ポリマーや医薬品中間体など、様々な化学品がホスゲンを原料として生産されています。しかし、ホスゲンは極めて高い毒性を持ち、その使用には安全性のリスクが伴うため、それを代替できる新たな方法や化学物質の開発が社会から求められています。神戸大学大学院理学研究科の津田明彦准教授の研究グループは、産学官で連携して、クロロホルムを原料とする新たなフロー光オン?デマンド合成システムの開発に世界で初めて成功しました。このシステムを使って、高変換効率(96%以上)かつ短時間(露光1分以内)で、クロロホルムから、ホスゲンを原料とする化学品合成を達成できました。安全?安価?簡単に、かつ低環境負荷で、多種の化学品合成に利用でき、それらを大量に連続合成することができます。工業生産のモデルシステムとして将来の大型化が期待されます。
本研究成果は2021年2月に特許出願し、2022年1月に国際出願、2022年8月の特許公開を経て、2022年11月11日に、関連の学術論文がOrganic Process Research & Development (OPR&D) にweb掲載されました。
ポイント
- 汎用有機溶媒のクロロホルムと市販のアルコールから、高効率 (96%以上) かつ短時間 (露光1分以内) で、医薬品中間体およびポリマーの合成に成功。
- 従来のバッチ法ではできなかった「 連続生産 」が可能になった。
- 2時間で、~10gスケールの化学品合成を達成 (スケールアップ可)。
- 10種の機能性カーボネートと3種のポリカーボネートの合成例を報告。
- 現在主流のホスゲン製造法 (一酸化炭素と塩素ガス、および炭素触媒用いる高温発熱反応) と比較して、原料のクロロホルムは安全で保管しやすく、化学反応を光で制御できる。→ 安全性が高まる
- 副生成物は主として塩化水素 (塩基で中和) のみであり、システム内に汚れが発生しない。→内部洗浄の必要がなく、環境負荷を低減でき、コスト削減につながる。
- 有機溶媒を使用しない連続合成に成功。
- カーボンニュートラルおよび持続可能な社会に大きく貢献する化学反応システムとなることが期待される。
研究の背景
ホスゲン (COCl2) は、医薬品中間体やポリマーの原料として用いられています。世界のホスゲン市場は現在も年数%の規模で増加を続けており、年間800~900万トン生産されています。しかし、極めて高い毒性を持つため、安全性の理由から、それを代替することができる化合物や化学反応の研究開発が行われてきました。津田准教授らの研究グループは、汎用有機溶媒のクロロホルムに紫外光を照射すると、酸素と反応して、ホスゲンが高効率で生成することを世界で初めて発見しました (特許第5900920号)。そしてそれをさらに安全かつ簡単に用いるために、クロロホルムにホスゲンと反応させるための反応基質や触媒をあらかじめ溶解させておき、光でホスゲンを発生させると、即座にそれらが反応して生成物が得られる手法を発見しました (特許第6057449号)。この方法では、あたかもホスゲンを使用していないかのように、ホスゲンを用いる有機合成を実施することができます。研究グループはこれを「光オン?デマンド有機合成法」と命名し、これまでに数多くの有用な有機化学薬品やポリマーの合成に成功してきました(特許リスト:Patents of Tsuda Laboratory)。例えば、クロロホルムとアルコールの混合溶液 (必要に応じて塩基も混合) に紫外光を照射するだけで、安全?安価?簡単?大量にクロロギ酸エステルやカーボネートを合成することに成功しています (図2)。
このような神戸大発のオリジナリティーの高い化学反応を、国内化学系企業との産学連携で協力して発展させ、実用化に向けた研究を行ってきました。また、JST A-STEPによる支援を受け、この合成法のさらなる応用研究、ならびに機能性ポリウレタンの開発を行ってきました。光オン?デマンド有機合成法は、安全性が高く、経済性が高く、低環境負荷であり、持続可能な化学品合成法として現在、産業界およびアカデミアで大きく注目されています (Highlight of Tsuda Laboratory)。
研究の内容
本研究では、クロロホルムの光酸化反応に適したフロー光反応システムを新たに設計し、流路の形状や材質、および光源などを種々検討して、図1の装置 (図3:システム概要図) を作成しました。このシステムでの実験において、クロロホルムと酸素の光反応が、従来までの液体と気体の不均一な状態 (図2c) ではなく、両者が気体の状態で効率的に進むことを突き止めました。気化させたクロロホルムと酸素の混合ガスに紫外光を照射すると、ほぼ定量的にホスゲンへの変換反応 (96%以上) が生じ、さらに同じ系内でアルコール (必要に応じて塩基触媒を添加) と連続的に反応させることによって、クロロギ酸エステル、カーボネート、およびポリカーボネートを高収率かつグラムスケールで連続合成することに成功しました (図4)。系内で反応を完結させることによって、系外でのホスゲン非検出も達成できました。塩基触媒として、塩化水素と反応してイオン液体になるN-メチルイミダゾール (NMI) を用いたところ、溶媒を用いずにカーボネートを合成することができました。さらなるスケールアップが可能であり、アカデミアから化学産業まで幅広い分野での利用が期待されます。
[ メカニズム ] クロロホルムの光酸化反応は、紫外光によるC–Cl結合の開裂によって生成する塩素ラジカルが開始剤となって引き起こされるラジカル連鎖メカニズムで進行していると考えられます。塩素ラジカルの消費と再生が繰り返される酸化反応であるため、低電力の光源を用いているにも関わらず、極めて高いエネルギー効率で反応が進むことが確認されました。
今後の展開
光オン?デマンド有機合成法は、ホスゲンを原料とする様々な有機合成に新たなイノベーションをもたらすことが期待されています。この新たなフロー光反応システムを用いれば、従来の一酸化炭と塩素を用いて製造されるホスゲンの直接利用(一般の利用は危険)を回避でき、また、高価なホスゲン代替物質を用いることもなく、クロロホルムと酸素のみを原料として、閉じた系内でホスゲン化反応を行うことができます。安全かつ簡単に、小規模から大規模まで、様々な化学品合成に利用することが可能です。本システムをベーシックモデルとして、個々の化学反応に適した装置のカスタマイズを行い、また製造規模に応じたプロセス開発を行うことによって、工業生産における実用化が期待されます。また、大量生産を目的とする製造だけでなく、小中規模で多品種の生産を必要とする化学薬品製造メーカーにも、大きな恩恵が予想されます。既存設備の老朽化による新システムへの移行や、新規事業の立ち上げなどで、本システムが活用されることを期待しております。
謝辞
本研究は、科学技術振興機構(JST)研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)産学共同フェーズ シーズ育成タイプの研究課題「含フッ素カーボネートを鍵中間体とする安全な製造プロセスによる高機能?高付加価値ポリウレタン材料の開発」(研究代表:津田 明彦)による支援を受けて実施しました。
特許情報
発明の名称
ハロゲン化カルボニルの製造方法
特許出願
特願2021-21001 [出願日2021年2月12日]
国際特許出願
PCT/JP2022/2661 [出願日2022年1月25日]
公開
WO2022172744 A1 [公開日2022年8月18日]
発明者
津田明彦,他2
出願人
神戸大学,他2
論文情報
タイトル
“Flow Photo-on-Demand Phosgenation Reactions with Chloroform”
DOI
10.1021/acs.oprd.2c00322
著者
劉悦 (Yue Liu), 岡田稜海 (Itsuumi Okada), 津田明彦 (Akihiko Tsuda)*
* Corresponding author
神戸大学大学院理学研究科掲載誌
Organic Process Research & Development (OPR&D)