中塚雅也教授

神戸大学は、「農」を通じた地域との連携が活発だ。研究や教育だけでなく、農山村の課題解決、人材育成に向けた実践を積極的に進めている。兵庫県丹波篠山市では地元自治体と連携し、「丹波篠山フィールドステーション」などの活動拠点を開設。学生が農業について学んだり、研究者と現地の人材が協力して地域づくりに取り組んだりしている。今春には、食と農の価値創造やネットワークづくりを目指す組織「神戸大学フードコミュニティ」も立ち上げた。このような試みは、地域と大学に何をもたらすのか。農学研究科地域連携センターのセンター長、中塚雅也教授(農業農村経営学)に聞いた。

農学研究科の地域連携の取り組みは、丹波篠山市が重要な拠点になっていますね。その理由は?

中塚教授:

丹波篠山市には戦後、神戸大学農学部の前身となる兵庫農科大学(県立)がありました。1969年に廃止されましたが、その後も、地元住民の多くは研究者や学生がいた時代を知っていました。神戸大学にも当時を知る先生方がいました。ですから「なぜ丹波篠山と連携するのか?」と疑問を持たれることがなかった、という背景があります。

農学研究科地域連携センターが設立されたのは2003年です。大学と地域の連携は今ほど注目されておらず、学内の小さな倉庫が事務所でした。当時、私は財団法人丹波の森協会(現?公益財団法人兵庫丹波の森協会)で調査研究に携わっていたのですが、2005年から地域連携センターの研究員も兼務するようになりました。

自分自身、兵庫県や丹波エリアの自治体職員、地域の人々と付き合いを重ねていたので、大学と地域の連携ではその関係が核になっていきました。

実践から農村を知る 現場で人材を育てる

2007年に農学研究科と丹波篠山市が地域連携協定を結び、2010年には神戸大学全学との協定になりましたね。

中塚教授:

当時、「農学部で学んでいるけれど、農業とのかかわりが少ない」という学生の声が学部長に届けられ、教員の中にも「学生が農業?農村にかかわる機会を作りたい」という意識がありました。そこでまず、2007年から試験的に「農業農村フィールド演習(のちに「実践農学入門」と改称)」の授業を開講し、学生が月1回、丹波篠山市に通う取り組みが始まりました。

現在も、「実践農学入門」(1年次)、「実践農学」(2年次)という授業科目を設けており、兵庫県庁やJA兵庫中央会(兵庫県農業協同組合中央会)の協力を得て進めている「兵庫県農業環境論」の授業と合わせて、全体を「食農コープ教育(Cooperative Education)プログラム」と位置付け、継続しています。

丹波篠山市内の農家で、丹波黒大豆の枝豆の選別作業をする学生(中塚教授提供)

実践農学入門は、農家に“弟子入り”する授業で、月1回、40人ほどの学生が4~5人の班に分かれて現地の農家にお世話になります。何をするかは各農家の生活スタイルに合わせているので、草刈りをすることもあれば屋内作業をすることもあります。栽培技術ではなく、農家の暮らし全体を知る取り組みで、年間を通して通うことに意味があると思っています。

受け入れ側の地域が毎年替わるのも特徴です。丹波篠山市内の各地域にあるまちづくり協議会が、入れ替わりながら受け入れ主体となってくれています。大学側からすれば、一地域と継続して連携するほうが調整の負担は少ないですが、さまざまな地域で大学生の受け入れが刺激になり、少しでも地域づくりにプラスになれば-という思いがあります。この仕組みのほうが受け入れ側の負担も少なくなります。

この科目は全学向けに開講されており、4分の1くらいは他学部の学生です。女性が多いのも特徴です。

そうしたプログラム実施のための拠点となっているのが、「丹波篠山フィールドステーション」。地元自治体が施設を提供し、連携協定のスタート時に開設されました。この施設の役割は?

中塚教授:

現場での教育、研究の拠点であり、神戸大学の駐在研究員もいます。人材育成、地域交流、情報発信を進める拠点でもあります。2014年からは、大学生や大学院生が丹波篠山に住みながら地域の課題解決を目指す「半学半域型」の地域おこし協力隊制度を導入し、その詰所としても利用しています。

実践農学の授業の一環として、丹波篠山フィールドステーションで活動する学生(中塚教授提供) 

人材育成の試みとしては、2016年から「篠山イノベーターズスクール」という一般向けプログラムも始めました。その拠点として、JR篠山口駅直結の施設「神戸大学?丹波篠山市農村イノベーションラボ」も新たに開設し、二つの拠点を一体的に活用しています。

イノベーターズスクールは、農村ならではの起業、しごとづくりに挑戦したい人向けのローカルビジネススクールと称し、受講期間は約1年。これまで239人が受講し、うち57人が市内外で起業しました。受講後に丹波篠山市に移住した人も25人います。

スクールでは、地域の課題解決や地域づくりにつながることを重視しており、生活と仕事の調和という視点でビジネスモデルを考える受講生が多くいます。起業者の事業内容は幅広く、飲食関係、ゲストハウスの運営、ウェブデザインなど多岐にわたります。

「フードコミュニティ」で食と農の未来を考える

今年から始めた「フードコミュニティ」とは、どのような取り組みですか?

中塚教授:

神戸大学を拠点に食と農に関する価値創造やネットワークづくりを進める取り組みです。今春、一般社団法人神戸大学フードコミュニティという団体を設立しました。

神戸大学は研究、教育のための附属農場(食資源教育研究センター)を加西市に持っており、そこで生産している農産物をもっとPRできないか、というところからスタートしました。しかし、それだけでなく、地域連携で関わっている農家や団体、現在農家として活躍している卒業生の生産物なども広めたい、と考えました。試みの一つとしてまず、地域連携センター前に米や野菜、加工品を販売する「神戸大学マルシェ」を開設しました。運営は、教職員と大学院生、学部生が協力しておこなっています。

ただ、農産物の販売や神戸大学の食と農のブランディングを大切にしつつも、この取り組みの基点はコミュニティづくりであり、それが重要だと考えています。マルシェのような試みを通して食と農にかかわるネットワークを広げ、そこから生まれる多種多様な「フードコミュニティ」が新たな価値を創造?創発し、研究開発にもつながっていく。それが目指す方向性です。

農学研究科地域連携センター前に設けられた「神戸大学マルシェ」

土台の蓄積から多様な実践、地域の課題解決へ

地域連携の課題、今後の展開についてどう考えていますか。

中塚教授:

地域関係者、研究者、学生の3者はそれぞれ、基本的に異なる志向を持っています。地域関係者は大学に対し、地域を変える新たな切り口を期待しているでしょう。一方、研究者は専門性を生かした貢献、研究の成果を望んでいます。学生には「現場の課題を解決したい」「交流したい」といった考えがあると思います。

しかし、短い期間で地域の課題を解決したり、変化を生みだしたりすることは簡単ではありません。地域連携を進める際、重要なのは「活動の段階性」を考えることです。

土台として、地域内外の社会関係の蓄積が必要です。まずは、大学と地域の関係性が築かれていることが必要で、その上に人材や組織、活動場所などの基礎的な社会的資本を整備することが重要です。特に欠かせないのは、各関係者の間に入るコーディネーターの存在です。

そうした土台を充実させていくことで、新たな出会いやネットワーク形成の可能性が高まり、地域づくりにつながっていきます。うわべだけの課題解決ではなく、土台の部分(資本)を厚くし、それが多様な実践につながっていくようなプログラムモデルを考え続けていく必要があります。

今、農学の分野ではDNAレベル、つまり目に見えない世界の研究が進んでいます。一方で、現場との関係性を作り上げ、地域と「知」を共有しながら課題解決や価値創造に結び付けるような研究も大切だと思います。両方にウイングを広げていくことが重要だと考えています。

中塚雅也教授 略歴

1996年3月神戸大学農学部園芸農学科 卒業
1996年4月造園?緑地系コンサルタント会社 勤務
1999年4月財団法人丹波の森協会丹波の森研究所 専門研究員
2001年3月神戸大学大学院農学研究科 博士前期課程修了
2004年3月神戸大学大学院自然科学研究科 博士後期課程修了 博士(学術)
2005年8月神戸大学農学部地域連携センター 研究員
2007年4月神戸大学自然科学系先端融合研究環 助教
2010年11月英国ニューカッスル大学 農村経済センター 客員研究員
2012年1月神戸大学大学院農学研究科 准教授
2021年3月神戸大学大学院農学研究科 教授
(2024年4月~ 農学研究科地域連携センター長)

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