世界の死因の第一位は、他者からの感染によって引き起こされる病気ではなく、個人の身体状況や生活習慣によって発症する病気、いわゆる「非感染性疾患 (NCDs)」だ。糖尿病やがん、心臓病がその例といえる。生活習慣や医療体制の問題から、近年、途上国でも患者が激増している。NCDsの専門家で、日本や台湾、フィリピンなどアジアの国?地域を対象に比較研究を行っている保健学研究科の山口裕子准教授に、相互に学び合える点のほか、必威体育感染症の影響、医療現場での人工知能 (AI) 活用の可能性などについて聞いた。
非感染性疾患 (NCDs) は、世界の死亡原因の第一位ですが、日本、台湾、フィリピンの状況を比較することでどのような知見が得られるのでしょうか。
山口准教授:
私はアジア地域でのNCDsに興味を持っていますが、その理由は特にアジアで急速に広まっているからです。増加の要因の一つは生理学的なものです。アフリカ人、ヨーロッパ人、アメリカ人に比べ、アジア人はインスリン分泌能力が低く、身長と体重から算出される体格指数(BMI)も低いにもかかわらず糖尿病になりやすい特徴を持っています。また、NCDsは生活習慣や文化の影響を受けやすいという面もあります。ですから、アジア地域内での先進国と発展途上国との文化的な違いを知りたいと思っています。
神戸大学は台北医学大学と大学間協定 (MOU) を締結しており、台湾との連携は取りやすい状況にありました。しかしフィリピンに関しては、各保健センターとのつながりがあるだけで、研究者との関係がなかったため、自らフィリピンの研究者たちの論文を探してアプローチし、連携しました。
健康のカギは社会生活に
NCDsの予防にはコミュニティでの支援が重要だと強調されていますね。日本と他の国?地域の状況を比較調査して分かったことはありますか。
一般的に、NCDsの予防には個々人へのアプローチが重要です。つまり、医療従事者が患者に対し、可能な限り自己管理を行うよう指導することです。しかし、日本では、特に高齢者が社会的に孤立していて生活習慣病予防活動に参加しにくかったり、関連する情報が十分に得られなかったりして、それが困難になっています。私のこれまでの研究でも、社会的孤立とNCDs予防行動は関連があることを明らかにしています。
重要なのは、地域に根ざしたケアシステムを構築することです。日本では今、住まい、医療、介護、予防、生活支援を一体的に提供する「地域包括ケアシステム」を導入し、医療機関や施設でのケアから在宅ケアへの移行を促進しようとしています。人々ができるだけ長く住み慣れた地域で暮らせるよう、支えていこうとする取り組みです。しかし、高齢者は多くの場合、「つながりたい」という気持ちがあっても、その機会がなかったり、情報にアクセスできなかったりするのが現状です。こうした課題が研究を通じて見えてきました。
一方、フィリピンでは、地域社会での生活が充実しており、「コモンズ」と呼ばれる地域活動やスペースの共有を通じてコミュニティ内の強い関係を維持しています。フィリピンの人々の地域生活のあり方を学べば、日本でも効果的な地域包括ケアシステムを推進できると思います。
日本は「超高齢社会」で、アジアの他の国?地域も近い将来そうなります。例えば、人口構成が日本と似ている台湾でも高齢化が急速に進んでおり、日本の地域包括ケアシステムに学ぼうとしています。このように、NCDs予防に関する知見は他の地域にも応用できると思います。
研究の内容は、SDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」に関連するものですね。目標の中の具体的なターゲットでいうと、3.4(2030年までに、非感染性疾患による若年死亡率を、予防や治療を通じて3分の1減少させ、精神保健及び福祉を促進する)、3.8(ユニバーサル?ヘルス?カバレッジの達成)、3.c/d(開発途上国における保健従事者の育成/健康リスクの削減)などですが、今後の研究テーマの展開はどのようにお考えですか。
私は国連のワーキンググループのメンバーではありませんが、WHOのガイドラインに沿うようにしています。フィリピンなどの中所得国では、NCDsに罹患していても診断されていなかったり、適切な医療を受けられていなかったりする場合が多く、大きな問題となっています。そのため、WHOは特に予防を推奨しています。フィリピン政府はWHOの勧めに従い、ユニバーサル?ヘルス?カバレッジ(すべての人々が基礎的な保健医療サービスを、必要なときに、負担可能な費用で受けられる状態)を基に、NCDsのスクリーニング検査や診察を行う保健医療システム「PhiliPEN」を創設しました。しかし、資源が限られているため、予防の推進にはまだ多くの課題があります。特に、人的資源の不足は最大の課題の一つです。私の研究プロジェクトでは、NCDs予防におけるヘルスボランティアの役割に焦点を当てています。
私は以前、看護師としてがん病棟に勤務していました。ターミナルケアにかかわることにやりがいを感じる一方でターミナル期の医療や看護にジレンマを感じることもありました。そして、治療よりも公衆衛生、予防に関心を持つようになり、修士、博士課程で公衆衛生について研究しました。研究と実践を結びつけ、世界的な健康の課題、特にアジア諸国の現状に焦点を当てたいと考え、NCDsの問題を研究するようになりました。
必威体育感染症は、高齢者や基礎疾患を持つ人にとってより深刻な問題ですね。どのような影響がありましたか?
フィリピンでは、経済的な負担と人的資源の不足が大きな問題でした。フィリピン政府はNCDs予防プロジェクトで継続的に薬を無料提供し、国民は糖尿病や高血圧の薬を受け取ることができていましたが、パンデミックの間は政府も薬を十分に入手することができませんでした。また、以前から医療従事者が不足しているところにパンデミックが発生し、必威体育感染症の対策に人材を集中せざるを得なかったため、NCDs予防への対応は手薄になってしまいました。
日本や台湾のような先進国?地域ではNCDsをコントロールすることは可能でしたが、パンデミックの影響で高齢者の社会的孤立が大きな問題となりました。地域に根ざした予防に取り組むことが難しくなり、人々が予防のための地域活動に参加する機会を失ってしまったのです。
実際、日本でもフィリピンでも、パンデミックの間にNCDsに罹患する人が増加しました。フィリピンでは患者の病状が悪化し、日本ではハイリスクの患者の特定が遅れるという影響が出ました。
AIやロボットにできること、できないこと
AIやロボットはNCDsの予防に役立つと思いますか。
ユニバーサル?ヘルス?カバレッジには、利便性(医療施設等へのアクセス)、取得可能性(医療費の負担のしやすさ)、可用性(医療を受けられる環境)の3つの側面があります。こうした面で、AIやロボットを活用できる可能性はあるでしょう。
フィリピンでは、交通や費用の面で健康?医療サービスを利用できる人が限られてしまうという課題がありますが、こうした問題はオンラインの相談サービスなどで解決できる部分もあるでしょう。日本でも、都市部と地方の医療格差があり、特に高齢者はアクセス面での問題を抱えていますが、ロボットやAIの活用によって解決できる部分もあるのではないでしょうか。
ただし、課題もあります。ロボットやAIを使いこなせない高齢者も多いということです。こうした新しい技術は心理的に受け入れにくいという受容性の問題もあります。医療現場では、人と人とのつながりが重要ですが、機械では感情や心理的影響に十分対応できないという課題があるのです。手術にロボットを使ったり、診断にAIを使ったりすることは比較的容易だと思いますが、看護や介護の現場ではまだ導入が難しいのが現状だと思います。
神戸大学で研究しようと思った理由は?
国際性に惹かれました。私は他大学で学士号を取得したのですが、神戸大学は多くの国や大学と連携しており、交換プログラムも充実しているため、修士課程は神戸大学を選びました。研究や教育の面で海外の国とのつながりを持ちたいと思っていたからです。神戸大学の大学院に入学後、タイに留学することができました。さらに、ダイバーシティ?プログラムではジョンズ?ホプキンス大学(米国)に1年間留学する機会を得ました。主に統計分析を学びに行ったのですが、今でも連携しながら研究を続けています。
最近、神戸大学高等学術研究院のメンバーにもなりました。このプロジェクトの主な目的は、研究スキル向上の支援で、メンバーは教育よりも研究のほうに集中できます。自分の専門以外のさまざまなメンバーが集まっているので、多様なつながりを広げることができ、他分野の知見を深めることもできます。今年4月にこのプログラムに加わったばかりですが、今後の研究で、他分野の人々とのつながりを生かせる可能性を感じています。
山口裕子准教授 略歴
2012年 | 京都大学医学部人間健康科学科 卒業 |
2012-2014年 | 京都大学医学部附属病院 看護師 |
2014年 | チェンマイ大学看護学部 交換留学生 |
2016年 | 神戸大学大学院保健学研究科博士課程前期課程 修了 |
2016-2023年 | 神戸大学大学院保健学研究科 助教(老年看護学) |
2020年 | ジョンズ?ホプキンス大学医学部 客員研究員 |
2021年 | 神戸大学大学院保健学研究科博士課程後期課程 修了 |
2023年 | 神戸大学大学院保健学研究科 准教授(老年看護学) 神戸大学高等学術研究院 卓越准教授 |