ポリカーボネート(PC)は、高い透明度と耐衝撃性を持つエンジニアリングプラスチックとして、眼鏡レンズ、カメラレンズ、DVD、車のヘッドライトや、防弾ガラスなどに使用されています。その工業生産は主として、反応性の高いホスゲンとアルコールを、水と有機溶媒の界面で反応させる界面重合によって行われています。しかし、ホスゲンは極めて高い毒性を持つため、安全性の理由から、それを用いない合成方法が活発に研究されてきました。近年では分子量の比較的小さなPCであれば、ホスゲン代替物質(ジフェニルカーボネートなど)を使って合成されるようになりましたが、分子量の大きなハイグレードタイプの合成には依然、それよりも反応性の高いホスゲンが必要です。安全?安価?簡単?低環境負荷でカーボネート類の合成を可能にする新しい化学反応の開発を目指して、神戸大学大学院理学研究科の津田明彦准教授の研究グループは、同グループオリジナルの光オン?デマンド有機合成法による界面重合反応の開発に取り組んできました。水酸化ナトリウム水溶液、クロロホルム、およびアルコールの混合溶液(気相?水相?有機相の3相分離状態)に、酸素ガスを吹き込みながら紫外光を照射すると、界面で反応が起こり、目的とするカーボネートが高収率で得られることを発見しました。この新たな方法は、小規模多品種の幅広いラインナップのカーボネート合成に適しています。
カーボネートの光オン?デマンド界面合成法に関して、米国、シンガポール、日本、中国、ドイツ、他8カ国で特許を取得しました。そして、2023年7月18日に本研究成果に関する学術論文がACS Omega(アメリカ化学会誌)にweb掲載されました。
ポイント
- 汎用有機溶媒のクロロホルム、アルコール、および水酸化ナトリウム水溶液の混合溶液に、紫外光を照射するだけの操作で、安全?安価?簡単?低環境負荷で、カーボネート合成に成功。
- 水酸化ナトリウム水溶液は一般に、クロロホルムやホスゲンを分解してしまうため、反応を妨げることが予想されるが、その予想に反して反応を促進させた。
- 現在、カーボネート類の多くは、ホスゲンガスとアルコールの反応によって製造されている。本合成法では、必要な時、必要な量だけ、溶媒のクロロホルムから光で任意にホスゲンを発生させて合成に用いることができるため、ホスゲンを直接取り扱う必要がない。
- 4種の汎用カーボネート、3種のフッ素化カーボネート(ホスゲン代替化合物として使える)、3種の汎用ポリカーボネート、1種の特殊フッ素化ポリカーボネート、6種の尿素誘導体の合成に成功。
- ホスゲンを直接用いる従来法が大規模少品種生産に適しているのに対し、本合成法は、小規模多品種の生産に適している。
- CO2排出量、エネルギー消費、および廃棄物が少なく、カーボンニュートラルおよび持続可能な社会の実現に貢献する。
- JST A-STEP シーズ育成タイプ(2018–2021年実施)の支援による研究成果。
研究の背景
ホスゲン (COCl2) は、医薬品中間体やポリマーの原料として用いられています。世界のホスゲン市場は現在も年数%の規模で増加を続けており、年間800?900万トン生産されています。しかし、極めて高い毒性を持つため、安全性の理由から、それを代替することができる化合物や化学反応の研究開発が行われてきました。津田准教授らの研究グループは、汎用有機溶媒のクロロホルムに紫外光を照射すると、酸素と反応して、ホスゲンが高効率で生成することを世界で初めて発見しました (特許第5900920号)。そしてさらに、クロロホルムにホスゲンと反応させるための反応基質や触媒をあらかじめ溶解させておき、光でホスゲンを発生させると、即座にそれらが反応して生成物が得られる合成方法を発見しました (特許第6057449号)。この方法では、あたかもホスゲンを使用していないかのように、ホスゲンを用いる有機合成を実施することができます。研究グループはこれを「光オン?デマンド有機合成法」と命名し、これまでに数多くの有用な有機化学品やポリマーの合成に成功してきました。光オン?デマンド有機合成法は、ホスゲンを直接扱う従来法と比較して、安全性や経済性が高く、低環境負荷であり、次世代の新たな化学品合成法として現在、産業界およびアカデミアで大きく注目されています。ホスゲンを用いる化学反応は数多く知られており、工業生産でも数多く用いられています。同グループは現在、光オン?デマンド有機合成法が、それらの化学反応のほとんどに利用できることを見いだし、研究開発を続けており、論文?学会?メディアなどでの発表を活発に行っています。
研究の内容
本研究では、アルコール、クロロホルム(CHCl3)、および水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液を混合した不均一な溶液を使って、気相?水相?有機相の三相を横断する、新しい光オン?デマンド界面反応の開発に成功しました。この光化学反応を用いて、芳香族アルコールからカーボネート、芳香族ジオールからポリカーボネート(PC)を、安全に実用的なスケールで、高収率?簡単?安価?低環境負荷で合成することができました [図1, 反応(c)] [図2]。以前に当グループが開発した、有機塩基を用いる均一な溶液での反応 [図1, 反応(b)] のいくつかと比較して、合成コストを下げ、精製の手間を省き、生成物の着色を抑えるなどのメリットがあります。
クロロホルムからホスゲンへの光酸化反応は、試料溶液を酸素バブリング下で激しく撹拌して、気相と液相の両方に、低圧水銀ランプからのUV光を照射するとことによって起こすことができました。NaOH水溶液は一般に、クロロホルムやホスゲンを分解してしまうため、反応を妨げることが予想されますが、驚いたことに、その予想に反して反応が進行しました。溶液が水相と有機相の二相に分離しているため、分解が抑えられて、反応が進行したと考えられます。
アルコールは、水と競争して、有機相/水相および水相/気相の界面で、生成したホスゲンと同一系内(in situ)で反応して、カーボネートを生成したと考えられます。気相に拡散する揮発性の高いアルキルアルコールでは反応が進行しませんでしたが、電子求引および電子供与の置換基を有する一般的な芳香族アルコールおよびジオールから、カーボネートが高収率で得られました。
ポリカーボネートの工業生産の多くは、現在もホスゲンを直接扱う界面重合法で行われています [図1, 反応(a)]。本法は、危険なホスゲンを直接扱うことなく、クロロホルムとアルコールの光オン?デマンド界面重合反応によってポリカーボネートを合成できる革新的かつ実用的な化学反応です。
今後の展開
光オン?デマンド有機合成法は、ホスゲンを用いるカーボネート合成のほとんどに利用することが可能です。また、これまで毒性の高い試薬を用いなければならなかったために躊躇されてきた、特殊なカーボネートや機能性ポリカーボネートなどの合成を可能にします。これによって、様々な元素や機能性官能基を、カーボネート化合物へ自在に導入でき、医薬品やポリマー材料の分子レベルでの高性能?高機能化が達成され、より独創性および新規性の高い高付加価値製品の開発に結びつくことが期待されます。ホスゲンを直接用いる現行法は、大規模少品種の工業生産に適していますが、本法は小規模多品種の化学品生産に適しており、小中規模の化学薬品製造メーカーに大きな恩恵があると期待されます。当グループでは、神戸大学発ベンチャー企業を立ち上げ、オリジナル化学品の生産、受託合成、ライセンス事業の展開を予定しています。
謝辞
本研究は、科学技術振興機構 (JST) 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP) 産学共同フェーズ シーズ育成タイプの研究課題「含フッ素カーボネートを鍵中間体とする安全な製造プロセスによる高機能?高付加価値ポリウレタン材料の開発」 (研究代表:津田明彦) による支援を受けて実施しました。
特許情報
[1] 発明の名称:カーボネート誘導体の製造方法
国内出願
特願2017-097681 [出願日2017年5月16日]
国際出願
PCT/JP2018/017348 [出願日2018年4月27日]
公開
WO 2018/211952 A1 [公開日2018年11月22日]
特許登録
米国11130728, シンガポール11201909670Y, 日本7041925, 中国ZL201880032021.8, ロシア2771748, 欧州3626702 [ドイツ602018046202.3, 登録中: イタリア, フランス, イギリス, ベルギー, スペイン], 韓国10-2542131, サウジアラビア (登録中)
発明者
津田 明彦
出願人
神戸大学?他1
[2] 発明の名称:フッ素化カーボネート誘導体の製造方法
国内出願
特願2017-097682 [出願日2017年5月16日]
国際出願
PCT/JP2018/017349 [出願日2018年4月27日]
公開
WO 2018/211953 A1 [公開日2018年11月22日]
特許登録
米国11167259, 日本7054096
発明者
津田 明彦
出願人
神戸大学?他1
[3] 発明の名称:ポリカーボネートの製造方法
国内出願
特願2018-214976 [出願日2018年11月15日]
国際出願
PCT/JP2019/044686 [出願日2019年11月14日]
公開
WO 2020/100975 A1 [公開日2020年5月22日]
特許登録
中国 (登録中), ロシア (登録中)
発明者
津田 明彦
出願人
神戸大学?他1
論文情報
タイトル
DOI
10.1021/acsomega.3c04290
著者
津田明彦 (Akihiko Tsuda) 1*, 男澤直子 (Naoko Ozawa) 1, 村中稜 (Ryo Muranaka) 1, 桑原那弥 (Tomoya Kuwahara) 1, 松根絢子 (Ayako Matsune) 1, 梁凤英 (Fengying Liang) 1
1. 神戸大学大学院理学研究科
* Corresponding author掲載誌
ACS Omega (アメリカ化学会誌)