福岡大学理学部地球圏科学科の渡邉英博助教、横張文男名誉教授を中心とする、西野浩史北海道大学電子科学研究所助教、松原亮介神戸大学大学院理学研究科准教授、尾﨑まみこ奈良女子大学協力研究員?神戸大学名誉教授からなる研究グループは、社会性昆虫であるクロオオアリが巣仲間識別に関わる化学物質をどのように触角で感じるのかを明らかにしました。
この研究成果は、2023年2月6日に科学雑誌『Frontiers in Cellular Neuroscience』誌のオンライン版に掲載されました。
特徴?PRポイント
- クロオオアリの巣仲間識別フェロモンである18種類の体表炭化水素がどのように受容されているかを世界で初めて明らかにした。
- クロオオアリの錐状感覚子に内在する個々の嗅感覚細胞のインパルス応答を特定し、それぞれの応答特性を明らかにした。
- クロオオアリが個々の感覚細胞の応答を統合する事で、体表炭化水素の化学的特性 (二重結合の位置やメチル基の有無など) を識別している可能性があることを明らかにした。
- 巣の違いにより、末梢の感覚細胞の体表炭化水素に対する応答パターンが異なることを明らかにし、クロオオアリの巣仲間識別において触角での体表炭化水素受容が重要であることを明らかにした。
研究の内容
私たちの身近な昆虫である、クロオオアリ (Camponotus japonicus) は同種のクロオオアリに出会うと、触角でお互いを探索した後、同じ巣のアリには融和的な行動を、違う巣のアリや別種のアリには攻撃的な行動を示します (図A)。このように、クロオオアリは巣仲間と非巣仲間を識別することによって、高度な社会を形成します。それでは、クロオオアリはなにを手掛かりに巣仲間、非巣仲間を識別するのでしょうか?クロオオアリの体の表面は18種類の難揮発性の化学物質である体表炭化水素に覆われており (図B)、この混合比が巣毎に異なります。クロオオアリは18種類の体表炭化水素の混合比のわずかな違いを触角で識別することで、巣の仲間かそうでないかを瞬時に判別するのです。この体表炭化水素はクロオオアリの触角上に存在する、錐状感覚子という感覚器に内在する嗅感覚細胞によって受容されることがわかっていました (図C-E)。しかし、個々の錐状感覚子には受容細胞である嗅感覚細胞が100個以上も内在しており、個々の嗅感覚細胞が18種の体表炭化水素をどのように受容するのかはわかっていませんでした。
昆虫の嗅感覚細胞は、特定の匂い物質を受容すると、神経興奮し、特有の振幅をもつ活動電位 (インパルス) を発生します。そこで研究グループは、クロオオアリの触角上の錐状感覚子に微小な電極を刺入する単一感覚子記録法を行うことによって、錐状感覚子に内在する個々の嗅感覚細胞のインパルス応答を記録することに成功しました (図F,G)。さらに、巣仲間識別に用いられる、18種類の体表炭化水素を有機合成したものを使って、錐状感覚子内の個々の嗅感覚細胞がどの体表炭化水素を受容できるのかを解析しました。つまり、個々の嗅感覚細胞が18種の体表炭化水素のうち、どれに強く応答し、どれに応答しないかを明らかにしました (図G)。
クロオオアリの錐状感覚子内では、内在する多数の嗅感覚細胞が感覚子内で電気シナプスからなる微細な神経回路を形成していることが明らかになっていますが、今回、嗅感覚細胞のインパルス応答を詳細に解析すると、嗅感覚細胞のインパルス応答が同期するという現象が観察できました。これは、異なる応答特性を持つ多数の嗅感覚細胞が微細な神経回路で相互に接続することにより、個々の嗅感覚細胞が多様な種類の体表炭化水素に興奮性の神経応答をしたことを示します。
研究グループは、多数の錐状感覚子から神経記録を行い、個々の嗅感覚細胞の応答の違いを解析しました。その結果、クロオオアリは個々の嗅感覚細胞のインパルス応答を中枢で統合することによって、体表炭化水素の化学構造の違いを識別できることが示唆されました。
さらに、同じ巣のクロオオアリの錐状感覚子や嗅感覚細胞は18種類の体表炭化水素に対して、似たような神経応答のパターンを示し、異なる巣からのクロオオアリは異なる応答パターンを示すことが明らかになりました。これらの結果は、クロオオアリは触角の嗅感覚細胞の神経応答により、巣仲間かそうでないかを素早く識別できる能力があることを示しています。
今回の研究で、世界で初めてクロオオアリの触角上に分布する錐状感覚子という微小な末梢感覚器、それ自体が複雑な処理を行っている高度なセンサーであり、その機能を解析することで18種類の体表炭化水素からなる複雑な巣の仲間の匂いを感じる仕組みの一端が明らかになりました。今回明らかにした18種類の体表炭化水素の識別機構、つまり巣仲間、非巣仲間の識別機構はアリにとって、社会を形成するうえで非常に重要です。本研究から化学コミュニケーションによって昆虫が高度な社会を形成する仕組みがわかってくるかもしれません。
実施主体
【福岡大学】行動実験、電気生理学実験の実施、論文の作成
理学部地球圏科学科
尾方祥史 (2017年3月 博士課程前期修了)
納冨野々花 (2018年3月 学士課程卒業)
立石康介 (2022年3月 博士課程後期修了)
渡邉英博 助教:実験指導、筆頭?責任著者
横張文男 福岡大学名誉教授:実験指導
【北海道大学】
電子科学研究所助教 西野浩史:形態学解析
【神戸大学】
大学院理学研究科准教授 松原亮介:体表炭化水素合成
【奈良女子大学】
奈良女子大学協力研究員?神戸大学名誉教授 尾﨑まみこ:実験指導
論文情報
タイトル
“Cuticular hydrocarbon reception by sensory neurons in basiconic sensilla of the Japanese carpenter ant”
(クロオオアリの錐状感覚子に内在する嗅感覚細胞による体表炭化水素受容)DOI
10.3389/fncel.2023.1084803
ISSN
1662-5102
著者
Hidehiro Watanabe1*, Shoji Ogata1, Nonoka Nodomi1, Kosuke Tateishi1, Hiroshi Nishino2, Ryosuke Matsubara3, Mamiko Ozaki4,5 and Fumio Yokohari1
1. 福岡大学理学部地球圏科学科
2. 北海道大学電子科学研究所
3. 神戸大学大学院理学研究科化学専攻
4. 神戸大学大学院理学研究科生物学専攻
5. 奈良女子大学共生科学研究センター掲載誌
Frontiers in Cellular Neuroscience Volume 17 - 2023