神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科の田口 精一特命教授、高 相昊特命助教と国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下、産総研)と株式会社カネカ(以下、カネカ)の共同研究グループは、“強靭性” と “生分解性” を両立する次世代型ポリ乳酸の開発に成功しました。開発したプラスチック材料は、使用時は、“強靭” でありながら、使用後は、海水中でも速やかに “生分解” されるため、地球にやさしい実用的なバイオプラスチック製品の開発に繋げることが期待できます。
この研究成果は、4月10日午前9時(日本時間)に、国際誌「ACS Sustainable Chemistry & Engineering」に掲載されました(4月22日発行、第16号の表紙に選定)。
ポイント
- 水素細菌を徹底的に改造することで、次世代型ポリ乳酸 (LAHB) の大量生産に成功。
- 水素細菌の育種によって、“強靭性”と海水中ですみやかに分解する“生分解性”の両立が可能に。
- ポリ乳酸にLAHBを少量添加することで “成型加工性”と“耐衝撃性”の課題を克服するプラスチック素材の開発に成功。
- バイオプラスチックの普及拡大と世界的なプラスチック海洋汚染問題の解決に貢献。
研究の背景
石油系プラスチックは、衣類?食品容器?医療器材など、日常生活を豊かにしてくれる欠かせない材料です。一方、世界で年間4億トンも製造される巨大産業で、毎年約600万トンのプラスチックごみが海洋へ流出していると報告されています。気候変動対策としてのCO2削減、不適切な廃棄による海洋汚染問題が世界的な課題となる中で、これらの課題解決に応える“実用的な”生分解性プラスチック素材の開発が求められています。一般的に、プラスチックの生分解性と耐久性?強靭性は典型的なトレードオフの関係にあります。その中でも、ポリ乳酸は、木や草などの未利用な植物バイオマスを原料から作られるバイオプラスチックの代表格であり、石油由来の合成プラスチックの代替素材として注目されています。しかし、ポリ乳酸には、“硬い?成型しづらい”という実用面の課題と、海水中では “難分解” という環境面での課題を抱えており、利用拡大の妨げとなっていました。
これまで、神戸大学の田口精一特命教授らの研究グループでは、遺伝子組換え大腸菌により、乳酸(LA)と3-ヒドロキシブタン酸(HB)の共重合体(LAHB)の合成に世界で初めて成功しています (S. Taguchi et al., Proc. NatI. Acad. Sci. USA 2008) 。微生物によって生合成される天然ポリエステルの “3-ヒドロキシブタン酸” の基本骨格に、非天然の “乳酸”を組み込むことで実現した成果であり、天然の生分解性を持つポリヒドロキシブタン酸と実用物性を持つポリ乳酸の両方の長所を兼ね備えたハイブリッドな性質を示すため、まさに、LAHBは次世代型のポリ乳酸と言えます。さらに最近の驚くべき成果として、神戸大学と産総研の共同研究において、LAHBをポリ乳酸に添加剤として少量加えることで、ポリ乳酸の伸びの大幅な改善と、ポリ乳酸の海水中での生分解が促進されることを見いだしました。すなわち、LAHBがポリ乳酸の “強靭性” と “生分解” の弱点を解消する “モディファイアー (改質剤)” として機能するという、これまでのポリ乳酸が分解されないという常識を覆す革新的な研究成果でした。(Imai et al., Int. J. Biol. Macromol. 2024)
研究の内容
従来のアカデミック用途の “大腸菌” を用いたLAHB生産系では、「生産性が低い」ことが実用化に向けての大きなハードルとなっていました。今回、生分解性プラスチックGreenPlanet TMの商用生産に成功しているカネカとの共同研究を行い、産業実績のある “水素細菌” に注目し、代謝経路の最適化を行う合成生物学的アプローチによって、LAHBの大量生産技術を世界で初めて確立しました。代謝設計と高密度培養の結果、再生可能な糖原料から27 g/L (培養液あたり) でLAHBの大量生産に成功しました。この生産スコアは、過去のデータと比較して10倍以上の記録であり、世界最高値でした。さらに、想定外な成果として、水素細菌から生産されるLAHBは、分子量100万を超える “超高分子量” で強靭なプラスチックであることが明らかになりました (図1)。この値は、従来のLAHBの10倍以上の増大を示しており、成型加工プロセスで要求される “強靭性” を発揮する実用的なプラスチック素材である点が、従来技術と大きく異なります。
また、今回得られたLAHBは、強靭な特性を持ちながら、海水中に含まれる微生物によって、常温でも速やかに生分解されることも明らかになりました (図2)。ポリ乳酸は、工業用コンポスト中のような高温多湿条件下では、加水分解で低分子量化したのちに微生物によって生分解を受けますが、常温の土壌環境中や海洋環境などの温度の低い環境下では、生分解はほとんど進みません。一方、今回得られたLAHBは、強靭な特性を持ちながら、海水中に含まれる微生物によって、常温でも速やかに生分解される結果となりました。
さらに、その “超高分子量” という特徴を活かして、ポリマー複合材料開発を得意とする産総研との共同研究により、ポリ乳酸とのブレンドによる複合材料の開発に成功しました。その力学特性を調べたところ、超高分子量LAHBとのブレンドによって、ポリ乳酸の長所である優れた透明性を維持したまま、短所である成型加工時の垂れ性と破壊耐性が向上しました (図3)。さらに、このLAHBとポリ乳酸との複合材料においても、海水中で生分解されるという驚きの結果が神戸大、カネカ、産総研との最新の共同研究から分かってきました (Imai et al., Int. J. Biol. Macromol. 2024)。このことは、これまで常温?常圧の自然環境下では全く分解されないとされてきたポリ乳酸が、海水でも分解できるという革新的な成果でした。このように、ポリ乳酸とのブレンドによって、ポリ乳酸の抱える複数の課題を一挙に克服し、“物性” と “生分解性”という相反するニーズを両立した環境循環型のバイオプラスチック素材として期待できます。
(A) (B)
今後の展開
様々な環境に応じて、生分解性を制御し、かつ、本来の性能や機能を発揮できるような自律的プラスチック材料あるいは、ポリ乳酸の改質剤としての展開を図ります。その結果、将来的には、バイオ?サーキュラーエコノミー社会への貢献が期待されます。
その具体的な展開として、(1) 強靭性と生分解性が両立するメカニズム解明 (国立研究開発法人科学技術振興機構 研究成果展開事業/研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)産学共同育成型) 及び、(2) CO2原料を直接利用したLAHBの微生物合成 (国立研究開発法人新エネルギー?産業技術総合開発機構(NEDO)グリーンイノベーション基金事業/バイオものづくり) について実施します。
用語解説
ポリ乳酸:乳酸がモノマーとなり、エステル結合により繰り返しつながってできるプラスチック材料。原料である乳酸が、植物由来の糖類の乳酸発酵によって製造されることから、バイオ資源由来プラスチックに分類される。
プラスチック材料:有機分子が繰り返し結合することで高分子量化した材料をポリマー材料といい、もとになっている有機分子をモノマーと呼ぶ。プラスチック材料とは、ポリマー材料のうち、熱をかけると柔らかくなる性質(熱可塑性)を持つものをいう。ポリエチレン、ポリプロピレン、PETなどが代表例。
バイオプラスチック:バイオマスプラスチック (地球温暖化抑止に貢献) と生分解性プラスチック (海洋プラごみ解決に貢献) とを合わせた総称である。植物の糖や油脂などの再生可能資源を原料に、化学合成?微生物合成を経て、合成されるプラスチックの総称。
生分解性プラスチック:製品の使用後、自然界に存在する微生物の働きによって分子レベルで分解され、最終的に二酸化炭素と水に無機化され、自然界で炭素循環を可能とするプラスチックの総称。
水素細菌:普段は土の中に生息する微生物の一種。エサとなる植物油を取り込んで、細胞の中にプラスチックを合成する性質を元々持っている。カネカ社では水素細菌の特性を最大限に活用し、プラスチックの生産能力と材料特性を改良する研究開発によって、現在では年産2万トンの規模で海洋生分解性バイオプラスチック Green PlanetTMの上市に成功している。さらに、水素細菌はCO2の固定化速度が最も速い微生物の一種とされている。その特性を活かして、現在同社ではCO2 を原料にバイオプラスチックの直接合成する技術開発が進められている。
分子量:ポリマーの長さ、すなわちモノマーの繰り返しの結合数を表している。したがって、同一のプラスチックでは分子量が大きいほど分子の長さは長いことを表す。ただし、プラスチックは低分子量のポリマーから高分子量のポリマーまで分布しているため、平均分子量として表される。一般的に、分子量が大きいほど変形や破壊に対する耐性を示す指標の強靭性が向上する傾向が知られている。
生分解:天然に存在する微生物が分泌する酵素によって分解され、代謝反応を経て最終的に二酸化炭素と水にまで完全に分解されること。
共重合体:1種類のモノマーではなく、2種類以上のモノマーから構成されているポリマー材料。
BOD試験:Biochemical Oxygen Demand(生化学的酸素要求量)試験。有機物が微生物によって分解される際に消費される酸素の量を計測する。測定された酸素量(BOD)と、検体が完全に分解されて無機物になるために必要な酸素量の比から、生分解度を算出することができる。
合成生物学:合成生物学(Synthetic Biology)は、組織、細胞、遺伝子といった生物の構成要素を部品と見なし、それらを組み合わせて生命機能を人工的に設計したり、人工の生物システムを構築したりする学問分野のこと。従来の分子生物学では、生物を個体から組織、細胞、分子、遺伝子へと細分化し、その機能を理解しようという解析的なアプローチが取られてきた。それに対し合成生物学では、分子生物学などで蓄積された知見を活かしながら遺伝子を設計し、ターゲット物質を生産するための代謝経路を構築し、それが機能する細胞や生物システムを作り出すという構成的なアプローチを取る。
バイオものづくり:遺伝子組換え技術を活用して微生物や動植物等の細胞によってターゲット物質を生産することであり、化学素材、燃料、医薬品、動物繊維、食品等、様々な産業分野で利用される技術。本技術は、持続可能な社会課題解決に寄与するものとして期待され、2030~40年に世界で200~400兆円の市場規模に達する予測が出ている。本研究では、水素細菌の力を最大限に活かして、再生可能な植物原料からプラスチックを作り出すバイオものづくり技術である。
参考文献
S. Taguchi, M. Yamada, K. Matsumoto, K. Tajima, Y. Satoh, M. Munekata, K. Ohno, K. Kohda, T. Shimamura, H. Kambe, and S. Obata, “A microbial factory for lactate-based polyesters using a lactate-polymerizing enzyme”, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 105 (45), 17323-17327, 2008.
DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.0805653105
Y. Imai, Y. Tominaga, S. Tanaka, M. Yoshida, S. Furutate, S. Sato, S. Koh, and S. Taguchi, “Modification of poly(lactate) via polymer blending with microbially produced poly[(R)-lactate-co-(R)-3-hydroxybutyrate] copolymers”, International Journal of Biological Macromolecules, 2024. Article ASAP. DOI: 10.1016/j.ijbiomac.2024.130990 (accessed 2024-3-22).
DOI:https://doi.org/10.1016/j.ijbiomac.2024.130990
謝辞
本研究開発は、国立研究開発法人新エネルギー?産業技術総合開発機構の委託事業「クリーンエネルギー分野における革新的技術の国際共同研究開発事業/革新的バイオプロセス技術開発/糖原料からの次世代ポリ乳酸の微生物生産技術開発(2020~2023年度、JPNP20005、研究代表:神戸大学 田口精一 特命教授」による支援を受けました。
論文情報
タイトル
DOI
10.1021/acssuschemeng.3c07662
著者
高相昊、古舘祥、今井祐介、神田季彦、田中真司、冨永雄一、佐藤俊輔、田口精一
掲載誌
ACS Sustainable Chemistry & Engineering