神戸大学大学院理学研究科の末次健司教授(兼 神戸大学高等学術研究院卓越教授)は、フユザキヤツシロランという光合成を行わないラン科植物が、キノコ食のショウジョウバエと特殊な共生関係を築いていることを明らかにしました。この植物は、キノコ食のショウジョウバエに花粉を運んでもらう見返りに、傷んだ花びらを幼虫の餌として提供していました。フユザキヤツシロランは、地下でキノコの菌糸を取り込んで栄養を得る菌従属栄養植物です。菌従属栄養植物は、自身が栄養とするキノコと似た成分を持つことが知られています。つまり、キノコを「食べる」ことが、フユザキヤツシロランがショウジョウバエと共生できた秘訣ひけつ である可能性があるのです。なおラン科植物は約25000種からなる世界で最も種数の多い科ですが、ラン科全体でも花粉の運び屋に繁殖場所を提供する送粉システムが発見されたのは世界でも初めてのことです。
この研究成果は、国際誌「Ecology」にて8月23日にオンライン掲載されました。
ポイント
- 光合成をやめた植物「フユザキヤツシロラン」は、キノコ食のショウジョウバエに対して受粉の見返りに繁殖場所(産卵場所と幼虫の餌)を提供している。
- フユザキヤツシロランはキノコを消化することで養分を得ており、この特性がキノコ食のショウジョウバエの幼虫が腐った花びらで成長できる要因となっている可能性がある。
- ラン科植物は約25000種からなる世界で最も種数の多い科でありながら、花粉の運び屋に繁殖場所を提供する送粉システムが発見されたのは、これが世界初である。
研究の背景
ほとんどの被子植物は、受粉の際、動物の助けを必要とします。したがって、多くの場合、植物は花粉や蜜を報酬として提供し、それを求めて訪れる動物に花粉を他の花へ運んでもらっています。また、一部の植物は花粉や蜜の代わりに幼虫の繁殖場所を報酬として提供することがあります。例えば、カンコノキという植物はハナホソガという「蛾?(ガ)」に花粉の運搬を託していますが、この蛾は花粉を運ぶ際に必ず花へ産卵し、ふ化したハナホソガの幼虫はカンコノキの種子だけを食べて成長します。
一方で何も報酬を提供せず、昆虫を騙だまして花粉を運ばせる植物も存在します。例えば、ラン科植物には、見た目が蜜のある花とそっくりで、蜜があると思って訪れた昆虫を欺いているものが多数存在します。さらに受粉のために欺く植物が擬態する対象は、他の植物の花だけに限定されません。キノコに寄生するラン科植物のクロヤツシロランは、腐ったキノコや果実のような匂いを放出することで、発酵物を産卵場所として利用するショウジョウバエに花粉を運ばせています※1。しかし、クロヤツシロランの花には幼虫の餌が存在しないため、ふ化した幼虫は死んでしまいます。一方で、産卵場所を実際に提供する植物が存在することを考慮に入れると、クロヤツシロランの近縁種の中にも、同様の戦略を持つ植物が存在する可能性があります。
研究の内容
このような背景のもと、末次健司教授は、クロヤツシロランの近縁種であるフユザキヤツシロランに注目しました。フユザキヤツシロランは学名 (Gastrodia foetida: foetidaは悪臭という意味) が示す通り、腐ったキノコのような匂いを放ちます。またその形態がクロヤツシロランと類似していることを考慮に入れると、キノコ食のショウジョウバエが花粉の運び屋である可能性があります。また、フユザキヤツシロランは他のヤツシロラン属の仲間と比べ多肉質な花びらをつけますが、その花びらは受粉後数日でドロドロになって地面に落下します (図1)。
そこで末次教授は、フユザキヤツシロランの腐った花びらがショウジョウバエ (花粉の運搬者) の報酬となっている可能性を探求し、2018年から2023年まで屋久島の低地照葉樹林で観察を行いました。その結果、キノコを繁殖場所として利用するフタオビショウジョウバエが、フユザキヤツシロランの主な花粉の運び屋であることがわかりました。さらに、フタオビショウジョウバエは花を訪れる際、多くの場合で花びらに卵を産み付ける行動も観察されました。産み付けられた卵からふ化した幼虫は、花びらが腐って地面に落ちた後も成長を続けました。そして産卵から約1週間でさなぎへ、さらにその後1週間で羽化するプロセスが確認されました。これらのことから、フユザキヤツシロランは、確かにキノコ食のショウジョウバエに対し、繁殖する場所を提供していることがわかりました。ラン科植物は約25000種からなる世界で最も種数の多い科ですが、その中でも花粉の運び屋に対し繁殖場所を提供する送粉システムが発見されたのは、これが世界初です (図2)。
特に注目すべきは、本来キノコを食べるフタオビショウジョウバエの幼虫がフユザキヤツシロランの花で成長できる点です。この原因はまだ完全には解明されていませんが、フユザキヤツシロランがキノコの菌糸を根に取り込んで消化し栄養を得る菌従属栄養植物であることが関連している可能性があります。事実、先行研究から、菌従属栄養植物は自身が栄養とするキノコと似た成分を持つことが明らかになっています。このことから考えると、フユザキヤツシロランは、キノコを「食べる」からこそ、キノコ食のショウジョウバエとの特殊な共生関係を確立できた可能性があります。
なおカンコノキやイチジク、ユッカなど、種子を食べる昆虫に繁殖場所を提供する植物では、ふ化した幼虫によって種子が食べ尽くされてしまうと、子孫を残すことができないというジレンマが存在します。一方で、受粉が完了し役割を終えた花びらが食べられても、植物に対する負の影響はほとんどありません。このため、フユザキヤツシロランのように腐って落下した花びらを提供するシステムは、比較的容易に進化できると考えられます。特にヤツシロランの仲間では、産卵場所に擬態することが主要な戦略である可能性が高いため※2、フユザキヤツシロランはもともと受粉を達成するために花粉の運び屋を欺く戦略を持つ植物から進化したと考えられます。他のヤツシロランの仲間の送粉様式も網羅的に調べることで、生物同士がどのような時に助けあい、どのような時に騙だましあうのか、理解を深めることができるかもしれません。
注釈
- ※1
- クロヤツシロランは、単に腐ったキノコに擬態しているだけではなく、腐ったキノコがそばにあると受粉率が高まることも明らかになっている。これらの生態学的特性についての詳細は、2018年3月23日付けの神戸大学のプレスリリース「地下でも地上でもキノコに依存!? ラン科植物「クロヤツシロラン」のしたたかな戦略」で確認できる。
- ※2
- クロヤツシロランのみならず、アフリカのレユニオン島に生息するヤツシロランの一種である Gastrodia similis も、産卵場所に擬態していることが明らかになっている。
研究支援
本研究は、科学技術振興機構 (JST) の戦略的創造研究推進事業さきがけ「植物分子の機能と制御」の研究課題「情報分子が拓く植物による菌根菌への寄生能力獲得と制御?(研究代表者:末次健司:JPMJPR21D6)」による助成を受けて行われました。
論文情報
- タイトル
- “A novel nursery pollination system between a mycoheterotrophic orchid and mushroom-feeding flies”
- DOI
- 10.1002/ecy.4152
- 著者
- Kenji Suetsugu
- 掲載誌
- Ecology