神戸大学大学院保健学研究科博士後期課程大学院生の久保一光氏、井澤和大准教授らの研究グループは、慢性腎臓病を保有した入院期高齢心不全患者を対象に、入院中の腎機能悪化 (WRF)※1 の重症度と退院時低身体機能の関連性を明らかにしました。これらの発見は、退院時低身体機能を予防するためには入院中のWRFの重症化を回避することの重要性を強調しています。
この研究成果は、6月18日に、European Geriatric Medicineに掲載されました。
ポイント
- 慢性腎臓病を保有した高齢心不全患者を対象に、入院中の腎機能悪化 (Worsening renal function : WRF) をWRFなし?軽症-中等症?重症の3群に分類し、退院時低身体機能との関連性について調査しました。
- 入院中の重症のWRFは退院時の低身体機能と関連していました。しかし、軽症から中等症のWRF?WRFなしには、その関連は示されませんでした。
- 慢性腎臓病を保有する高齢心不全患者の入院中のWRFの重症化を回避することは退院時の身体機能低下の予防につながる可能性があります。
研究の背景
日本は、世界でもかつて類を見ない超高齢社会に突入しています。そのため、高齢者の増加に伴い心不全患者が急増し、心不全パンデミックが懸念されています。高齢心不全患者は、合併症の保有が多く、その中でも慢性腎臓病を合併する割合(合併症数÷患者数)は70%に及ぶと言われています。特に慢性腎臓病を保有した高齢心不全患者は、入院時中にフレイルやサルコペニアなどの低身体機能が顕著に進行する傾向があります。したがって、これらの低身体機能の予測因子の早期の特定と対策の重要性が高まっています。
私たちは、先行研究において高齢心不全患者の入院中のWRFが退院時の日常生活動作(ADL)の低下の要因であることを明らかにしました。先行研究では重症WRFは軽症-中等症WRF?WRFなしに比べ、予後や有害転帰に影響を及ぼすと言われています。しかし、慢性腎臓病を保有した高齢心不全患者のWRFの重症度と退院時低身体機能との関連については明らかではありません。そこで、私たちは、WRFの重症度に着目し、退院時低身体機能との関連性について調査しました。
研究の内容
本研究の対象者は、2017年から2020年の間に急性心不全または慢性心不全急性増悪により入院し、心臓リハビリテーションを実施した連続患者573名のうち65歳未満、入院前歩行不能、入院中の死亡、データ欠損、非慢性腎臓病などの患者を除外した196名です。入院中のWRFの重症度は、血清クレアチニン※2の入院時からの入院中の最大値までの変化量によって、重症WRF(≧0.5mg/dL)、中等症から軽症WRF(≧0.2~<0.5mg/dL)、WRFなし(<0.2mg/dL)の3群に分類されました。私たちは、背景因子、臨床パラメータ、入院前歩行レベル、入院時と退院時のADL、身体機能について比較検討しました。また、入院中のWRFの重症度と低身体機能との関連を統計学的に調査しました。退院時身体機能はShort Physical Performance Battery (SPPB)※3が用いられました。
その結果、重症WRFの割合は、28.1%でした。3群間における入院前歩行レベルに差はありませんでした。しかし、重症WRFは退院時低身体機能や低ADLに陥ることが明らかとなりました。身体機能に影響する早期離床や栄養状態、入院前歩行レベルなどの要因の影響を取り除く統計解析を行っても、入院中の重症のWRFは退院時低身体機能の強い関連要因であることが明らかとなりました。しかし、中等症から軽症のWRFに関連性はありませんでした。
今後の展開
近年、心不全の急性期治療で使用される利尿剤※4の中で、腎保護効果のある新薬が開発されています。入院時の腎機能やWRFの重症度に応じて、これらの腎保護効果のある利尿剤※5の早期使用により入院中のWRFの重症化や慢性腎臓病の進行を予防できる可能性があります。また、慢性腎臓病を保有した高齢心不全患者の退院時低身体機能に関連する要因として、入院中の重症WRFに加えて、早期離床、栄養状態、入院前歩行レベルなどがありました。したがって、慢性腎臓病を保有する高齢心不全患者の退院時低身体機能を予防するためには、急性期治療過程におけるWRFの重症化の回避、早期離床や栄養状態の改善、在宅における介護保険下によるリハビリサービスの拡大なども重視すべき課題と思われます。今後は、急性期病院のみならず、回復期から維持期(生活期?在宅)に至るまで途切れることのない多職種によるチーム戦略の構築が不可欠です。
用語解説
- ※1 腎機能悪化:Worsening renal function (WRF)
- 急性心不全の治療過程における腎機能の悪化のこと。入院?加療中の血清クレアチニン値の上昇によって定義されます。
- ※2 血清クレアチニン
- クレアチニンとは血液中の老廃物のひとつであり、通常であれば腎臓でろ過されほとんどが尿中に排泄されます。しかし、腎機能が低下していると、尿中に排泄されずに血液中に蓄積されます。この血液中のクレアチニンを血清クレアチニンといいます。
- ※3 SPPB:Short Physical Performance Battery
- 立位バランス、歩行、そして立ち座り動作の3つの課題で構成されるパフォーマンステストのこと。身体機能の評価に用いられる。各種の達成度について0~4点で採点される。合計点(4点×3=12点満点)が指標となります。
- ※4 心不全の急性期治療で使用される利尿剤
- 心不全により心臓から全身に血液を送り出すポンプ機能が低下すると、腎臓に流れる血液も少なくなって尿の量が減り、体に水分が溜まります。利尿剤は、体に溜まった水分を外に出すことで心臓にかかる負担を減らします。その利尿剤の種類や投与量によってはWRFの重症化につながる可能性があると言われています。
- ※5 腎保護効果のある利尿剤
- 近年、トルバプタンリン酸エステルナトリウム(サムタス)、アルファヒト心房性ナトリウム利尿ペプチド(hANP)、SGLT2阻害剤などの腎保護効果のある利尿剤が開発され、急性期心不全治療での腎保護効果が期待されています。
謝辞
本研究は、JSPS科研費JP22K11392の支援を得て実施されました。
論文情報
- タイトル
- “Association between worsening renal function severity during hospitalization and low physical function at discharge: A retrospective cohort study of older patients with heart failure and chronic kidney disease from Japan”
- DOI
- 10.1007/s41999-023-00809-7
- 著者
- Ikko Kubo1,2,3, Kazuhiro P. Izawa2,3, Nozomu Kajisa1, Hiroaki Nakamura1, Kyo Kimura1, Asami Ogura2,3, Masashi Kanai2,3, Ayano Makihara2,3, Ryo Nishio4, Daisuke Matsumoto4
1 Department of Rehabilitation, Yodogawa Christian Hospital
2 Graduate School of Health Sciences, Kobe University
3 Cardiovascular stroke Renal Project (CRP)
4 Department of Cardiovascular Medicine, Yodogawa Christian Hospital - 掲載誌
- European Geriatric Medicine