黒田良祐 教授 

神戸大学医学部附属病院の整形外科は、スポーツ医療の分野で全国的に知られている。プロ野球、サッカー、ラグビーなどのスポーツチームを支え、試合やキャンプにも同行している。けがからの再起を望む選手にとっては、最後のとりでともいえる存在だ。さらに、中高校生や大学生の選手にも、検診などのさまざまなサポートを行っている。専門医集団としてどのような役割を担い、地域にどう貢献しているのか。医学研究科外科系講座整形外科の黒田良祐教授に聞いた。

どのようなスポーツチームをサポートしているのですか。

黒田教授:

プロ野球のオリックス?バファローズ、サッカーのヴィッセル神戸、INAC神戸レオネッサ、ラグビーのコベルコ神戸スティーラーズなどです。バレーボール、テニス、空手などの競技でも選手をサポートしています。

バファローズの場合、春の宮崎キャンプでは、オープン戦などがある週末に現地入りします。公式戦の開催中は、大阪と神戸のホームゲームに必ず同行し、観客を含めた球場全体の医療支援という役割を担います。

プロサッカーでは、ホームゲームだけでなく、すべての試合に同行する決まりになっています。ラグビーも、コベルコ神戸スティーラーズの試合にはすべて同行します。どのチームに対しても、数人の医師が連携して交代でサポートしています。

医師としてけがの治療は当然ですが、日ごろからチームのトレーナーや管理栄養士などさまざまな職種の人と連携し、選手のコンディショニング、食生活へ助言、新入団選手のメディカルチェックなども行っています。サプリメントや薬の摂取が、意図しないドーピングにならないよう、選手を教育する役割もあります。

日本テニス協会の医事委員、兵庫県テニス協会の医事委員長も務めておられますね。

黒田教授:

元プロテニス選手の伊達公子さんの膝を手術した関係もあって、テニス競技にかかわるようになりました。兵庫県には、国際大会の会場となるブルボンビーンズドーム(三木市)もあり、県内で行われるさまざまな大会をサポートしています。

今、テニスを含め、スポーツ医療の現場で早急に取り組むべき課題として、熱中症対策があります。一部の競技で水分補給の時間を設けるといった対策が導入されていますが、各競技で明確な規定を設けることはなかなか難しいんです。例えば、テニスの試合でドクターストップをかけても、選手が棄権を望まないケースもあります。

どの競技も選手だけでなく、審判や観客の熱中症の危険性もあります。今後、真夏にスポーツをする是非について、医学的な見地からしっかり検討していく必要があると思います。

復帰して活躍する選手を見ると本当にうれしい

そもそも、神戸大学の整形外科がスポーツ医療にかかわるようになったきっかけは?

黒田教授:

2016年に退官された黒坂昌弘名誉教授が1980年代、アメリカでスポーツ医学の最前線に触れ、その経験を神戸大学で広められたという背景があります。また、地元の兵庫県、神戸市には野球やラグビーなどのスポーツチームがあり、神戸大学は長年、選手の治療にかかわっていました。

わたしが医師になったのは1990年ですが、スポーツ医療にかかわりたいと思ったきっかけの一つは1995年の阪神?淡路大震災でした。その年に始動したヴィッセル神戸がホームで練習できない状態になるなど、神戸のスポーツ界は一時停滞しましたが、そのシーズン、オリックス?ブルーウェーブ(現オリックス?バファローズ)がリーグ優勝を飾りました。喜ぶ市民の姿を見て「スポーツはこんなに人を幸せにするんだ」と実感しました。

自分自身が神戸大学の学生時代、医学部ラグビー部に所属していたというつながりもあります。膝の負傷で手術や入院を経験したこともあって、患者さんの痛さはよく分かります。

スポーツ選手の治療、支援で心掛けていることはありますか。

黒田教授:

これはプロ選手もほかの患者さんも同じなのですが、その人が本当に何を望んでいるか、つまり「いつまでに、どんな状態になっていたいか」をしっかりと聞き、寄り添うことです。ただ、どんな希望でも聞き入れるのは「寄り添う」ことではないと思います。必要なときは厳しい助言もします。プロサッカーの選手に「引退してはどうか」と言ったこともあります。

選手からは「失敗してもいいので、手術をしてほしい」と頼まれることもあります。プロは、競技に人生のすべてをかけていますからね。そんな言葉を聞くと、「信頼してくれているんだな」と感じます。手術をして、復帰後に活躍している姿を見るのは本当にうれしい。またけがをしないかと、はらはらする気持ちもありますが。

サポートするチームや選手への思いを語る黒田教授(神戸市中央区、神戸大学医学部附属病院) 

これまでの治療で、特に思い出に残っている選手は?

黒田教授:

2012年のロンドン五輪で銅メダルを獲得した女子バレーボール日本代表、大友愛選手は思い出に残る選手の一人です。五輪の10カ月前に膝の靱帯を切る大けがをし、手術をすればぎりぎり復帰できるかもしれないという状況でした。大友選手は手術を希望し、日本代表の真鍋政義監督も「オリンピックに出場させたい」と話されました。

実は、最初の手術の後も膝の炎症が治まらず、もう一度手術をしたんです。そんな経緯もあり、五輪の後、彼女が病院に来て私の首にメダルをかけてくれたときは感無量でした。「黒田先生へ 感謝」と書いてくれた五輪の記念盾は、ずっと大切に飾っています。

最先端の治療と地域密着の役割を両立する

学生のスポーツ選手や地域住民に対しては、どのようなサポートをしていますか。

黒田教授:

神戸市では市と協力し、野球をしている中学生を対象に肩や肘の無料検診を行っています。年1回で、1000人くらいが参加します。選手は試合に出たいので、体の不調があっても我慢しがちですが、本人にも指導者にも将来を考えて休むよう伝えます。検診で治療が必要な選手を見つけることは、私たちの大切な役割です。実際、外来で治療しているスポーツ選手のほとんどはプロではなく、中高校生や大学生、一般のスポーツ愛好者です。

高校野球では、県代表校のピッチャーが地元の医療機関で肩や肘のチェックを受けなければならないので、毎回担当しています。また、今年5月に神戸で世界パラ陸上競技選手権大会が開かれましたが、そのような地元開催の国際大会もサポートします。

スポーツ分野以外では、自治体と連携し、地域の子どもを対象に側弯症(そくわんしょう=背骨が左右に弯曲する症状)などの検診をしており、障害者施設にも出向きます。

大学病院は、最先端の治療に注目が集まりがちですが、地域に密着し、地域の中心的な医療機関としての役割を果たすことも重要だと考えています。兵庫県の住民にとっては最後のとりでとなる存在ですから。

医学研究科の教授として研究、教育も重要な役割ですね。現在どのような研究を?

黒田教授:

神戸大学の整形外科は、再生医療の研究に積極的に取り組んでいます。例えば、治癒が難しいとされてきた関節軟骨の損傷や難治性の骨折に対し、患者さん自身の細胞を使って治療する研究です。こうした治療法の確立には10年単位の年月がかかり、試行錯誤の連続ですが、少しずつ目標に近づいています。実際に患者さんに提供できるようになるまで、根気よく継続することが大切だと思います。

超高齢社会の日本では健康寿命を延ばすことが大きな課題で、老化防止の研究にも力を入れています。脳だけでなく、運動器(骨、筋肉、関節など)の老化の防止は今後、ますます重要になるでしょう。国内外の研究で体内のさまざまな長寿因子が発見されており、そうした因子を運動器の老化防止にどう生かすか、実験を重ねています。

教育という面では、スポーツ医療の分野を志して全国から神戸大学に来てくれる若い医師が多くいます。神戸大学医学部附属病院が2015年、国際サッカー連盟(FIFA)の「FIFAメディカルセンター(Medical Centre of Excellence)」の一つに認定され、知名度が上がったことも背景にあると思います。学生や若手医師の教育は大学にいるからこそできる仕事で、難しいけれどやりがいがありますね。

仕事をするうえで大切にしているモットーを教えてください。

黒田教授:

「勝負の神は細部に宿る」でしょうか。医療では、勝負というより成功の秘訣といったほうがいいと思いますが。一人一人の患者さんに合った医療を提供するには、その人の生活や食の好みなど細部まで理解したうえで治療にあたる姿勢が欠かせません。研究にしても、試験管の最後の一滴までこだわらなければ実験は成功しません。

「現状維持は後退である」ということも意識しています。今のままでいいと思っていると、何ごとも進歩はない。そう自分に言い聞かせています。

黒田 良祐 教授 略歴

1990年3月神戸大学医学部 卒業
1997年6月米国クリーブランドクリニック整形外科 研究員
2000年1月神戸大学医学部附属病院整形外科 医員
2000年3月神戸大学大学院医学研究科 整形外科 博士課程修了
2002年12月米国ピッツバーグ大学整形外科 研究員
2004年1月神戸大学大学院医学研究科 外科系講座整形外科 助手
2009年4月神戸大学大学院医学研究科 外科系講座整形外科 講師
2010年8月神戸大学大学院医学研究科 外科系講座整形外科 准教授
2016年6月神戸大学大学院医学研究科 外科系講座整形外科 教授
(2021~2023年 医学部附属病院 副病院長 兼任)
(2023年~ 医学部附属病院 国際がん医療?研究センター長 兼任)

研究者

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