横浜国立大学大学院理工学府の癸生川陽子 准教授、浅野伸哉 大学院生 (当時)、小林憲正 名誉教授、神戸大学 谷篤史 准教授、東京工業大学 依田功 主任技術専門員らの研究グループは、アンモニアやホルムアルデヒドなど宇宙に豊富に存在する単純な物質を含む水溶液にガンマ線を照射し、加水分解後にアミノ酸が生成することを発見しました。本研究は、小惑星内部の氷が溶けて生じた水環境において、放射線によってアミノ酸の形成が促進されたことを示唆しています。これらのアミノ酸は隕石等によって原始地球にもたらされた可能性があります。
ポイント
- 隕石の母天体である小惑星内部の放射線がアミノ酸の形成に寄与した可能性を示した
- 小惑星内部の放射線による化学反応は宇宙における非生物的なアミノ酸形成の新たな経路である
研究成果
地球上での生命の誕生については、科学者の間でいまだに意見が分かれています。1つの仮説として、生命の原材料であるアミノ酸が隕石によって地球に運ばれてきたというものがあります。今回、私たちがACS Central Science誌に発表した論文では、初期の隕石母天体内で生じたガンマ線によって、アンモニアやホルムアルデヒドなど宇宙に豊富に存在する単純な物質からアミノ酸が生成された可能性を実験的に示しました。
地球が誕生したばかりの不毛な惑星であった頃、隕石は今よりもたくさん地表に降り注いでいました。アミノ酸などの有機物を含む炭素質コンドライトと呼ばれる隕石は、生命の誕生に貢献した可能性があります。しかし、隕石に含まれるアミノ酸の起源はあきらかではありませんでした。これまで我々の実験では、アンモニアとホルムアルデヒドのような単純な分子同士が熱水中で反応することによりアミノ酸などの分子が形成されることを示してきました。初期の隕石母天体に存在したことが知られているアルミニウム26などの放射性元素は、崩壊する際に高エネルギー放射線であるガンマ線を放出します。この放射線が、生体分子を作るのに直接関与した可能性があると考え、癸生川准教授と研究チームは、ガンマ線の照射実験を行いました。
我々の実験では、アンモニア、ホルムアルデヒド、メタノールの水溶液をガラス管に封入した後、コバルト60の崩壊で生じるガンマ線を照射しました。その結果、ガンマ線を照射した溶液では、アラニン、グリシン、α-アミノ酪酸、グルタミン酸などのα-アミノ酸や、β-アラニン、β-アミノ酪酸などのβ-アミノ酸が形成されることがわかりました。また、ガンマ線の総照射線量の増加とともに、アラニンやβ-アラニンの生成量が増加することがわかりました。これらの結果と、隕石中のアルミニウム26の崩壊から予想されるガンマ線量から、現在の隕石に含まれるアミノ酸の量に対して十分な量のアミノ酸がガンマ線によって形成されると推定できます。この研究は、隕石の母天体である小惑星の内部でガンマ線の作用によってアンモニアやホルムアルデヒドなどの単純な分子からアミノ酸が生成されることを示唆しています。このようにして形成されたアミノ酸が隕石によって地球にもたらされることにより、地球上の生命の起源に貢献した可能性があります。
今後の展開
今後は、アミノ酸だけでなく、糖や核酸塩基の形成に対するガンマ線の効果についても研究を行い、ガンマ線によって主要な生体分子の原材料となる物質を小惑星内部で形成することを目指したいと考えています。
謝辞
本研究成果は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP17H06458、JP17H06456、JP17H02991、JP19K21895、JP21K18648、JP21H00036)の支援を受けて得られたものです。コバルト60ガンマ線照射実験は東京工業大学 科学技術創成研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所および大阪大学産業科学研究所付属 量子ビーム科学研究施設で行われました。
論文情報
- タイトル
- “Gamma-ray-induced amino acid formation in aqueous small bodies in the early solar system”
- DOI
- 10.1021/acscentsci.2c00588
- 著者
- Yoko Kebukawa*, Shinya Asano, Atsushi Tani, Isao Yoda, and Kensei Kobayashi
- 掲載誌
- ACS Central Science