国立研究開発法人 産業技術総合研究所 (以下「産総研」という) マルチマテリアル研究部門 今井 祐介 研究グループ長、冨永 雄一 主任研究員、触媒化学融合研究センター 吉田 勝 研究センター長、田中 真司 主任研究員、国立大学法人 神戸大学 (以下「神戸大学」という) 科学技術イノベーション研究科 田口 精一 特命教授、高 相昊 特命助教は、株式会社カネカと共同で、ポリ乳酸※1が抱えるもろさと生分解※2性の課題を、微生物により生合成される乳酸と3-ヒドロキシブタン酸の共重合体※3 (略称:LAHB) をブレンドすることで克服しました。
ポリ乳酸は、代表的なバイオ資源※4由来プラスチックですが、力学的にもろい、生分解性が限定的、などの課題があります。今回、LAHBをポリ乳酸にブレンドすることで、ポリ乳酸の伸びの大幅な改善に成功しました。また、LAHBのブレンドによりポリ乳酸の海水中での生分解が促進されることを見いだしました。
なお、この技術の詳細は、2024年3月19日に「International Journal of Biological Macromolecules」にオンライン掲載されました。
ポイント
- 微生物により生合成されるプラスチック材料をポリ乳酸にブレンドすることで、ポリ乳酸の海水中での生分解を促進
- ブレンドにより、ポリ乳酸の伸びも大幅に改善
- バイオ資源由来プラスチック材料の普及促進に貢献
開発の社会的背景
石油などの化石資源を原料として製造される合成プラスチックは、現代生活を支える材料として広く用いられており、日本で年間約1000万トン、世界では約4億トンが生産されています。その一方で、環境中に流出したプラスチックによる環境汚染が問題となっています。また、化石資源を原料とするため気候変動の原因となる二酸化炭素濃度増加の要因ともなっており、これらの課題に対応する新たなプラスチック材料※5が求められています。
生分解性を有するプラスチックは、時間とともに水と二酸化炭素にまで分解されるため、その利用の拡大は環境汚染の抑制につながります。化石資源の消費を減らすという観点では、大気中の二酸化炭素を固定化したバイオ由来資源を原料とするプラスチックへの代替が有効です。
このようなプラスチック材料として、ポリ乳酸があります。ポリ乳酸は、バイオ由来資源の乳酸発酵により得られる乳酸をモノマーとして化学重合により合成されるバイオプラスチック材料です。ポリ乳酸はポリプロピレンやポリエチレンテレフタレート (PET) と同程度の物性を示し、透明性、生体適合性などの特徴を有することから、石油由来プラスチックの代替材料として利用拡大が期待されています。しかし、ポリ乳酸には、伸びにくくもろい、限定的な環境下でしか十分な生分解性を示さないなどの問題があり、利用拡大の妨げとなっていました。
研究の経緯
産総研は、ポリマー材料をマトリックスとした複合材料開発、複合化プロセス技術開発および複合材料の構造評価に取り組んでいます。神戸大学の田口特命教授らの研究グループは、遺伝子組換え大腸菌※6により、乳酸 (LA) と3-ヒドロキシブタン酸 (HB) の共重合体 (LAHB) の生合成に世界で初めて成功しています (Taguchi et al., 2008)。カネカは、水素細菌を利用したバイオプラスチックの量産技術を世界で初めて確立しています。今回、産総研、神戸大学、カネカは、ポリ乳酸にLAHBをブレンドすることで、前述したポリ乳酸の課題の克服に取り組みました。
なお、本研究開発は、国立研究開発法人 新エネルギー?産業技術総合開発機構の委託事業「クリーンエネルギー分野における革新的技術の国際共同研究開発事業/革新的バイオプロセス技術開発/糖原料からの次世代ポリ乳酸の微生物生産技術開発」(2020~2023年度)(JPNP20005、研究代表:田口 精一) による支援を受けました。
研究の内容
今回の研究では、遺伝子組換え大腸菌により糖類から生合成されるLAHBを、ポリ乳酸の改質材として用いることを試みました。用いる遺伝子組換え大腸菌の種類や培養条件などを変えることで、モノマー比率 (LAとHBの割合) や分子量の異なるさまざまなLAHBを生合成できます。ポリ乳酸にさまざまなLAHBをブレンドしたフィルム試料を作製し、引張試験により力学特性を評価しました。単独のポリ乳酸は、数%の伸びで破断してしまいます。一方、LAモノマー分率が40モル%、重量平均分子量10万のLAHBを20重量%の割合でブレンドしたLAHB/ポリ乳酸複合材料 (ポリ乳酸/LAHBブレンド) は、伸びが200%を超えるまでに大きく改善しました (図1)。この変化は、材料の破壊に要するエネルギーの指標である靭性 (じんせい) 係数※7の値が15倍以上増加したことに対応しており、ポリ乳酸のもろさが大幅に改善されたことを示しています。また、作製したポリ乳酸/LAHBブレンドフィルムは高い透明性を有しています。これは、ポリ乳酸とLAHBがナノレベルで混合されていることを示しています。
ポリ乳酸は、工業用コンポスト※8中のような高温多湿条件下では、加水分解で低分子量化したのちに微生物による生分解を受けます。しかし、常温の土壌環境中や海洋環境などの温度の低い環境下では、生分解はほとんど進みません。一方、LAHBは、海洋中や土壌中を含め、さまざまな環境で完全に生分解されることが確認されています。そこで、前述したポリ乳酸/LAHBブレンドの海洋生分解特性を、BOD試験※9により評価しました。試験には兵庫県高砂港の海水を用いました。数十日間の誘導期ののち、いったん生分解が始まると、急激に分解が進みます (図2)。LAHBが、いわゆる「分解スイッチ」の役割を果たしています。生分解反応は、もともと海洋中で生分解することがわかっているLAHBのみが分解した場合の生分解度の理論値を大幅に上回って進んでいます。これは、LAHBとのブレンド化によって、ポリ乳酸の生分解も促進されていることを示しています。
このように、ポリ乳酸にLAHBをブレンドすることで、ポリ乳酸のもろさと生分解性の課題を同時に克服できました。
今後の予定
産総研と神戸大学は、国立研究開発法人 科学技術振興機構の委託事業「研究成果展開事業/研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP) 産学共同 (育成型)/微生物産生コポリマーLAHBのポリ乳酸多機能改質材料化」 (2023~2025年度) にて、本研究を継続し、LAHBの一次構造 (モノマーの比率や配列、分子量など) およびポリ乳酸とのブレンドの相構造と、ブレンドの力学?熱特性、生分解特性との相関関係を調べ、ポリ乳酸の課題を克服するのに最適なLAHBの構造を明らかにすることに取り組みます。これにより、ポリ乳酸/LAHBポリマーブレンドを、生分解性と優れた力学特性を兼ね備えたバイオ資源由来プラスチック材料として活用する基盤構築を図ります。
用語解説
※1 ポリ乳酸
乳酸がモノマーとなり、エステル結合により繰り返しつながってできるプラスチック材料。原料である乳酸が、植物由来の糖類の乳酸発酵によって製造されることから、バイオ資源由来プラスチックに分類される。
※2 生分解
天然に存在する微生物あるいは酵素によって分解され、最終的に二酸化炭素と水にまで完全に分解されること。
※3 共重合体
1種類のモノマーではなく、2種類以上のモノマーから構成されているポリマー材料。
※4 バイオ資源
生物から得られる資源。植物が光合成により大気中の二酸化炭素を固定化した多糖類 (セルロースやデンプンなど) が代表例。
※5 プラスチック材料
有機分子が繰り返し結合することで高分子量化した材料をポリマー材料といい、もとになっている有機分子をモノマーと呼ぶ。プラスチック材料とは、ポリマー材料のうち、熱をかけると柔らかくなる性質 (熱可塑性) を持つものをいう。ポリエチレン、ポリプロピレン、PETなどが代表例。
※6 遺伝子組換え大腸菌
遺伝子工学の手法で遺伝子を導入または変更した大腸菌。遺伝子の改変により新しい機能が付与され、医薬品やバイオ素材の生産などに広く利用されている。
※7 靭性係数
材料の壊れにくさを、材料が破壊するまでに吸収するエネルギーの大きさで評価する指標。図1に示している引張試験の応力-ひずみ曲線で囲まれる面積から見積もることができる。
※8 工業用コンポスト
生ごみなどの有機廃棄物を微生物により分解?堆肥化する施設をコンポストという。工業用コンポストでは、大量の廃棄物を効果的に処理するために温度?湿度などの条件を制御できる。ポリ乳酸は、温度60 ℃以上、湿度60%以上の高温多湿条件を実現可能な工業用コンポストでのみ分解できる。
※9 BOD試験
Biochemical Oxygen Demand (生化学的酸素要求量) 試験。有機物が微生物によって分解される際に消費される酸素の量を計測する。測定された酸素量 (BOD) と、検体が完全に分解されて無機物になるために必要な酸素量の比から、生分解度を算出することができる。
参考文献
S. Taguchi, M. Yamada, K. Matsumoto, K. Tajima, Y. Satoh, M. Munekata, K. Ohno, K. Kohda, T. Shimamura, H. Kambe, and S. Obata, “A microbial factory for lactate-based polyesters using a lactate-polymerizing enzyme”, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 105 (45), 17323-17327, 2008.
DOI:10.1073/pnas.0805653105
論文情報
タイトル
DOI
10.1016/j.ijbiomac.2024.130990
著者
今井祐介、冨永雄一、田中真司、吉田勝、古舘祥、佐藤俊輔、高相昊、田口精一
掲載誌
International Journal of Biological Macromolecules