超新星爆発 (注1) は、銀河の星形成 (注2) や元素分布に影響を与える重要な現象です。しかし、この超新星爆発の計算をこれまでの銀河形成シミュレーション (注3) に組み込むと、計算コストが増大し、最先端の計算機を使用しても、銀河内での超新星爆発の影響を直接的に計算するのは困難でした。東京大学大学院理学系研究科天文学専攻の平島敬也大学院生、藤井通子准教授、物理学専攻の森脇可奈助教らによる研究グループは、従来のシミュレーションに替わり深層学習 (注4) を用いて超新星爆発の広がりを予測する手法を開発しました。今後、この深層学習による予測結果を銀河形成シミュレーションに組み込むことで、銀河形成シミュレーションの精度の向上と高速化が期待されます。
神戸大学からは、理学研究科の牧野淳一郎教授と斎藤貴之准教授が、本プロジェクトに参加し、研究方式の検討や、シミュレーションコードの開発などを通して本成果に貢献しています。
ポイント
- 動画生成技術を元にした深層学習モデルを応用して、3次元の超新星爆発シミュレーションの結果を高速に再現する新しいモデルを開発した。
- 大規模な銀河形成シミュレーションにおける超新星爆発の計算のボトルネックを解消するために、深層学習を活用した高速化手法を世界で初めて提案した。
- 本研究で開発した新しい深層学習モデルを導入することで、理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」で実装中の高解像度銀河形成シミュレーションのさらなる高速化が期待される。
研究の背景
重い星が一生を終える際、超新星爆発と呼ばれる壮大な爆発を起こします。この爆発が分子雲 (注5) の中で起きると、大量のエネルギーでガスを押しのけ、新しい星の形成を阻む一方で、一部のガスを加速させ乱流を駆動し、新しい星の形成を促進すると考えられています。また、この爆発は、私たちの生命に必要な元素 (炭素、酸素、鉄など) を宇宙に散布します。そのため、超新星爆発の影響を正確に理解することが銀河の形成?進化過程を解明する上で不可欠となっています。
一方で、銀河は多数の星、ガス、ダスト (塵)、およびダークマターなどで構成されており、重力や流体の動き、冷却、そして超新星爆発など多様なプロセスが銀河の進化を駆動します。これらの相互作用を単純な方程式だけを使って説明するのは困難であるため、数値シミュレーションにより研究が進められてきました。このようなシミュレーションでは、銀河全体の巨大なスケール (約10万光年) から、数光年単位の細かなスケールまでを対象に計算しています (図1)。しかしながら、天の川のような大きな銀河全体のシミュレーションにおいて、超新星爆発の詳細な影響を再現するのは、最先端のスーパーコンピュータ「富岳」(注6) を使っても、計算量や効率性の観点から非常に難しい課題となっています。
研究の内容
東京大学を中心とした研究チームは、動画生成技術を活用して、3次元の数値シミュレーションの結果を高速に再現する新しいモデル「3D-MIM」を開発しました。このモデルによって、銀河形成シミュレーションの中でも多くの計算資源を必要とする超新星爆発の部分を、高速に再現することに成功しました。特に、分子雲内で起こった超新星爆発に伴うシェル構造 (注7) が膨張し密度が変化する様子を、高速に再現します (図2)。3D-MIMの開発は、動画生成技術を基盤として、平島敬也大学院生を筆頭に独自に拡張が行われました。
この新しいモデルを使用すると、超新星爆発の影響を直接受ける可能性のある領域の大きさを事前に予測することができます (図2)。その結果、計算上の遅延を引き起こす可能性のある特定のエリアを事前に特定し、そこに特化し最適化されたアルゴリズムで計算を行うことで、計算効率を大幅に向上させることが期待されます。
この深層学習モデルは、大規模な分子雲内で超新星爆発を起こしたシミュレーションを大量に学習しています。このシミュレーションデータの作成は、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」 (注8) を用いました。モデルの学習には、東京大学のスーパーコンピュータ「Wisteria/BDEC-01 Aquarius」 (注9) のNVIDIA A100 GPUを用いました。モデルの推論の最適化は、理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」で行いました。富岳での推論高速化には株式会社モルフォから提供された「SoftNeuro?」を利用しました。
今後の展望
本研究で開発された新しい深層学習モデルは、今後、銀河形成シミュレーション?コード「ASURA-FDPS」に組み込まれる予定です。スーパーコンピュータ「富岳」上では、深層学習モデルの最適化作業も進めています。この新しいアプローチにより計算が効率化されると、天の川銀河のような比較的大きな銀河内のひとつひとつの星の動きまで非常に詳しく再現したシミュレーションが可能となります。
また、本プロジェクトの進展により、ITおよびAI産業と天文学研究の新たな相乗効果も期待されます。これまで、本プロジェクトは株式会社モルフォと連携し、深層学習の推論速度の向上を実現しました。さらに「富岳」を用いた実験では、本研究で開発した新技術によって計算の効率やエネルギー消費の面で大きな改善が見られました。この技術は、スマートフォン上のAIアプリケーションを高速化する際にも利用されています。今後もスーパーコンピュータ「富岳」や深層学習などの先進技術を天文学研究に応用していく中で、学術?産業の連携の強化と技術の発展が期待されます。
関連情報
- 「東京大学、東北大学、神戸大学が推進する、深層学習による超新星爆発シェルの膨張予測を用いた高解像度銀河形成シミュレーションの高速化プロジェクトに、モルフォの『SoftNeuro?』を提供 ~スーパーコンピュータ「富岳」における深層学習を用いた3Dシミュレーションを支援~」(2022/11/16) ?
- 「モルフォ、『SoftNeuro』の提供を通じ、東京大学、東北大学、神戸大学が推進するスーパーコンピュータ「富岳」上での深層学習を用いた3Dシミュレーションの推論の約19倍高速化を実現」(2023/1/24)
発表者?研究者等情報
東京大学大学院理学系研究科
天文学専攻
- 平島 敬也 (博士課程)
- 藤井 通子 (准教授)
物理学専攻
- 森脇 可奈 (助教)
東北大学大学院理学研究科天文学専攻
- 平居 悠 (日本学術振興会 特別研究員-CPD)
神戸大学大学院理学研究科惑星学専攻
- 斎藤 貴之 (准教授)
- 牧野 淳一郎 (教授)
用語解説
(注1) 超新星爆発
大質量の星が寿命の終わりに巨大な爆発を起こす現象。この爆発で宇宙に重元素が放出され、新しい星や惑星が形成される材料となる。これにより銀河の進化と多様性が支えられている。
(注2) 星形成
星間ガス (主に水素からなるガス) から星が作られる現象のこと。
(注3) 銀河形成シミュレーション
宇宙の初期条件から現在までの銀河の進化を数値的に再現するアプローチ。重力、ガス流動、星形成?超新星爆発、放射などの物理プロセスを考慮し、銀河の形成と進化のメカニズムを理解するために行われる。これを通じて、観測データと理論的な予測を照らし合わせ、天文学的な課題を探求する。
(注4) 深層学習
AIの一分野で、大量のデータを利用して多層のニューラルネットワークを学習させる技術。人間の脳の動きを模倣したモデルを使い、画像認識や言語処理などで高い性能を示す。
(注5) 分子雲
星間ガスの中の水素が分子状態で存在する低温の星間ガス雲のこと。
(注6) スーパーコンピュータ「富岳」
理化学研究所と富士通が共同で開発した世界最高峰の理論演算性能 1.07 エクサフロップス(1 秒間に倍精度浮動小数点計算を 100京回行う)でさまざまな科学技術計算に利用されている。
(注7) 超新星爆発のシェル構造
超新星爆発の際に生じる球殻状の高密度な星間ガス。超新星爆発のエネルギーにより、吹き飛ばされた恒星の外層は高速で非等方に膨張して、周囲の星間物質 (星間ガス) との間に衝撃波を形成し、高温?高密度のガスを生じさせる。
(注8) スーパーコンピュータ「アテルイ Ⅱ」
国立天文台が運用するシミュレーション天文学専用のスーパーコンピュータ (Cray XC50)。岩手県奥州市の国立天文台水沢キャンパスに設置され、理論演算性能3.087 ペタフロップス (1 秒間に浮動小数点計算を 3000 兆回行う) をほこる。
(注9) スーパーコンピュータ「Wisteria/BDEC-01 Aquarius」
東京大学が運用するデータ科学?機械学習用のスーパーコンピュータ。NVIDIA A100 GPUなどで構成され、理論演算性能7.2ペタフロップス (1 秒間に浮動小数点計算を 7200 兆回行う) をほこる。
研究助成
本研究は、科研費「基盤研究(B) (課題番号:22H01259)、若手研究 (課題番号:20K14532)、基盤研究(A) (課題番号:21H04499)、基盤研究(C) (課題番号:21K03614、23K03446)、特別研究員奨励費 (課題番号:22KJ0157、22J23077)」、文部科学省成果創出プログラム「シミュレーションとAIの融合で解明する宇宙の構造と進化 (課題番号:JPMXP1020230406)、宇宙の構造形成と進化から惑星表層環境変動までの統一的描像の構築 (課題番号:hp200124、JPMXP1020200109)」、東京大学卓越研究員制度の支援により実施されました。??
論文情報
タイトル
DOI
10.1093/mnras/stad2864
著者
Keiya Hirashima*, Kana Moriwaki, Michiko S. Fujii, Yutaka Hirai, Takayuki R. Saitoh, Junichiro Makino
掲載誌
Monthly Notices of the Royal Astronomical Society
掲載日
日本時間 10 月 23 日