘稠性肺炎桿菌は、従来の細菌株より病原性遺伝子保有率が高く、薬剤耐性を示すものが多かった。
- CTX-M-15型のESBL産生遺伝子を持つ細菌株が最も多く、FII型プラスミドがその遺伝子の拡散に関与する可能性が示唆された。
研究の背景
肺炎桿菌は尿路感染症や呼吸器感染症をひきおこす細菌です。その中でも、従来よりも高い粘性を示す肺炎桿菌 (過粘稠性株) は重症化や致命的疾患につながるリスクが高いことが報告されています。
以前は、過粘稠性株に対しては感染症患者に使用するほとんどの治療薬剤 (抗菌薬) が有効でした。しかし近年は、基質拡張型βラクタマーゼ (ESBL) という、薬剤を分解し無効化する酵素を産生する過粘稠性株などが確認されており、高い重症化リスクに加えて、これまで使用されていた薬剤が効かなくなってきており問題となっています。
さらに、ESBL産生に関わる遺伝子※4はプラスミド※5というDNAによって菌体から異なる菌体へ受け渡され広がり、次々と薬剤が効かなくなってしまうため、地域や年代ごとにその特徴や変化を監視する必要があります。しかし、日本では、過粘稠性株について十分な調査がされていません。そこで本研究では、日本の患者から検出されたESBL産生肺炎桿菌の、過粘稠性株と粘性の高くない従来の肺炎桿菌 (非過粘稠性株) を対象にして、それぞれへの薬剤の効果、薬剤の無効化 (薬剤耐性) や病原性に関わる遺伝子の保有率、それぞれの菌株が持つプラスミドの種類を比較調査しました。
研究の内容
2012年から2018年に日本の感染症患者から検出されたESBL産生肺炎桿菌291株のうち、過粘稠性株54株および非過粘稠性株53株の計107株を対象として、治療薬剤の効果、薬剤耐性や病原性に関わる遺伝子、およびプラスミド型を調べました。
対象とした過粘稠性株のほとんどが、病原性に関わる遺伝子を保有しており、非過粘稠性株と比較して保有率が高いことがわかりました (図1)。過粘稠性がより多くの高病原性因子を持っていると考えられます。また、肺炎桿菌の莢膜血清型※6は菌体の粘性に関与します。本研究の過粘稠性株では莢膜血清型がK2型 (40.2%) であるものが最も多く、過去の調査でもK2型の過粘稠性株が多く報告されていることから、K2型の肺炎桿菌が過粘稠性およびそれに伴う高病原性を示す可能性が高いことが考えられます。
また、対象株への薬剤の効果を判定したところ、βラクタム系抗菌薬である「セフェピム」(14.8% vs. 43.4%、p = 0.005) と、βラクタム系抗菌薬とESBLの作用を阻害する薬剤を組み合わせた「ピペラシリン?タゾバクタム」(70.4% vs. 92.5%、p = 0.001) の過粘稠性株に対する効果 (感性率) が非過粘稠性株より乏しいことが確認されました (図2)。これは、過粘稠性株が非過粘稠性株と比較して高頻度で薬剤耐性を獲得している (薬剤が効かなくなっている) ことを示唆しています。
さらに、薬剤耐性の要因となるESBLの産生に関わる遺伝子の保有状況を調査したところ、過粘稠性株、非過粘稠性株ともにCTX-M-15型と呼ばれるESBL産生遺伝子の保有率が最も高く (75.9%、60.4%) (図3)、同遺伝子保有株の主要なプラスミド型はFII型と呼ばれるものでした (52.1%)。他国の研究でもCTX-M-15型ESBL産生遺伝子を持つ肺炎桿菌が多く報告されており、本邦でも同遺伝子を持つ株が増加傾向にあります。
以上の結果より、過粘稠性株の高い病原性遺伝子保有率および高頻度の薬剤耐性が示されました。また、ESBL産生遺伝子型はCTX-M-15型が最も多く、FII型プラスミドがCTX-M-15遺伝子の拡散に関与している可能性が示唆されました。
今後の展開
過粘稠性を示す肺炎桿菌は重症化リスクが高いため迅速な治療が必要となります。また、治療薬剤が細菌に効かなくなる最も大きな要因は、薬剤の不適切な投与です。過粘稠性株の治療においては、薬剤耐性の状況を正確に把握し、「適切な」治療薬を「迅速に」選択することが最も重要です。
本研究の結果は、日本の過粘稠性肺炎桿菌は従来の非過粘稠性株よりも病原性遺伝子の保有率が高く、治療薬剤の効果が乏しいことを報告しており、日本の医療現場における過粘稠性株の適切かつ迅速な治療に大きく貢献することが期待されます。
また、今後さらに過粘稠性株の重症化機構や薬剤耐性機構を調査することで、新たな治療方法の確立などが期待できます。
用語解説
- ※1 βラクタム系抗菌薬
- 細菌感染症に対して使用される治療薬剤のひとつ。分子中にβラクタム環を持ち、細菌の細胞壁の合成を阻害することで殺菌的に働く抗菌薬。多くの種類の細菌に効果があるため、治療薬剤として選択されることが多い。有効な細菌の種類の多さに応じてペニシリン系、セファロスポリン系、カルバペネム系などとさらに細分化されている。
- ※2 基質拡張型βラクタマーゼ (ESBL)
- βラクタム系抗菌薬を分解し無効化する酵素。これを産生する細菌に対してはペニシリン系やセファロスポリン系抗菌薬の効果が乏しい。
- ※3 過粘稠性
- 濃く粘り気が強いこと。過粘稠性肺炎桿菌は従来の肺炎桿菌より粘り気が強いため、膿瘍などを形成し重症化しやすい。培地上の菌株を棒で釣り上げた際に5mm以上伸びる株 (下図) が過粘稠性株とされている。
- ※4 ESBL産生遺伝子
- ESBLの産生に関わる遺伝子。この遺伝子の遺伝子情報からESBL (酵素) が作られる。ESBL産生遺伝子には、TEM型、SHV型、CTX-M型など遺伝子情報が異なる遺伝子型が複数ある。
- ※5 プラスミド
- 細菌の細胞質にある環状DNA。ゲノムに支配されず独立して自己複製する。またプラスミドには、「接合」という伝達方法で細菌間を伝達するものがあり、遺伝子の運び手といえる。
- ※6 莢膜血清型
- 一部の細菌は細胞壁のさらに外側 (最外側) に莢膜という層を持つ。莢膜は細菌が分泌する多糖類などからなり、莢膜を構成する多糖類によって複数の莢膜血清型に分類される。莢膜は粘性を生み出し、宿主 (ヒト) の免疫機能から細菌本体を守り増殖を助ける役割を果たすため、細菌の「高病原性」につながる。細菌の莢膜血清型を調査することは高病原性への理解や高病原性細菌の治療に役立つ。
謝辞
本研究は、下記の助成を受けて実施したものです。
- JSPS科研費:19K09670、21K10423、22K09525
論文情報
- タイトル
- “Comparative genetic analysis of the antimicrobial susceptibilities and virulence of hypermucoviscous and non-hypermucoviscous ESBL-producing Klebsiella pneumoniae in Japan”
- DOI
- 10.1016/j.jmii.2022.08.010
- 著者
- Hiroshi Tanimoto, Katsumi Shigemura, Kayo Osawa, Mitsuki Kado, Reo Onishi, Shiuh-Bin Fang, Shian-Ying Sung, Takayuki Miyara, Masato Fujisawa
- 掲載誌
- Journal of Microbiology, Immunology and Infection