神戸大学大学院理学研究科の末次健司教授 (兼 神戸大学高等学術研究院卓越教授) と橋脇大夢 (大学院生) は、アマミノクロウサギが、ヤクシマツチトリモチという光合成をやめた風変わりな植物の種子の運び屋として活躍していることを明らかにしました。これまで、ウサギは主に葉を食べると考えられてきたため、種子の運び屋としての役割にはほとんど注意が払われていませんでした。本研究は、ウサギの仲間が種子の運び屋となることを証明した、アジアで初めての研究となります。またアマミノクロウサギは、奄美群島を代表する象徴的な動物ですが、その希少性や夜行性の行動様式から、生態学的な情報は限られていました。本研究は、アマミノクロウサギの知られざる生態学的機能を明らかにするものです。
本研究成果は、1月23日付けの国際誌「Ecology」にオンライン掲載されました。
ポイント
- 奄美群島に生息する固有種であり、また絶滅危惧種であるアマミノクロウサギが、同じく絶滅が危惧されるヘンテコな植物「ヤクシマツチトリモチ」の種子の運び屋として活躍していることを明らかにした。
研究の詳しい内容
動くことができない植物は、通常、種子の段階で生息域を広げています。このため多くの植物の果実は、動物への報酬として、糖分や脂肪分などの栄養に富む果肉を発達させており、目立つ色やにおいにより動物を引き付けるという戦略をとっています。私たちが食べている「果物」もまさにこの例で、果物をタネごと食べた動物が、フンをして、タネをあちこちにばらまくことで、植物は分布を広げることができます。
光合成をやめて他の植物の根に寄生して生活するツチトリモチの仲間は、葉が退化しキノコのような見た目をしています。さらにこれらの多くは赤っぽい目立つ色をしており、「種子の運び屋」となる動物を引き付ける効果があると考えられます。しかしながらツチトリモチの仲間の果実は世界最小で、さらにフレッシュな果肉を持たないため、果実そのものは「種子の運び屋」となる動物に対する報酬として機能しておらず、どのような動物が、どのような目的で種子を運ぶのか、その実態はほとんどわかっていませんでした (図1)。そこで、ツチトリモチの仲間であるヤクシマツチトリモチ※1に着目したところ、多くの果序※2にアマミノクロウサギが食べたと思われる痕が残されていることを発見しました。アマミノクロウサギは世界で唯一の黒毛のウサギで、奄美大島と徳之島にのみ生息しており、絶滅危惧種に指定されています。アマミノクロウサギは、奄美群島を代表する象徴的な動物ですが、その希少性や夜行性の行動様式から、生態学的な情報は限られています。
そこで研究グループはアマミノクロウサギがヤクシマツチトリモチを食べ、その種子を糞と一緒に排泄することで「種子の運び屋」となっているという仮説を立て、これを検証することにしました。まず最初に、2021年1月16日から3月9日まで、ヤクシマツチトリモチにやってくる動物を赤外線カメラで観察しました。その結果、ヤクシマツチトリモチを食べにきたのは主にシロハラという小鳥とアマミノクロウサギの二種であることがわかりました。両者が果実を食べていた回数は同程度でしたが、アマミノクロウサギはシロハラと比べて同じ時間で食べる量がはるかに多く、場合によっては一度に一つの果序を丸々食べることもありました (図2)。このことからヤクシマツチトリモチは、主にアマミノクロウサギに食べられていることがわかりました。
しかし、ただ果実を食べているだけでは「種子の運び屋」である証明にはなりません。そこで次に、現地で採取されたアマミノクロウサギの糞塊を、顕微鏡下で観察しました。その結果、検討した全ての糞にヤクシマツチトリモチの種子が含まれており、TTC染色※3により、その一部は生きていることがわかりました。さらに、アマミノクロウサギの唯一の飼育施設である鹿児島市平川動物公園に協力を仰ぎ、アマミノクロウサギ4匹に対してヤクシマツチトリモチを食べさせる実験を行いました。アマミノクロウサギは、個体ごとに食べ物の好みが異なるほど好き嫌いがある動物ですが、全ての個体がヤクシマツチトリモチの果序を殆ど残さずに食べました。また同様に糞の中の種子をTTC染色後に観察したところ、やはり糞の中には生きた種子が大量に含まれていました (図3)。これらの知見を統合することで、確かにアマミノクロウサギが、ヤクシマツチトリモチの「種子の運び屋」であると証明できました。ヨーロッパアナウサギが、イネ科などの草原に生える植物の「種子の運び屋」となることは知られていましたが、本研究は、アジアに生息するウサギ類が「種子の運び屋」であることを示した初めての成果です。
なお果実と一緒に食べていたヤクシマツチトリモチの葉や茎は、アマミノクロウサギの糞の中から発見することはできず、体内で消化されていることが強く示唆されました。ウサギの仲間は主に植物の葉や茎を餌とするため、「種子の運び屋」としての役割に注意が払われてきませんでしたが、ヤクシマツチトリモチは果実ではなく、葉や茎などを報酬として差し出すことによって、アマミノクロウサギを「種子の運び屋」として採用できたと言えます。
本研究は、アマミノクロウサギの知られざる生態学的機能を明らかにした点で意義深いと言えるでしょう。また、実はヤクシマツチトリモチも絶滅が危惧されている生物種ですが、今回アマミノクロウサギに分布域の拡大を依存している可能性が示されたことで、両者には深い関わりがあるということがわかりました。つまり、ある絶滅危惧種 (今回の場合は、アマミノクロウサギ)を守ることが、別の絶滅危惧種 (ヤクシマツチトリモチ) を守ることに繋がるのです。有名なアマミノクロウサギであっても、まだまだ未知の生物同士の繋がりが隠されていました。こうした生き物同士の繋がりの理解を深めることは、奄美大島の原生林の重要性の再認識、ひいては環境保全に寄与すると期待されます。
動画
ヤクシマツチトリモチを摂食するアマミノクロウサギの動画を以下で公開しています。もりもりと食べている様子が分かります。
用語解説
※1:ヤクシマツチトリモチ
ツチトリモチの名は地下部を用いてとりもち(鳥を捕まえるのに使うゴム状の粘着性の物質)を作ったことに由来する。奄美大島に分布する「ヤクシマツチトリモチ」は、以前は奄美大島の最高峰で発見場所の湯湾岳(ゆわんだけ)の名を冠して、ユワンツチトリモチと呼ばれてきた。一方で、最近の研究では、ユワンツチトリモチをヤクシマツチトリモチに統合する見解も有力で、その見解に従う場合、ヤクシマツチトリモチが大隅半島、屋久島、種子島、奄美大島、台湾に広く分布することになる。但し、この広義の「ヤクシマツチトリモチ」のうち、屋久島?種子島以北の「ヤクシマツチトリモチ」はイスノキ属だけに寄生するのに対し、奄美大島以南の「ヤクシマツチトリモチ」はヒメツバキ属に特異的に寄生する。よって寄生植物は寄生相手を変えることで種分化することが多いことを考慮すると、ヤクシマツチトリモチは狭義のヤクシマツチトリモチと別の実体である可能性も高い。このため掲載論文では、使用した生態データが奄美大島で取得されたことを明確化するため、ユワンツチトリモチ (Balanophora yuwanensis) の名前を使用している。
※2:果序
果実が付いている茎全体のこと。ツチトリモチではキノコのように見える地上部全体が果序に相当し、一つの果序に数千~数万もの果実がついている。
※3:TTC
細胞呼吸や代謝活性を測定するために用いられる指示薬。別名、2,3,5-トリフェニルテトラゾリウムクロライド (2,3,5-Triphenyl tetrazolium chloride)。TTCはもともと白色であるが、細胞呼吸や代謝活性がある組織内では脱水素酵素によって還元され、不溶性で赤色の TPF (1,3,5-triphenylformazan、トリフェニルホルマザン) になる。今回の調査対象のヤクシマツチトリモチのような栽培が難しい植物において、種子の発芽能力の鑑定に用いられる。
論文情報
タイトル
DOI
10.1002/ecy.3972
著者
Kenji Suetsugu, Hiromu Hashiwaki
掲載誌
Ecology