神戸大学大学院海事研究科/水素?未来エネルギー技術研究センターの三島智和准教授と台湾?国立中興大学?頼慶明教授らの研究グループは、受動電子部品を最小化し、1MHz以上の高周波領域にて直流電圧を高昇圧する機能を備えた新しい高効率直流電源を開発しました。今後、燃料電池や振動発電(環境発電、エネジーハーベスタ)、医療用電源など高昇圧能力や低ノイズ性が求められる電源装置への応用が期待できます。

この研究成果は、3月22日に「IEEE Transactions on Power Electronics」に掲載されました。 

研究の背景

振動や温度差を利用した環境発電は、一般的に数ボルト?数十ボルトの比較的低い直流電圧で電力を生成することから、身の回りの電気電子機器利用するためには100V?300V程度まで昇圧することが必要です。燃料電池も同様であり、家電製品で利用するためにはインバータ(直流-交流変換装置)の入力電圧に整合するよう昇圧を要します(図1)。直流電圧の昇圧する手段としては、パワートランジスタを電子的に高速オン?オフする「スイッチング」と呼ばれる動作と、コイル(インダクタ)やコンデンサ(キャパシタ)など受動部品での“一時的なエネルギー蓄積作用”を利用した電力変換回路(パワーコンバータ)を用いることが主流です。ここで、パワー半導体素子から発熱を抑えて電力利用効率を高めるとともに、装置(筐体)自体をサイズダウンし、より身近に電力を利用するための(ユビキタス化)電源技術の確立が課題となります。これまでの高昇圧直流電源は、直流変換器を複数従属に繋げる「多段式」やインダクタ?キャパシタを組み合わせた「スイッチトインダクタ/キャパシタ方式」、および「多倍圧整流方式」が主流でした。このため、パワー半導体素子や受動部品の個数が多く、サイズダウンやメンテナンス性、信頼性および高効率性のさらなる向上には、パワー半導体の動作機構を含めた革新的回路技術の創出が待ち望まれていました。

図1. 高昇圧直流電源の応用と要求性能

研究の内容

上述の技術課題に対して、本共同研究グループは、パワー半導体デバイスのより高速なスイッチング動作(高周波化)、②高周波化とともに増すパワー半導体デバイスの電力損失と電磁ノイズの抑制(“ソフトスイッチング”の導入)、③搭載する受動部品の削減 などを効果的に実現する電力変換回路技術を新たに開発しました(図2)。その技術の核は次のとおりです。


1)1MHz(1秒間に100万回の電子的開閉動作)を超えた高速スイッチング動作の導入(100kHz帯域で留まっていた従来回路の限界を打破)

2)パワートランジスタに高速性?低損失性?耐熱性に優れた窒化ガリウム(GaN)?高電子移動度パワートランジスタ(GaN-HEMT)を採用

3)回路方式として2相電流形E級高周波インバータを採用、2つの入力DCインダクタには1つの磁性体で共有する“磁気結合インダクタ”技術を導入

3)MHz動作に適しかつ薄型化に有利な高周波プレナートランスの採用

4)高周波プレナートランスと組合せ高い直流昇圧能力を有する「CLC」多重共振タンクの導入

GaN-HEMTへのソフトスイッチング導入にあたり、従来では「スナバ」と呼ばれる補助部品を複数追加することで実現していました。これに対し、今回開発した回路構造では、CLC共振タンクと高周波プレナートランスの漏れインダクタンスによる共振作用を利用することにより、スナバなし(スナバレス)で1MHz以上のゼロ電流ソフトスイチング(ZCS)を達成できるようになりました。これにより、装置に使用するパワー半導体デバイスとフィルタ回路を含む受動部品数を最小限に抑えた、高周波絶縁形直流昇圧変換回路を確立しました。
 

(a)                                                                                         (b)

 
図2:MHz駆動スナバレス複合共振DC-DCコンバータ
(a) 回路構成と制御システム (b)試作器外観(120W)
 

 

図3.パワー半導体デバイスと高周波プレナートランス 

また、提案する電力変換装置の有用性を検証するため、定格出力120W /動作周波数1-2MHzの試作機(図2b)を構築し、実験による評価を行いました。高周波インバータQ1/Q2には100V系GaN-HEMT (GS61004B: 100V, 38A, 16mW,GaN Systems)(図3)を採用し、倍電圧整流回路には高耐圧?高速の炭化珪素ショットキバリアダイオードSiC-SBD (IDH06G65G: 650V, 6A, VF=1.25V,Infenion)を採用しました。また、高周波プレナートランスはMnZn系フェライト(PC200,ER-23/5/13, TDK)を使用し、小型プリント基板の積層化により低損失の導体構造を構築しました(図3)。

負荷電圧制御にはパワー半導体スイッチQ1/Q2を50%以上のオン時比率を確保しつつ、その動作周波数を調整する「パルス周波数変調(PFM)」を適用しました。負荷率に応じた実測動作波形の測定では、それぞれ1.1MHz, 1.5MHzといった高周波動作ながら、それぞれパワー半導体デバイスにおけるソフトスイッチング動作が実現されています(図4)。パワー半導体デバイスからの放射性ノイズについては、スナバ効果のない「ハードスイッチング」と比較してソフトスイッチング技術の導入により20%?80%の放射性ノイズ低減を達成しました(図5)。さらに、動作周波数に対する入出力電圧比を基本系回路と比較したところ、全領域においてより高昇圧を達成し、最大16倍の電圧比を実現しました(図6)。

 
図4. 負荷率に応じた実測動作波形     
 図5. 放射性ノイズ比較
 
図6. 昇圧比特性比較
図7. 実測効率特性

図8. 装置温度分布

さらに、実測電力変換効率は、負荷率86%(104W, 1.5MHz)にて91.3%を達成しています(図7)。これはMHz駆動かつ高昇圧比タイプとして前例のない電力変換効率です。装置の小型軽量性を指し示す重要な指数である電力密度(単位体積あたりに装置が処理できる電力)は39W/in3を記録しました。起動10分後における装置各部品の発熱状況をサーモグラフィーで計測した温度分布では、パワー半導体デバイスでの損失が抑制されていることが明らかとなりました(図8)。

 

今後の展開

電力?再エネ?輸送交通?情報通信?医療福祉など各分野において、高昇圧比直流電源装置の高効率化?低ノイズ化?高速動作は、カーボンニュートラル(CN)促進と電気エネルギーのユビキタス利活用の観点から極めて有用な技術課題です。現時点での開発は100Wクラスの小容量試作機ですが、今後、より大容量化(kWクラス)への電力容量拡大を狙い、電子回路基板などの改良を加えるとともに電力密度100W/in3の達成を目指します。また,再エネに由来する水素エネルギー(グリーン水素)の応用電源システムへも順次展開していきます。

論文情報

タイトル

MHz-Driven Snubberless Soft-Switching Current-Fed Multiresonant DC-DC Converter

DOI

10.1109/TPEL.2024.3380069

著者

Tomokazu Mishima (IEEE Senior Member, Kobe University)
Shiqiang Liu (IEEE Student Member, Kobe University)
Ryotaro Taguchi (Non-member, Kobe University)
Ching-Ming Lai (IEEE Senior Member, National Chung Hsing University, Taiwan)
 

掲載誌

IEEE Transactions on Power Electronics

研究者