神戸大学大学院保健学研究科博士課程前期課程の丈達優良、医学研究科の重村克巳教授、Metroderm/United Derm PartnersのJack Arbiser氏らの研究グループは、コウボク由来物質のホノキオール (HK) と抗うつ薬イミプラミンの新規類似物質のジベンゾリウム (DIB) が前立腺癌細胞の増殖や移動を抑制することを発見しました。今後は、HKとDIBの効果を多角的なメカニズムから解明し、新たな治療法としての可能性を探索することが期待されます。

この研究成果は、2023年6月26日に「Oncology」に掲載されました。

ポイント

  • HKとDIBは、前立腺癌の細胞増殖と移動を抑制し、転移のメカニズムの一つである上皮間葉転換 (EMT) を抑えた。
  • HKは、免疫系の活性化を介した抗腫瘍効果を示した。
  • 従来の治療法への耐性化などが問題となっている前立腺癌において、HKとDIBが新規治療薬になり得る可能性を示唆した。

研究の背景

前立腺癌は男性において世界で最も一般的な癌の一つであり、現在の治療薬に対する耐性化(注1)や副作用の観点から、新たな治療薬の開発が求められています。近年、免疫の力を介して癌細胞を攻撃する免疫療法が癌治療に多く利用されていますが、前立腺癌では未だ効果的な免疫療法は確立されていません。

癌転移の始まりには、上皮間葉転換 (Epithelial Mesenchymal transition;EMT) という現象が関与しています。これは、運動性をもたない上皮細胞が運動性をもつ間葉細胞の性質を獲得する現象であり、癌細胞が移動し、転移を引き起こすと考えられています。そして、マグノリア樹皮由来物質のホノキオール (HK) と、抗うつ薬イミプラミンの新規類似物質のジベンゾリウム (DIB) は乳癌や頭頚部癌などでEMTを抑制することが知られています。

そこで本研究では、前立腺癌の新規治療薬として、HKとDIBの細胞増殖およびEMT抑制効果を検討しました。

研究の内容

マウス由来の前立腺癌細胞に対してHKとDIBをそれぞれ投与し、72時間後の細胞増殖度を調べました (図1)。HKおよびDIBの投与濃度が高くなるにつれ、対照群と比べて有意に細胞の増殖が抑制されました。

図1. HKとDIBの各薬剤濃度における投与72時間後の細胞増殖度

次に、創傷した細胞集団の移動を観察し、24時間後の傷の治癒率を評価しました。HKおよびDIBを投与により癌細胞の移動が抑えられたことで、傷の治癒が有意に抑制されました (図2)。

図2. HKとDIB投与による傷の治癒抑制効果

そして、上記の細胞移動の抑制効果のメカニズムを探索するため、RT-PCRでEMTマーカーの遺伝子発現量を調べました。E-cadherinとは上皮細胞のマーカーであり、N-cadherinとは間葉細胞のマーカーです。HKおよびDIBを投与することで、E-cadherinの遺伝子発現量は有意に増加し、N-cadherinの遺伝子発現量は有意に減少しました (図3)。

図3. HKとDIB投与によるEMTマーカーの発現変化
図4.前立腺癌細胞を移植したマウスモデルに対する HKとDIB投与による腫瘍成長の抑制効果

これらの結果を踏まえ、前立腺癌細胞を移植したモデルマウス対し、HKおよびDIBで治療しました。HKおよびDIBを投与した両群において、腫瘍の成長が有意に抑制されました (図4)。

さらに、上記の腫瘍抑制効果のメカニズムを検討するため、モデルマウスから摘出した腫瘍組織で免疫染色を行いました。その結果、上皮マーカーであるE-cadherinの発現は、HKとDIBを投与した場合に有意に増加しました (図5)。また、生体内における免疫反応の変化を検討するため、免疫機能に関わるT細胞(注2)を検出するCD3の発現も調べました。CD3の発現は、HKを投与した場合にのみ、有意に増加していたため、HKの抗腫瘍効果は免疫系を介することが示唆されました (図5)。

図5. 前立腺癌マウスモデルの腫瘍におけるEMTマーカーと免疫系マーカーの発現変化

以上の結果から、HKおよびDIBは前立腺癌細胞の増殖や移動を抑制し、転移のメカニズムであるEMTを抑えることが示唆されました。

今後の展開

前立腺癌は、世界における患者数が多く、日本では男性において最も罹患率が高い癌です。しかし、現在の治療法に対する耐性化による生存率の低下が依然として問題となっています。本研究では、HKやDIBは前立腺癌細胞の増殖や浸潤を抑えることが示唆され、特にHKは免疫系を活性化させたことから、効果的な免疫療法が確立されていない前立腺癌にとって、新たな治療法となりうる可能性があります。

本研究では、共同研究者であるArbiser氏らと引き続き、HKおよびDIBが示した抗腫瘍効果の詳細なメカニズムを詳細に探索や、正常細胞に対する細胞毒性などの評価を行い、前立腺癌治療薬への応用を目指します。

用語解説

(注1) 治療薬に対する耐性化

治療薬を使い続けることにより、癌細胞が薬の作用を抑えられるようになり、治療効果がなくなること。前立腺癌においては、特に内分泌治療に対する耐性化が問題となっている。

(注2) T細胞

胸腺内で分化成熟するリンパ球の一つ。ウイルスや癌細胞などを攻撃するものと、他の免疫に関わる細胞の働きを助けるものに大別され、これらの役割を通じて体内の免疫反応に関与している。

謝辞

本研究は下記の助成を受け、実施しました。

JSPS科研費課題番号:22K16818

論文情報

タイトル

Intralesional Chemotherapy for Prostate Cancer: In vivo Proof of Principle

DOI

10.1159/000531494

著者

Yura Jotatsu, Katsumi Shigemura, Jack L. Arbiser, Michika Moriwaki, Yuto Hirata, Koki Maeda, Young-min Yang, Masato Fujisawa

掲載誌

Oncology

研究者

SDGs

  • SDGs3